411話 方針を決めて
アカデミーにしばらく滞在して、ある程度は知り合いもできてきた。まあ、マリン以外は間接的な知り合いというか、俺と仲が良いという相手ではないのだが。
とはいえ、どういう環境なのかは分かってきたとは思う。なんだかんだで、魔法使いに対する劣等感を抱えている人も見つかったりしたな。サラやシュテル、ジュリアがちょっと困っている場面もあった。まあ、軽く対処できたのだが。
まあ、環境を考えれば当然と言えば当然か。レプラコーン王国では、魔法使いがもてはやされている。どれほど勉強しても、アストラ学園出身者よりアカデミーの人間が重宝されることはない。もしかしたら、例外もあるのかもしれないが。
そういう環境だからこそ、必ずしも好意的な目ばかりではなかった。ジュリアたちは、そこまで気にしていなかったとはいえ。俺の方で配慮すべきことではあったと、反省もした。ただ、全体として見れば、まあ大きな問題はなかったと言ってもいい程度ではある。
ひとまず滞在期間が終わりそうになってきて、今はミルラやマリンとまとめの話をしているところだな。
「レックス様、ひとまずはアカデミーと話をまとめさせていただきました」
「私たちが主導で、生徒や教授を選んで連れてくるです。その成果を、ある程度発表する形になるです」
つまり、ブラック家で研究を進めて、アカデミーの成果として発表するみたいな話だろう。俺たちは研究の成果で実利を得る。アカデミー側は大きな発明に影響を与えたと名誉を得る。そんなところだろうな。
まあ、今のアカデミーに一番必要なものは名前だろうからな。アストラ学園に匹敵する価値があると示すのが、理想になるはずだ。
良い感じの交渉がまとまったのではないだろうか。詳しい話は、もう少し聞く必要があるだろうが。
「ああ、なるほどな。ブラック家を通して、アカデミー生の実力を知らしめたいと」
「その通りでございます。代わりに、ブラック家で優先的に研究を活用して良いということになりました」
やはり、アカデミーの名を広めたいというのが一番の目的なのだろうな。俺の予想は合っていたみたいだ。
となると、マリンやミルラの名も広めた方が良いのだろうか。ただ、個人の名が有名になりすぎると、引き抜きや暗殺などの懸念もある。今すぐに決めるべきことではないか。少なくとも、ミルラやジャンとしっかり相談しないといけない。
単純に発明をどう運用するか以外のことも考えなければならないのが、今の立場の面倒なところでもあり、大事なところでもある。
とはいえ、まずは誰をスカウトするかの話だな。サラの友達なんかも雇えればいいが、縁故採用にも限度はある。しっかりと考えておくべきだろう。
「ミルラ、サラやシュテルとは連携できているか? あいつらなりに、交流を広げてくれているようだが」
「もちろんでございます。一部の生徒には、サラさんを通して話をするかと」
「シュテルさんが手に入れた成果も、ある程度は活用するです。極端な話、自分たちだけで考えていたと言い張ればいいです」
仕組みは違うから別の発明みたいな言い逃れすら必要ないのか。そうなると、特許に期待するのは不可能と言っていいだろうな。法律を作る働きかけも、かなり厳しいはずだ。
なら、自衛するしか無いんだよな。相手も汚い手を使ってくる前提で策を練るのが大事になってくる。
「となると、やはり情報漏れの対策も必要になってくるな。真似れば済む話なら、真似るだろう」
「ジャン様やレックス様にも協力いただいて、監視や処罰の体制を作りたいと考えております」
「分かった。なら、マリンにも手伝ってもらうかもしれない。俺の魔法とマリンの道具を組み合わせれば、活動の範囲が広がるかもしれないからな」
俺の魔力を侵食させた空間を監視するのは、現状可能ではある。とはいえ、ミルラやジャンだって常に監視ができるわけではない。別の対応だって必要になってくるはずだ。
その観点で言えば、魔力や体温、体重なんかを何らかの形で検知できれば強い気がする。その3つを組み合わせれば、持ち出しへの対応にはなるはずだ。暗記した情報を伝えるとか、メモを取られることに対しては別の策が必要だろうが。
「了解なのです。レックス様は、転移ができるとか。私の発明を運んでいただくことはできますか?」
「闇の魔力を侵食させることが前提だから、それが厳しい道具は難しいな」
「なら、なんとかするのです。申し訳ないですが、働いてもらうことになるです」
闇の魔力の特性も、ある程度は分かっているらしい。この調子で研究が進めば、俺の魔法も進歩させられそうだ。
とはいえ、俺が期待しているのは誰でも使える道具の方ではある。今のブラック家は、あまりにも個人の才能に頼りすぎている。俺が死ねばすべてが崩壊するだろうし、ミルラやジャンだって要と言って良い。
そこに対策できるのならば、かなり良い方向に進むはずだ。無論、別軸の対応も必要ではあるだろうが。
根本的に、ブラック家には人が少なすぎる。アカデミーの生徒を雇うことが、未来につながってくれればありがたいところだ。スカウトした人材そのものにも、働きやすい職場だという評判にも期待したい。
ひとまずは、マリンを始めとした初期採用組をしっかりと大事にしないとな。
「構わない。マリンの発明を活用できるのならば、手間をかける価値はある。だよな、ミルラ」
「その通りでございます。マリン本人の望みでもあるようですし、ぜひとも活用していただければと」
「ミルラやジャンの知恵を借りることも、あるかもしれない。俺には思い浮かばない運用もあるだろうからな」
「もちろん、協力させていただく所存でございます。レックス様のために、知恵を振り絞らさせていただきます」
ミルラは深く頭を下げる。やはり、頼りになる仲間の存在はありがたい。マリンもきっと、活躍してくれるはずだ。
少なくとも、魔力バッテリーだけでもかなりの可能性がある。つい、期待してしまうな。
「こうして発明が認められるのは、やはり嬉しいものなのです。他の人たちにも、同じことを考える人はいるはずなのです」
口元を緩めながら、マリンは頷いている。言葉以上の嬉しさを感じるところだ。察することしかできないが、不遇の日々を送ってきたのだろう。ミルラだって、重用されなくて困っていたわけだし。
まあ、理屈としては分からなくもない。魔法使いには個人で万に匹敵する存在がいるからな。少なくとも、戦力面では。俺だってそうだ。
とはいえ、発明だってそれ以上の効果をもたらすものもある。前世の経験からしても、分かりきっていることだ。
「まあ、何でもかんでも褒めることはないだろうが。マリンの才能あってのことだ」
「理解者を得るというのは、このような気持ちなのですね……。ミルラさんは、もっと早くにこの感情を味わっていたのですか……」
少しだけ、憎らしそうな表情をしている。とはいえ、ミルラは笑顔で返している。そういう感情を出せるくらいに仲が良いということなのだろう。もし仮に不仲になられたら、困ってしまう。まあ、たぶん大丈夫ではあるのだが。人となりを見る感じでは、理性的に行動しそうなふたりだし。
「はい。ですから、私はレックス様に忠義を尽くすのです。誰よりも私を信じてくださる方のために」
「なら、今後ともよろしく頼む。お前たちのことは、きっとずっと信じ続けるだろうからな」
「かしこまりました、レックス様」
「力を尽くすのです、レックス様」
そう言って、ふたりは頭を下げていく。ふたりの期待に応えられるように、良い主で居続けないとな。わずかなプレッシャーも感じて、少しだけ武者震いをした。




