400話 技術の価値
ミルラの案内で、俺たちはスヴェルアカデミーへとやってきた。メンバーとしては、俺とミルラ、学校もどきの生徒たちだ。ミルラの提案で連れてくることになった。まあ、何かしら考えがあるのだろう。俺としても、いろんな世界を知るのには賛成だ。
見渡すと、多くの建物と、それを囲む塀のようなものがある。敷地内に入ると、それなりに人が居るのが見えた。何かメモを取っている者や、何かを観察している様子の者など、さまざまだ。
全体的なイメージとしては、目がギラギラしている人が目立つ気がする。徹夜明けか何かだろうか。
その人達に見られながらミルラについていき、建物に入っていく。すると、今度はかなり閉鎖的な空間に感じた。それぞれの部屋がしっかり閉じられていて、中もあまり見えない。
アストラ学園では、まあまあどんな授業をしているかは見えたものだが、ここは違うみたいだ。
「ここが、アカデミーか。アストラ学園とは、雰囲気が違うな」
「はい。良くも悪くも、研究に人生をかけているものが多い形でございますね」
「そうなると、僕達は邪魔にならないかな?」
ジュリアは首を傾げている。まあ、俺たちは部外者だからな。急に入ると、邪魔だと思われる可能性は否定できない。俺はともかく、ジュリアたちがそう思われるのは困るな。連れてこない方が、良かっただろうか。
「問題ございません。レックス様やジュリア様が邪魔になることなど、あり得ませんから」
ミルラの言葉は、まあ分かる。研究機関において、俺の闇魔法やジュリアの無属性魔法は良い研究材料だろう。それを無視する理由はないよな。
ただ、そうなるとジュリアだけを連れてこなかった理由が気になる。まあ、あまりジュリアを特別扱いしすぎるのも問題ではあるか。納得できると言えば、できる範囲だな。
「そうなると、私たちは邪魔になるかもしれないってこと。レックス様、外しましょうか?」
「いや、変に別れた方が邪魔になる可能性が高いだろう。しっかりと、ついてこい」
「なら、抱っこ。離れなければ、何も問題はない」
シュテルの言葉に返事をすると、なぜかサラが抱きついてくる。周囲に人の気配はないから、場所は選んでくれているのだが。ただ、このままずっとだと困ってしまう。
分かってやっているのだろうが、どうにも調子を崩されてしまうな。甘えてくれるのは、可愛らしくはあるのだが。
「俺が奇異の目で見られるのは、確実に問題なんだがな……」
「そう言いながら、レックス様は受け入れてくれるんですね。でも、サラ。気をつけなさいよ?」
「分かってる。抱っこを奪われないように、気をつける」
「では、私の友人を紹介いたしますね。レックス様、こちらへどうぞ」
何もかもを流して、ミルラが先導し始めた。もはや、手慣れたものだ。いつもの流れといえばそうだから、対処も簡単なのだろうが。
結局、サラは普通についてくる。そのまま進んでいって、とある部屋に入る。そこには、何かしらのカラクリらしきものを動かしている女がいた。扉の音でこちらに気づいた様子で、近寄って頭を下げてくる。
ぱっと見は、穏やかそうな印象だ。さて、どう出てくるだろうか。
「よろしくお願いするのです。私は、マリン・エステラ・ラベンダーというのです」
「ああ、よろしく頼む。そこで動いているものは、歯車で動作させているのか?」
なんというか、お茶くみ人形みたいなものがゆっくりと走っている。見覚えのあるものだから、知っている構造なのかもしてない。そう考えて、質問をする。マリンは、軽く目を見開いていた。
「はいです。向きや組み合わせを変えることで、様々な動きをさせられるのです」
基本的なことだな。歯車を噛み合わせることで、少なくとも三軸で回転させられる。突起を利用すれば、動かし方にも大きな影響を与えられる。
詳しくはないが、それらを組み合わせて動かしているのは分かる。よく見てみると、中心辺りから魔力を感じた。
「動力は、魔力か。これは、大気中から吸収しているのか?」
「分かるのですね。ミルラが褒めていただけのことはあるのです」
「レックス様は、素晴らしい主でございますよ。私は、一生をかけて尽くします」
マリンはミルラをちらりと見る。ミルラは胸を張っていた。俺を誇りに思ってくれているのが伝わって、嬉しいところだ。
とはいえ、前世の知識や生まれ持った才能でどうにかしているだけでもある。あまり持ち上げられると、プレッシャーも感じてしまうな。まあ、期待に応えられるだけの努力を重ねればいいだけではあるのだが。
マリンの視線を見ていると、お茶くみ人形の方を見ていた。そこに目をやると、ジュリアが興味深そうにながめている。魔法が中心になる世界だと、大抵のものは魔法でどうにかしがちだ。だからこそ、珍しいのだろうな。
あるいは、単に科学技術の水準が低いからか、あるいはジュリアの故郷が貧しくて何もなかったからか。あまり、想像しても良いことはなさそうだな。切り替えるか。
「ねえねえ、これって、誰もいなくても動くってこと?」
「見た感じだと、魔力が少ない場所では動かないだろうな。ただ、事前にためておければ……」
「はいです。余剰分を蓄えに使うことで、さらに動作時間を伸ばせるでしょう」
いわば、バッテリーにおける充電と放電だな。空気中の魔力を集めておいて、それを使う。足りなければ、溜め込んでおいた分を使う。空気中に余っていれば、溜め込むことに使う。そうすることで、比較的長期に運用ができるはずだ。
もし実用化まで持っていければ、大きな影響があるだろう。極端な話、電車のようなものが作れるかもしれない。確かに、この国最高の学術機関と言われるだけのことはあるな。
「つまり、理論はできているんだな。問題は、技術か? 素材か?」
「どちらもです。現状では、予算が足りないのです」
深刻そうな顔で、マリンは語る。前世でも、大学における予算の問題はよく話題になっていた。どうしても、ぱっと見で役に立ちそうな研究ばかりに金が注ぎ込まれるんだよな。
そして、この世界では魔法が中心だ。科学技術に近しい分野に関しては、軽視されているのも当然だろう。となると、スカウトの可能性は十分そうではある。良いのか悪いのか、悩みどころでもあるが。
「ふむ。闇の魔力を使えば、一気に多くを解決できそうではあるな。とはいえ、俺個人の実力に頼るのではな……」
「本当に、よく分かっているのです。私たちの目指す先は、誰でも使えるものですから」
科学の基本は、客観性と再現性。それを考えれば、当然だな。というか、魔法以外の道を探っているのがアカデミーなのだろうからな。それで、個人の強力な魔法で解決というのは、どう考えても避けたいだろう。
今のところ、感触は悪くない。このままマリンの協力を手に入れられれば、心強いだろうな。バッテリーが再現できるだけで、どれほどのことができるか。俺にはよく分かるのだから。
「ええ。私は、本当に良い主を手に入れられました」
「話に聞く限り、圧倒的な実力を持っているのです。それで、技術にまで理解があるのですね……」
「レックス様は最高の存在なんですよ! 私たちの恩人なんです!」
「シュテル、そういう話をする時間じゃない」
「サラに真面目な話をさせちゃったら、おしまいだよね……」
「いえ、よく分かりました。ひとまず、もう少し話をしたいのです。歓迎します、レックスさん」
シュテルたちの言葉に、マリンは頷いていた。そして、こちらに手を差し出してくる。その手を握りながら、俺は今後の関係について考えていた。




