402話 成果を目指して
俺たちは、マリンに案内されて別の部屋へ向かうことになった。俺とジュリアだけが実験に参加するのだが、サラとシュテルも着いてきている。まあ、知り合いのいない環境にひとりで放り出すのも問題だからな。見学していてもらった方が良いだろう。
それに、素人の意見というのは案外バカにならない。もちろん、見当外れの意見の方が多いのだが。前提条件をぶち壊すような意見が出てくるので、たまに視点を変えるのに役立つんだよな。
だから、マリンも受け入れているのだと思う。そのまま着いていって、目的の部屋にたどり着く。そこには、大きな円筒状の機械らしきものがあった。電気は走っていないようなので、機械ではないのだろうが。
それを指さしながら、マリンは笑顔で話し始める。
「ここに、魔力反応装置があるのです。魔力を流していただければ、何かが分かるはずです」
「注意事項はあるか? 魔力が多すぎると壊れるみたいなことだ」
「原理上は、フィリス・アクエリアスのような魔力を持っていても耐えられる計算です」
「なら、全力は避けた方が良いかもな。一応、フィリスを超えかねないのだし」
自慢になりかねないが、一応伝えておくべきこととして伝えた。うっかり壊してしまうよりはマシだからな。
マリンは大きく目を見開いてこちらを見ている。口元に手まで当てていて、本当に驚いているのがよく分かる。今となっては、新鮮な反応だ。最近は、どうにも周囲には当然のことのように思われている気がするからな。
いや、別に称えられたいかと言えば、そうでもないのだが。親しい人に褒められるのは嬉しいが、それくらいだ。
なんというか、昔を懐かしむような気持ちが近いのだろうか。それはそれで、人生に疲れた人みたいではあるが。少なくとも体は若いのだから、もっと前だけ見ていても良いのかもしれない。
それはさておき、マリンはこちらをじっと見ている。目をパチパチさせているのが見える。
「そこまで……。恐るべき才能なのです……」
「じゃあ、まずは僕が送ろうかな。良いよね、マリンさん」
ジュリアが前に出て、装置に近づいていく。ひとまず、話を進めたかったので助かるところだ。こちらを助けてくれたのかもしれない。時々、化け物を見る目で見られるからな。
まあ、目をキラキラさせている部分もあるし、純粋に新しい実験装置が興味深いのもあるのだろう。そういうところは、年頃らしいよな。微笑ましくなる。
「はいです。だんだん増やす形にしていただけると、なお良いのです」
「簡単だよ! 早さを調整したかったら、言ってね!」
そう言って、ジュリアは装置に手を当てて魔力を流し込んでいく。マリンはじっと計器らしきものを見ていた。何らかの針が動いている様子で、数値を測っているのだろう。
説明はされていないから、何の数値なのかは分からない。とはいえ、推測はできる。魔力の性質が分かるものなのだろうな。
しばらくながめていると、マリンは一度強く頷いた。
「これが、無属性の魔力ですか……。なるほど……」
「何か、分かったか? 面白いことでもあったか?」
「無属性の魔力は、本当に分子に干渉しないのです。また、魔力粒子の活動が激しいのです」
「なるほどな。無属性が同一の魔力量でなら他の属性に優位を取れるわけだ」
もともと、ジュリアの無属性魔法は特別な属性だと原作では描写されていた。闇魔法に対して大きな優位を取れる魔法だったんだよな。その理由は、他の魔法より威力が高いから。闇魔法の侵食を受けないというものもあったが、今のジュリアは違うんだよな。
いずれにせよ、ジュリアの魔法は強力だ。俺の闇魔法ほど汎用性は高くないが、主に戦闘面でかなりの性能を発揮する。
「そのような性質が……。本当に、良い機会をありがとうございます」
「純粋に威力だけ高い魔法だって、レックス様は言っていたもんね!」
「ああ、そういうことだ。だから、無属性の魔力は工業に運用しやすいのかもな」
「単純に重いものを運ぶためには、力の性質よりも大小が重要なのです。確かに、有用そうです」
ジュリアは楽しそうな顔をしていて、マリンは何度か頷いている。
マリンも同じ意見となると、無属性の魔力粒子はかなりの価値を持つかもしれない。とはいえ、実用できてこそではあるのだが。
「それなら、無属性の魔力に干渉する手段を見つけたいところだな」
「はいです。闇属性や光属性にも、いずれたどり着きたいのです」
両手を胸の前で握りながら、マリンは強く語りかけてくる。人生をかける目標だというのが、顔や仕草から伝わってくるようだ。
これだけ熱意があって、ミルラが認めるだけの実力もある。できれば、本当にスカウトしたいところだ。とはいえ、今はまだ、仲良くなっていくべき段階だろう。急ぎすぎれば、失敗する。遅くなりすぎない範囲で、慎重に行こう。
少なくとも、俺がアカデミーに滞在している期間は焦りすぎなくて良い。離れてしまえば苦労するだろうから、あまり引き伸ばしたくもないが。
まずは、素直に話をあわせるところからだな。
「ミーアに頼むのは、気軽にはいかないだろうな……」
「王女様ですから。私としても、流石に望むのは難しいのです」
「ミーア様なら、手伝ってくれそうな気もするけれど。まあ、こっちで決めることじゃないか」
「それよりも、俺の魔力を観察する方が先じゃないか? ひとまず、できることをやるべきだろう」
「はいです。……レックスさんは、私の研究を軽視しないのですね」
少し低い声で、マリンは言ってくる。察するに、ずっと軽視され続けてきたのだろうな。原作知識だけでも、レプラコーン王国では魔法使いが重視されてきたのは分かる。
そうなると、魔法使い以外の研究なんて、見向きもされないのかもしれない。予算に困るとも言っていたし、本当に苦労したのだろう。
なら、俺だけは肯定するべきだろう。間違いなく、マリンの研究には価値がある。それに、今のところは好ましい相手だと思えるのだから。
そんな気持ちを込めて、俺はマリンと目を合わせた。
「当たり前だろう。時間はかかるかもしれないが、いずれ歴史を変える研究に見えるんだからな」
「では、次もお願いするのです。……レックス様」
マリンはこちらの手を取って、そう言った。なんとなく、認められたような気がする。この調子で、仲を深めていきたいものだ。マリンの力を借りられたら、きっと心強いからな。
「やはり、レックス様は素晴らしい方です!」
「シュテル、今は邪魔になる。とりあえず、黙って見て」
シュテルは、昔は本当に真面目だったのにな。どうして狂信者みたいになっているんだ? サラがツッコミ役に回ってしまっている。困ったものだ。
とはいえ、本気で大事な話をしている時には黙っているから、本人なりに場を選んでいるのだろうが。いや、理性を残したまま今みたいな反応をしている方が怖くないか?
とはいえ、シュテルだって大事な仲間だ。そこは、これからも変わらないだろうな。ひとまずは、マリンだ。
「とりあえず、実験を進めるか。こんな感じか? 何か、分かったか?」
「これは、魔力粒子や分子に侵入している? なるほど……」
「なるほどな。闇魔法の侵食は、分子への侵入から来ていたのか。なら、光属性は魔力粒子と反発するのかもな」
「その仮説は、面白いのです。いずれ、確かめてみたいものです」
「ああ。お前の力があれば、俺ももっと成長できるかもしれない。期待しているぞ、マリン」
「分かったのです。全力を尽くして、成果を出してみせるのです」
マリンは再び、胸の前で両手を握りしめていた。先ほどよりも、気合いを感じる。その成果が、俺たちの未来につながってくれれば。期待を込めて、俺はマリンに頷いた。




