408話 手にした成果
マリンやミルラと、今後の方針についての話し合いを進めた。ひとまず、いま決めるべきことは決められたと思う。マリンやミルラも、納得してくれている様子だった。
ということで、ある程度時間ができたので、アカデミーの中を見て回ることに決めた。ミルラにパスを貰って、いろいろな場所を見ていく。
魔法について研究しているようなものから、完全に物理を研究していそうな人まで、様々な人が見て取れた。なんだかんだで、魔法以外の分野も研究されているようだ。面白いというか、気になるところだな。
好奇心を刺激されながら、どんな相手にスカウトをかけられそうかを見ていく。今のところは、目を見張る成果は見つからない。まあ、外部の見学者に重要な発明を見せたりはしないだろうとはいえ。
マリンをミルラに紹介してもらえたことは、いろいろな意味で大きかった。それを実感するところだ。
そんなこんなで、考え事をしながら歩いて回る。どうすれば、スカウトを進められるかと。そんな中、シュテルの姿を見かけた。声をかけようとして、知らない人と話をしているのが目に入った。ベンチでふたりで座っているようだ。
ひとまず、様子をうかがっていく。シュテルは、常に笑顔で話をしている様子だった。
「その研究って、つまりいろんなところで火が起こせるってことですよね。すごいです!」
「ふふん。僕の研究はすごいんだよ。シュテル君は、見る目があるね」
明るい顔で、シュテルは両手を胸の前で合わせていく。完全に、持ち上げる姿勢に入っているな。それが分かってしまった。
どう考えても、普段のシュテルからは想像できない態度だ。可能性としては、俺の前では演技をしているというものもある。だが、今回が演技としか思えないんだよな。なんだろうか。笑顔が作り物っぽいとかだろうか。
そんなシュテルは、自慢気にする研究者らしき相手にさらに言葉を続けていた。
「嬉しいです! ところで、それっていろんな所に設置もできるんですか?」
「ああ、そうだよ。こうやって物陰に置けば、見つかりにくくもなるんだ」
そう言って、相手はライターのようなものを取り出してベンチの下においていく。火が出せるということは、その気になれば放火とかもできるんじゃないだろうか。
ライターのようなものと考えれば、普通に火を付ける運用をするものだとは思うのだが。薪に火をつけられるだけでも、かなり意味があるよな。まあ、魔法でもどうにかなるとはいえ。
「すごいです! 実際に使ってみたいんですけど、いくつかいただくことってできますか?」
「もちろんだよ。価値が分かる人の所にあった方が、ちゃんと評価されるはずだ」
「ありがとうございます! さっそく、試してみますね!」
そう言ってライターをいくつか受け取って、シュテルは弾けるような笑顔で頭を下げる。相手は、鼻の下を伸ばしている様子だった。
いま思えば、シュテルはちょっとだけ色気のある衣装を着ている。普段より薄着というか。そこも狙っていたのだろうか。
まあ、細かいことは会ってから考えれば良い。ということで、俺はシュテルを追いかけていく。人気のない場所まで行くと、シュテルはこちらに振り向いてきた。
「シュテル、ずいぶんと仲良くなったみたいだな。気が合うのか?」
「レックス様、良いものを手に入れましたよ! これを解析すれば、魔力バッテリーの研究が進むかもしれません!」
そう言って、先程までとは違う笑顔でこちらにライターを差し出してくる。満面の笑みといった様子で、本当に嬉しいのが伝わってくる。
俺の役に立とうとしているのが分かるので、どうにも責められない。やっていることは産業スパイなのだが。とはいえ、必ずしも悪いことばかりではないんだよな。実際、ライターの仕組みを分析できれば役立つだろう。
ひとまずは、シュテルを褒めることにする。ここで責めてしまえば、沈み込んでしまう。そして、もっと功を焦ってしまうだろう。ならいっそ、制御できる範囲でスパイ活動をしてもらう方がマシかもしれないからな。
「ああ、俺のために頑張ってくれたんだな。ありがとう。……なるほどな。物騒な使い道ばかり思いついてしまうな」
見た感じ、事前に魔力を込めることで、好きなタイミングで火を発生させられそうだ。そうなれば、遠隔で使う手段さえ確立してしまえば、もう破壊工作に使えてしまう。
要人の家に放火したり、重要施設に火を放って被害を大きくしたり。量産さえしてしまえば、本格的に様々な使い道があるんだ。
だからこそ、今の段階で知れたというのは大きい。技術を盗まないとしても、対策を考えることはできるのだから。
「レックス様に反抗する勢力にぶつけるのも、良いかもしれません。この調子で、いろいろなものに触れたいですね」
シュテルは真顔でそんな提案をしてくる。狂信者っぷりが加速しているように思えて、少し怖い。ただ、だからこそ手綱を握る手段はあるんだ。
良くも悪くも、シュテルは俺のことを第一優先にしている。なら、それを使うだけ。
「あまり、俺のためと考えすぎるなよ。シュテルが苦しむようなら、何の意味もないんだからな」
「いえ、レックス様のお役に立つことこそが、私の喜びですから」
「それなら、まあ構わないが。恨みを買いすぎると、危険だからな。適度にな」
「はい。ですが、大丈夫です。アカデミー内で発表されない限り、気づかないでしょう」
まあ、俺の領地でこっそり生産する分には、本人には届かないのかもしれない。とはいえ、そのあたりはミルラやマリンとも相談するべきことだろうな。
特にマリンが他人の成果を乗っ取ることに嫌悪感を示した場合は、即座に中止させたいところだ。
「隠れて使う分には、その可能性は高いな。とはいえ、本当に気をつけてくれよ。シュテルが傷つけば、俺は悲しいんだから」
「もちろんです。レックス様が私を大切にしてくださっていること、決して忘れはしません」
「なら、良いが。好意を稼ぐ類のやり口は、執着されると面倒だぞ」
「処理できる程度の相手を選ぶつもりです。私程度でも、世間一般では強い方だという事実がありますから」
胸を張って、そう言っている。実際、そこらの魔法使い程度ならねじ伏せられるだけの実力はある。俺の贈ったアクセサリーもあるし、そう簡単にはケガなんかしないだろう。
とはいえ、急に襲われでもしたら怖いと思うんだよな。そんな危険を負わせるのは、本意ではない。
「まあ、アストラ学園に入学できるほどだからな。だが、油断はするなよ。特に、食事なんかは」
「変なものを混ぜられないように、ですね。レックス様の魔法がありますから、ある程度は大丈夫と存じております」
「だからといって、変なものを口にしない方が良いんだからな。俺の魔法も、万能ではない」
「かしこまりました。レックス様のために、手段を修正していきます」
目を輝かせながら、俺の方を見ている。普段から恩人と言われているし、恩義が積み重なったと考えているのだろう。
実際、客観的には恩人だと言って良いはずだ。教育と食事と、その他いろいろなものを与えているのだから。ただ、恩義を盾にあれこれさせたいわけではない。当初はともかく、今は大事な家族くらいに思っているのだから。
そんな気持ちを、シュテルにしっかりと伝えていく。ちゃんと、自分を大事にしてくれるように。
「ああ。決して、急ぎすぎないことだ。お前が幸せになってくれるのが、一番大事なんだからな」
「はい。レックス様のお心に、感謝いたします。これからも、より一層の忠義をあなたに」
そう言って、シュテルは深く頭を下げていく。
とりあえず、あまり暴走をしてほしくないものだ。そう思いつつも、どこかに予感のようなものがあった。
いつか、シュテルは俺が想像もしていないことをする。その考えが、頭から離れなかった。気のせいであることを、俺は祈っていた。




