409話 新しい関係
シュテルとの会話も終わって、俺は再びアカデミーの中を見て回っている。学生たちが楽しそうにしている光景も見えてきて、少しほんわかした気分にもなった。
アストラ学園では、あまり青春らしい青春を送れなかった気もする。大事な友達もできたから、いい思い出はたくさんあるにしろ。結局、ブラック家として周囲には嫌われていたからな。
まあ、過ぎたことは仕方ない。アストラ学園に戻るのは、なかなかに難しいだろうし。まだ籍は残っているはずだが、当主としての仕事があるからな。みんなも忙しい様子だし、できることは少ないだろう。
フィリスに魔法を教わって、エリナに剣を教わるというのは価値がある。ふたりとも、最高に近い教師であり師匠だからな。
そう思うと、学校もどきの生徒たちをブラック家に引っ張ってきたことには申し訳無さもあるな。俺はともかく、ジュリアたちは学生として楽しんでも良い年頃だろうに。まあ、みんなの手を借りなければ、ブラック家は立ちいかなかったのだが。
少し悩みながら周囲を見て回ると、甲高い声が聞こえてきた。女子が興奮しているみたいな声だ。声に釣られるようにそちらを見ると、サラが女子生徒らしきふたりに抱きつかれていた。
サラはとても小さいので、まるで学生に可愛がられる子供だ。
「サラちゃんは、アストラ学園に通っているんだー? すっごい才能なんだねー」
「こんなにちっちゃくて可愛いのにね。見かけによらないんだ」
「頑張れば、家くらいなら吹き飛ばせる。ちょっと強い」
サラは無表情のまま、少しだけ胸を張る。そんな姿を見て、女子生徒たちは顔を華やがせている。とりあえず、いま近づいていけば邪魔になる。ということで、気配を隠しつつ様子を見ることにした。
「えー、メチャクチャ強いよ! やっぱり天才なんだ」
「でも、たぶんアカデミーには入学できない。勉強は、ちょっと苦手」
「本当に可愛いー! じゃあじゃあ、175を素因数分解はできる?」
「7×5×5。それくらいなら、問題ない」
即座に回答する姿を見て、俺も感心していた。正解するくらいなら俺にもできるだろうが、暗算で即答は結構難しいはずだ。
なんだかんだで、みんな才能があるんだよな。俺も見習いたいし、頼らせてもらう部分もある。
原作に出ていたキャラ以外にも、優れた人材はたくさんいる。そして、俺はみんなに支えられている。あらためて、実感するところだ。
実際、ジュリアたちはブラック家を支えてくれているからな。居なくなったら、とても困るはずだ。
「すごい! 暗算なら、私より早いかも!」
「基本的なことは、しっかり教わった。拾ってくれた人のおかげ」
「あっ……。大変だったんだねー。でも、今は幸せー?」
サラは普通に語っているが、目の前の女子生徒はバツの悪そうな顔をしていた。実際、拾われたという言い回しは捨て子を想像させるからな。似たようなものらしいとは聞いているが。
こうしてサラたちと出会えたんだから、学校もどきを始めた価値は大きいよな。今となっては、みんなが居ない生活なんて想像できない。
「もちろん。こうしてアカデミーに見学もできる。前は、絶対無理だった」
「それなら、恩人さんには感謝しないとね。こうして、サラちゃんにも会えたんだし」
そんな風に、サラは可愛がられていた。感動しつつも見守っていると、サラがこちらを振り向く。そして、トコトコとこちらに歩いてきた。
「あっ、レックス様。様子を見に来た?」
「そんなところだ。仲良くしているみたいだな。楽しいか?」
「楽しい。いろんな話をするのも、悪くない」
「ちょっとちょっと、あの人って、ブラック家の当主なんだよね?」
「サラちゃん、大丈夫なのー?」
サラをふたりが引っ張っていって、そんな話をしていた。こそこそと話しているが、聞こえているんだよな。俺が本気で悪人なら、まずかったところだ。まあ、闇魔法の性能があってのものなので、そう想定できるものではないということも分かるのだが。
