395話 新たな一歩へ
俺はハンナから戦いを挑まれた。ということで、戦える場所へと移動していく。開けたところでもないと、周囲への被害が大きすぎるからな。
ハンナも俺も魔法の威力が馬鹿げている。だから、建物の中ならよほど頑丈じゃないとダメだ。少なくとも、お茶会をするような部屋は論外だな。
今は周囲に誰もおらず、ただ一面に砂ばかりが広がっている。ハンナの家から少し離れたところだ。俺達はお互いに向き合い、剣を手に持っていた。
「さて、やるか。調子のほどはどうだ、ハンナ?」
「もちろん、絶好調ですよ。今なら、レックス殿にも勝てるかもしれませんね」
ハンナは落ち着いた様子で語っている。妙な力が入っていないことが明白で、確かに力を発揮できそうな自然体に見えた。
今回は、かなり苦戦しそうな予感がある。落ち着いているにも関わらず、ハンナの目には強い力を感じるからだ。気合いと脱力を両立させているのが見て取れる。絶好調なのは、口だけではないだろう。
「そう簡単に、勝たせてやらないからな。俺だって、負けたくないんだ」
「沈んでいる頃のわたくしめ相手でも、勝ちを拾うくらいですものね?」
ハンナは悪い顔をしながら、そんなことを言う。盤外戦術まで使ってくるのか。まったく、厄介になったものだ。
とはいえ、確かにやらかしたのは事実なんだよな。ハンナは自分の道を見失っていたのだから、手心を加えるのが普通だったのは妥当な判断だ。
思わず勝ち筋が浮かんでしまって、うっかり勝ってしまったというのが実情。だから、反省すべきではあるのだが。
「もう許してくれよ……。いや、本当に悪かったとは思っているが……」
「いえ、気にしていませんよ。勝ちを譲らないのは、意地の証ですから。大事なことです」
すぐに思い出すあたり、少しは気にしているのだろうな。だが、追求したところでお互いに損をするだけだ。ハンナの気遣いを無に返す行為そのものだろうな。
なら、今の俺にできることは、真剣にハンナに向き合うことだけ。お互いに成長できるように、全力を尽くすことだけ。
よし、覚悟は決まった。今の俺のすべてを、叩きつけてやるさ。
「なら、遠慮せずに行かせてもらう。今度は気を使う必要もないからな」
「ええ。手加減などしたら、怒りますよ! では、行きます! 四重剣!」
ハンナはさっそく、剣に四属性の魔力を込めていく。凝縮された魔力の余波だけで、空気が震え上がった。まともに受けてしまえば、俺は死んでもおかしくない。簡単に体なんて消し飛ぶだろうな。
だが、俺にだって対抗手段はある。ハンナが魔力を凝縮するというのなら、同じ手で返すだけだ。
「勝つのは俺だ! 無音の闇刃!」
「レックス殿も、魔力を剣に込めていたのでしたね! ですが、わたくしめの技は一味違いますよ!」
そのまま、何度も剣を打ち付けていく。金属どうしのぶつかり合いだというのに、低く重厚な爆音が響き渡る。手に衝撃が伝わり、骨にまで浸透した。
とはいえ、お互いに決定打にはならない。打ち付けあった剣はお互いに弾かれ、またぶつかり合う。そんな拮抗を崩すために、俺は一手を打った。
「俺の剣技は、まだまだ進化するさ! 闇の衣!」
「こちらだって、まだ立ち止まったりしませんよ! 崩剣!」
俺が魔力を体にまとって防御と加速をおこなうと、ハンナは手に持つ剣とは別に、魔力を固めた剣を飛ばしてきた。
ハンナと撃ち合いながら、飛んでくる魔力の剣を避ける。地面にぶつかり、土煙が舞い上がる。俺達は気にせず打ち合い、魔法ももう一度放たれる。このままではジリ貧だと判断した俺は、次の手を打つ。
「複数の魔法を同時に使えるのは、俺だって同じだ! 闇の刃!」
剣で撃ち合いながら、俺も魔力を固めた刃を放つ。ハンナの崩剣とぶつかり、大きな爆発を引き起こす。風だけで、人間が吹き飛ばされてしまいそうなほど。
