412話 紹介を経て
ひとまず、俺たちは転移でブラック家へと帰ってきた。アカデミーの敷地にも魔力を侵食させているので、これからはいつでも通える。
ジュリアたちはブラック家での仕事に戻っていって、ミルラも今回の件についてまとめていくらしい。
ということで、今できることはマリンを家族に紹介することだ。そこさえ済ませてしまえば、後はなるようになるだろう。
マリンを隣に連れ立って、家族を通信で呼び出していく。食事に使う部屋に、みんな集まっている。
俺の隣にいるマリンに、みんな注目している様子だ。まあ、新しい相手だからな。気になるのだろう。さっそく、俺は本題へと入っていく。
「みんな、ただいま。紹介したい相手がいるんだが、良いか?」
「ミルラさんから聞いています。僕も顔を合わせるのは必然ですよ」
「お兄様、その人も……? やっぱり、お兄様……」
「レックスちゃんが選んだ人でしたら、信じますわよ。安心してくださいな」
ジャンはいつも通りの落ち着いた様子で、メアリはちょっと頬を膨らませて、モニカは穏やかな顔でこちらを見ている。
ひとまずは、普段と変わらない対応だ。この調子で、仲良くなってもらいたいものだな。
「マリン・エステラ・ラベンダーと言うのです。これから、レックス様に仕えるのです」
そう言って、マリンは深く頭を下げていく。その様子を、家族たちは観察しているようだ。まあ、初対面でよく見るのは当然と言えば当然だ。ここまでは、まあ順調と言って良い。
「なんでも、発明品が素晴らしいのだとか。僕たちにも、見せてもらえますか?」
「はいです。これが、軽く空を飛べる箒。これが、上下運動する棒なのです」
いくつかの発明品を取り出して、マリンは説明していく。かなり便利な道具がいくつもあって、すでに発明されているものを大量生産するだけでも、かなり大きな影響を与えられそうだ。
ジャンは分析するように、メアリは目をキラキラさせながらマリンの発明品を見ていた。
「おもしろーい! メアリ、これで遊んでみたい! 良い、お兄様?」
「マリン、気をつけるべきことはあるか?」
「あまり激しく動かすと、ぶつかったり落ちたりしてしまうのです」
まあ、メアリなら無茶はしないだろう。それに、最悪の場合でも贈ったアクセサリーがある。ということで、メアリが箒をつかんでいくのを落ち着いた心地で見ることができた。
「分かったの! じゃあ、ちょっと遊んでくるね!」
そう言って、メアリは外に飛び出していく。年頃って感じの、わんぱくな姿だ。つい、微笑ましくなってしまう。
「相変わらず、メアリは元気いっぱいだな。何よりではあるが」
「上下運動ですか……。物をすりつぶしたり、何度も叩いたりさせられそうですね……」
ジャンは顎に手を当てて考え込んでいる様子だ。詳しい仕組みは知らないが、すりこぎみたいに使ったりして粉引に活用できるかもな。あるいは、硬いものの成形とか。
しっかり考える必要はあるだろうが、その気になれば産業革命レベルの事も引き起こせるかもしれない。可能性の広がりには、つい期待してしまうな。
まあ、仕事を奪われた人が暴動を起こしたりとか、環境への被害が出たりとか、懸念事項も多いが。その辺も含めて、ちゃんと話し合っておかないといけないだろう。
とはいえ、まずはどこまで実現できるかを知りたいところだ。机上の空論に不安を抱えても仕方ないのだから。
「ああ。ジャンやミルラには、ミルラの発明品の運用を考えてほしいんだ。できそうか?」
「問題ありません。これがあれば、活動の幅が広がります。ありがとうございます、兄さん」
ジャンは頭を下げていく。かなり仕事を任せている自覚はあるし、これで楽ができるようになると良いのだが。とはいえ、ジャンの代わりを俺がやろうとすれば、まず破綻するだろうからな。
やはり、アカデミーを経由して人材確保に動きたいところだ。最初は教育なんかで手間取るだろうが、最終的には個人への負担は減るはず。