とりあえず、良い知り合いができたみたいだ。本気で心配してくれる相手というのは、大事だからな。サラを助けようとしてくれているのが、見て取れる。
「問題ない。レックス様、なでなでと抱っこ。友達を作ったから、ご褒美」
そう言いながら、サラはこちらに近づいてくる。女子生徒たちは、心配そうにこちらを見ていた。
「ご褒美目当てに友達を作ってどうするんだ……。まあ、構わないが」
「むふー、満足。やっぱり、レックス様の抱っこが一番」
サラの望み通りに抱えて頭をなでていくと、満足そうに息を漏らしていた。落ち着いた気持ちになっているというのは、見なくても分かる。
本当に、懐かれたものだ。紆余曲折あったものだが、こうして笑い合える時間というのは幸せなものだよな。
「サラちゃん、ほんとに幸せそう……。意外と、優しい人なのかも?」
「レックス様は最高。私に全部を与えてくれた」
無表情ながらも、なんとなく満足感が見て取れる。こうして分かるようになってきたのも、付き合い合ってのものだよな。
本当に出会ったばかりの頃は、敬語で笑顔を作っていたものだが。こうして素の表情を見せるようになったのも、良いことだ。
なんだかんだで、自分を隠しながら生きるというのは苦しいものだからな。俺もずっと演技をしていたから、よく分かる。
とはいえ、サラに全部を与えたというのも違う気がするんだよな。感謝の気持ちこそ、素直に受け取りたいが。
「アストラ学園に入れたのは、お前の努力と才能あってのものなんだからな」
「魔法の使い方も、安心して寝られる場所も、美味しい食事も、みんなもらった」
「サラちゃん……。そこまで言うくらいなら、本当に優しい人なんだねー」
女子生徒たちは、少しだけ穏やかな顔になっていた。出会ったばかりだろうに、かなり大事にされている。サラの魅力だろうな。
無表情の割に、かなり喜怒哀楽が分かるタイプだ。そして愛らしい外見もあるから、可愛がられやすいのだろう。俺としても、よく癒やされているし。
「困ったら、レックス様の所に来れば良い。ふたりなら、歓迎する」
「サラの友達なら、俺も歓迎するよ。できれば、仲良くしてくれると嬉しい」
「なら、卒業したらブラック家に行くのも良いのかなー?」
「どうせ、出世は難しいもんね。なら、友達と一緒の方が良いかも」
ミルラだって、重用されなくて困っていたところをスカウトしたわけだからな。そう考えると、貴族の家で働けて友達もいるというのは、悪くない環境なのかもしれない。
もう少し仲良くならないと分からない部分もあるが、前世なら東大生くらいの立場だ。それなりには期待していいだろうと思える。サラも認めているし、前向きに考えたくはある。
とはいえ、相手の人生もあることだからな。その場の勢いで決断するのは、あまり良くないかもしれない。
「俺が言うのもなんだが、しっかり考えてくれよ。友達が不幸になったら、サラが悲しむからな」
「本当に良い人なんだー。そんな心配をしてくれるなんてー」
「サラちゃんも幸せそうだし、良いところなのかも」
「むふー、レックス様のなでなでは最高。ふたりにも、分けても良い」
そう言いながら、サラは女子生徒たちを見る。ふたりは、少し困った顔をしていた。それはそうだ。初対面の男になでられて嬉しいことはないだろう。
とはいえ、サラがなでなでを分けても良いと言うあたり、かなり気に入ったみたいだ。良い友達ができたみたいで、嬉しいところだな。
「いや、初対面の男だぞ……。サラだって、仲良くなるまでには時間がかかったじゃないか」
「それだけの時間で、信頼できるようになったんだー」
「良いな……。ちょっと、羨ましいかも……」
そう言って、ふたりは俺達を見ていた。今日明日スカウトはできないだろうが、この先につながる出会いをできたのかもしれない。
後でサラをうんと褒めてやらないとな。そう決めながら、サラをなでていった。