だが、俺達は切り合い続ける。何度も剣と魔法が交錯し、その度に爆発したような衝撃が響き渡った。
「まだまだ終わりませんよ! 閃剣!」
今度は複数の剣を飛ばしてきて、こちらの動きを誘導しようとしてくる。剣のいくつかは四属性が見事に混ざり合っており、俺の防御魔法を切り裂くものもあった。
だから集中を切らすとハンナ本人が切りつけてきて、ハンナに意識を向けると魔力の剣が飛んでくる。それらに対応していく中で、段々と追い込まれていく感覚がある。
ということで、状況を動かすために、俺も複数の魔法を同時に放っていく。生身の剣で打ち合い、魔力を魔力で吹き飛ばし、同時に魔力で防御も固める。そうして、なんとかハンナの技に対処していった。
「よく使い分けているじゃないか! なら、もっとぶつけてやる!」
俺はハンナに負けないように、簡略化した闇の刃で、つまり弱い魔力の刃で牽制していく。
何度も剣をぶつけ合い、魔法をかわし合い、魔力を叩きつけ合う。
「わたくしめの魔法は、もはや乱れません! この剣、受けてみなさい!」
ハンナは剣に魔力を圧縮していき、こちらに切りかかってくる。おそらくは、切り札だ。ということで、俺も切り札で対処する。
「なら、行くぞ! 剣魔合一!」
「くっ、ああああああぁー!」
魔力そのものとなった俺と、ハンナが魔力を込めた剣がぶつかり合う。押し合い、強い衝撃の中で全身全霊を込めていく。
最後には、ハンナの剣が吹き飛ばされていった。俺は魔法を解き、ハンナに剣を突きつける。
「これは、俺の勝ちだな。とはいえ、勝負は分からなかった。流石だ、ハンナ」
「息も乱れないまま、よく言いますね……。ですが、わたくしめに足りないものは見えました」
晴れやかな顔で、ハンナは語っていた。おそらく、何かをつかめたのだろう。俺としても、今後の道筋は見えた気がする。
「俺も、技の幅を広げる必要があるかもな。新しい魔法とは言わずとも、応用の範囲を」
「わたくしめは、カミラ殿やエリナ殿の技も盗みます。そうすることで、もっと先に進めるはずなのですから」
まっすぐな目で、ハンナは宣言する。俺だって、見習うべき姿勢だよな。実際、これまでにも何度も誰かの技を盗んできた。なりふり構わない姿勢こそが、成長につながるんだ。
技に対して好き嫌いなんてしていたら、どうにもならない。それだけは、忘れるべきではない。
「俺だって、姉さんやエリナから技を盗んでいるからな。ハンナからだって、盗むつもりだ」
「お互い、これからも切磋琢磨していきましょうね」
穏やかな笑顔で、ハンナは手を差し出してくる。俺も手を出し、お互いに強く握りあった。今後への決意を再確認するかのように。
「もちろんだ。次だって、俺が勝つ」
「色仕掛けは、レックス殿に対して有効でしょうか……」
真顔でそんなことを言うので、耳を疑ってしまった。だが、確かにハンナは色仕掛けだと言っている。思わず、頭を抱えそうになってしまった。
ハンナが色仕掛けで任務にあたっている姿を想像しただけで、胸が苦しくなりそうだ。
「やめてくれよ……。あんまり、ハンナが色仕掛けする姿は見たくないぞ……」
「そんなにわたくしめは見苦しいですか? ひどいです……」
目をうるませながら、上目遣いでこちらを見てくる。思わず両手を顔の前でパタパタと振ってしまう。
「あ、それは違うぞ……。ハンナは凛としているし、まっすぐだし、とても魅力的だ」
「ふふっ、冗談ですとも。レックス殿には、正々堂々と勝ってみせます。待っていてくださいね、レックス殿」
最後に見せたハンナの笑顔は、とてもきれいだった。決意と優しさを両立したようで、強く目を引きつけられる。
俺はハンナの成長を楽しみにしながら、もっとずっと強くなると決意を固めていた。




