406話 大きな決意
マリンとの交流も、二日目になった。朝にミルラから報告を受けたところによると、報酬の話はすぐにまとまったのだという。ひとまずは、順調に進んでいるだろう。
とはいえ、あまり長居もできない。肝心の研究を邪魔するだろうし、俺にだって他にやるべきこともあるからな。ブラック家に関しては、ジャンに運営を任せているようなものとはいえ。
アカデミーの中だけでも、できる限り交流を広げていきたくはある。とはいえ、今のところの第一優先はマリンではあるが。二兎を追う者は一兎をも得ずの考えも、大事だよな。最終的には、バランスの話になるだろうが。
今日も前日と同様に、学校もどきの生徒たちと一緒にマリンのところに来ている。
「マリンさん、他にも発明できているものはあるんですか?」
「僕も気になるかも。なんとなく、マリンさんのすごさは分かるつもりだし」
「魔法を込めておいて、後で発動する道具ならあるのです。少し大きいので、持ち運びはできないのですが」
シュテルから話を切り出して、和やかに会話が進んでいる。相性が良さそうで、何よりだな。特にシュテルは、積極的に交流を進めてくれているようだ。
この調子で、できるだけ仲良くなってもらいたいものだ。そうすれば、スカウトにだって近づくだろう。それに、雇うとなればジュリアたちとの関係性も大事になってくる。人間関係が崩壊するようなら、大問題だからな。
ひとまず、ミルラは俺を紹介してくれる程度には仲が良い。だから、今のところは問題ないと言えるのだが。
それにしても、マリンの発明は本当に有用だな。俺も闇魔法で似たようなことができるが、誰でも運用できることの価値は大きい。本当に、よそに渡したくないレベルの才能だ。
本音を言えば、マリンが評価されていないのに感謝したいくらいだ。だから、スカウトの可能性が見えているんだからな。
「レックス様の本気が込められるのなら、戦略が変わる」
「その通りよ! レックス様ほどの魔法が他の人でも運用できるとなれば、どんな要塞でも落とせるわ!」
俺の全力が撃てれば、まあ大抵の要塞は粉砕できるだろうが。中にいる人ごと吹き飛ばしていきそうでもあるよな。下手をしたら、ミサイル爆撃以上の被害が出るのではないだろうか。
そう考えると、あまり実現してほしくない可能性ではある。とはいえ、もう現物がある段階だから、研究を止めても遅いだろう。ならいっそ、どう対策するべきかを現物を見ながら考えるのが妥当だろうな。
「話に聞くより、レックス様は凄まじいのです……」
マリンは目を見開いている。要塞を落とせる個人とか、現実感が薄いのは分かる。俺だって、あまりにも強すぎると思っているくらいだからな。
とはいえ、自分の力だからまだマシではあるが。これが敵なら、俺は落ち着いて眠れなかっただろう。
「シュテルの言うような運用は、あまりされてほしくはないが。実際、どの程度は可能なんだ?」
「理論上は、大魔法でも可能なのです。実証は、ここに大魔法使いを連れてこないとできないのです」
フィリスの五曜剣が込められるようなら、それこそ戦略兵器と言って良いのではないだろうか。そこまでできているのなら、やはり闇に葬ろうと考えるのは得策ではないな。
いっそ、相互確証破壊みたいな関係になったりしないだろうか。あれもあれで、権力を持った個人の暴走が怖い概念ではあるが。もう完成しているのだから、どう付き合うかを考えるべきだろう。それは間違いない。
「そうか。闇魔法については、込められそうか?」
「同じく、理論上は可能なのです。ただし、当然ですが実証はまだなのです」
本当に、かなり研究が進んでいるみたいだ。とんでもない才能だということが、あらためて分かる。ミルラといい、軽んじられているというのが信じられないくらいだ。
明らかに傑出した存在なのだが、どうして見過ごされてきたのだろうか。まあ、魔力を持っていない人は軽んじられるというのは、経験的にはよくあることではあるのだが。悲しい話ではあるが、都合が良いのが余計に悲しいところだな。
「なら、せっかくの機会だし試してみないか? まずは、軽い魔法からでも」
「そうですね。協力、感謝するのです」