「ミルラにも感謝してやってくれ。紹介してくれたのは、ミルラだからな」
「もちろんです。ミルラさんには、何度も助けられていますね」
「ふふっ、レックスちゃんの人望は厚いのね。良いことですわ」
「はいです。レックス様には、誠心誠意仕えたいと思うのです」
モニカが微笑みながら頷いて、マリンはこちらを見ながら笑みを浮かべる。そして二人は目を合わせて、軽く笑い合う。なにか、通じ合うところがあったみたいだ。
ひとまず、みんなと仲良くできそうで、安心だ。ジャンは言わずもがな、メアリは発明品で気を引けたみたいだし、モニカもしっかりとマリンとの関係を築いていく意志が見える。俺は、軽く胸をなでおろした。
「しっかりと、レックスちゃんを支えてあげてね。お願いよ」
「任せてほしいのです。見出してくれたことに、必ず応えるのです」
「どうだ、マリン。うまくやっていけそうか?」
「まだはっきりとは言えないです。ですが、今のところは問題なさそうなのです」
なんというか、科学者らしい物言いだと感じた。確実だと言えないから、はっきりとは答えない。俺が抱えているイメージそのままというか。
ちゃんと定義できないことにはちゃんと返せないし、厳密な物言いを好むような感じ。その言い方で誤解を招いたりもするから、俺もフォローを入れる必要があるだろう。
まあ、あまり気にせずとも問題はないと思うが。マリンにはしっかり社交性があるし、モニカも仲良くする意志を持っている。なら、大きな問題が発生する可能性は低い。
「そうか。母さん、できれば良くしてやってくれよ」
「レックスちゃんが大事に思うのなら、当然ですわ。ね、レックスちゃん」
こちらにウインクをしながら、口元に手を当てて微笑んでいた。モニカの様子を見ると、だいぶ落ち着いてきたように思える。以前は、もっと壊れているような感じだったからな。
とはいえ、俺を男として見ているのが変わったような気もしない。まだ、視線には熱がこもっているように見える。
まあ、俺としてはモニカが不幸でないのならば、それで構わない。結ばれるのは心理的に難しいにしろ、仲を深めるくらいなら問題ないからな。それに、俺が壊したようなものなのだし。責任は取らないといけない。
「それにしても、お母様はお若いのです。何か秘訣があるのですか?」
「ふふっ、女でしたら気になりますわよね。それもこれも、レックスちゃんのおかげですわ」
「そ、そうなのですか……。それは……」
マリンは勢いよく俺のところまで近寄ってくる。もともと隣に居たのだが、もうこれは抱き合っているような距離感だ。
そのまま俺と目を合わせてきて、唇が触れそうなレベルで顔を寄せてきた。少し目がギラギラしていて、怖い。
「おい、目の色を変えるな。急に近づいてくるな。マリン、マリン!」
「あっ、申し訳ないのです。つい……」
少ししょんぼりした様子で、マリンは頭を下げる。俺はほっと息をついた。
「まあまあ、レックスちゃん。いつまでもキレイでいたいのが、女の本能なのですわよ」
モニカは微笑みながらマリンのフォローをする。まあ、モニカと仲良くなったきっかけは美容魔法だからな。美への執着は、誰よりも知っているつもりだ。
というか、原作ではエルフの生き血を浴びるとかいう凶行に走ったのがモニカだからな。美しくなりたい気持ちは、きっととても強い。
まあ、大した手間ではないから、仕えてくれるのなら対価として支払う分には構わない。ということで、マリンを見ていく。
「そういうことなら、マリンにも魔法を使うとするか。それでいいか?」
「ぜひ、お願いするのです。この仕組みを分析できれば……」
その言葉に、モニカが目を見開いているのが見えた。美容魔法が誰にでも実現できるとなれば、大変なことになりそうだ。
まあ、そう簡単には実現しないだろう。ひとまずは、ブラック家の今後の活動を考えていきたい。そう決意して、俺はマリンの様子を見ていた。