「俺としても、マリンには期待しているからな。先行投資と思えば、安いものだ」
「評価していただけるのは、本当に嬉しいのです。私としても、良い付き合いをしたいのです」
そう言って、マリンは微笑んでくれる。かなり良い感触なので、このまま話を進めても良いんじゃないかと思える。
まあ、とにかく実験が終わってからだな。そこを軽く扱ってしまえば、スカウトは受けてもらえないだろう。
「なら、まずはその一歩だな。その装置は、どこにある?」
「少し待ってください。持ってくるのです」
マリンは後ろを向いて歩き出そうとする。重いものを運ぶのなら、俺の出番だろう。男ということを抜きにしても、闇魔法で身体強化みたいなことをできるからな。俺が適任のはずだ。
ということで、歩くマリンについていく。
「持ち運びができないと言っていたじゃないか。俺が運ぶよ。気をつけてほしいことを言ってくれ」
「あまり強い衝撃を与えると、壊れてしまうのです。逆に、それくらいなのです」
「ふむ。戦場で運用するには、不安要素が多いな。むしろ救いと言えそうではあるが」
「レックス様は、戦争はお嫌いなのですか?」
首を傾げながら、問いかけられる。どういう意図だろうな。まあ、ここでごまかさないと関係が築けないようなら、いずれ崩壊するだろう。なら、本音を話すのが妥当だ。
軽く息を吸って、俺はマリンに言葉を返していく。
「無いに越したことはないと思っている。無論、必要なら戦う覚悟はあるが。実際に、何度も戦ってきた」
「僕たちも、何度も助けられたもんね。そもそも、拾ってもらえたから今があるわけで」
「そうね。レックス様、私の感謝は消えることなんてありません。未来永劫、あなたに尽くします」
「感謝は大事。私も感謝している。だから、なでなでして」
「ふふっ、本当に仲が良いのです。レックス様の人望かもしれませんね」
マリンが笑顔を浮かべていた。この感じだと、ジュリアたちにも助けられたかもな。やはり、味方がいるという事実は大きい。あらためて感じるところだ。
まあ、打算で仲良くしたいと思っているわけではないが。当初は打算を持っていたのも事実だが、今は本当に大切な相手だと思っている。マリンとも、そうなりたいものだ。
マリンが足を止めて、大きくなったシリンダーのようなものの前に立つ。子供くらいなら入りそうな大きさをしていた。
「さて、これか。では、いくぞ」
「軽々と……。びっくりしたのです……」
そのまま運んでいき、前日にも使った広場へと向かっていく。そこに装置を置いて、マリンの説明を聞いていく。まあ、簡単だ。魔法を装置の中に打ち込めばいいらしい。
「さあ、これに魔法を込めれば良いんだな。闇の刃! どうだ?」
魔法を撃つと、装置に吸収されているようだった。そのまま静かになり、しばらく。問題が起きているようには見えない。
「少し待ってほしいのです。……ふむ。良さそうなのです。……発射!」
マリンが操作すると、闇の刃が飛んでいき、やがて爆発して大きなクレーターのようなものを作った。
完全に、俺の魔法と同じことができている。その気になれば、制御を俺の手に取り戻せそうなことも分かった。つまり、敵の魔法を奪う用途で使うのは厳しいだろうな。俺の魔法を奪われる可能性も低いということなので、良い悪いは半々くらいではあるか。
マリンの嬉しそうな顔を見て、俺の決意は固まった。やはり、スカウトしたい。そう考えて、軽く深呼吸をする。そして、マリンの目を見ながら話していった。
「うまく行ったみたいだな。なあ、マリン。これからも、実験に協力したいと思う。だから……」
俺が言い切る前に、マリンは俺の唇に人差し指を当てる。そして、柔らかい笑みを浮かべた。
「そこから先は、私から。レックス様。あなたに、私の研究を役立ててもらいたいのです」
「なら……!」
「はい、よろしくおねがいします。私は、あなたに仕えたいのです」
一礼して笑う姿は、きっとこれから先も忘れないだろう。マリンという心強い味方を得られたことで、ブラック家の勢力も拡大していくはずだ。
今後が、楽しみだな。素直に、そう思えた。俺も、心からの笑顔を浮かべられた。




