394話 決意の形
ハンナが近衛騎士のリーダーとして任じられたようで、ミーアから通信で話を聞いた。めでたいことなので、直接祝いの言葉を贈りたいところ。そう考えて、ハンナに通話した。すると会おうという話になったので、転移で待ち合わせ場所に向かう。
向かった先には机とお茶、お菓子が用意されていた。ということで、お茶会になるだろう。穏やかな笑顔をしているハンナが見えて、こちらまで嬉しくなった。
「ハンナ、おめでとう。近衛騎士の団長になったんだって?」
「ええ。これで、わたくしめこそが近衛騎士の象徴になりますね」
まっすぐな目で、ハンナは告げた。近衛騎士団長ともなれば、確かに模範であることを求められそうだよな。ハンナなら、きっとできると思う。
とはいえ、とても大変そうだ。小さな失敗でも、色々と文句を言われる姿が想像できてしまうからな。今後も、できるだけハンナを支えていきたい。
「ハンナの前で言うことでもないが、俺なら勘弁してほしいな。気をつけることが多そうだ」
「確かに、レックス殿には向いていないかもしれませんね。ですが、あなたは騎士の心を持っていると思いますよ」
柔らかい笑顔で、ハンナは言う。きっと、大切な誰かのために戦う気持ちなのだろうな。俺が持っていないとは言わないが、騎士として認められるほどではないはずだ。
それに、俺は顔も知らない誰かのために戦おうとは思えない。騎士としては、あまり良くない考えだろうな。民を守るために戦ってこその騎士だろうし。ハンナは、きっと高潔に生きるのだろうが。
おそらく、苦しいことはたくさんあるはずだ。相談に乗るなり、手を貸すなり、色々と手伝いたい。ハンナが潰れることは、きっと王女姉妹だって望まないのだろうから。
「ハンナに認められるのなら、ちょっと自信が出てきそうだな。っていうか、立場が逆じゃないか。俺がハンナを褒めるべき場面だろうに。悪いな」
「ふふっ、いつも通りの時間を過ごすことが、わたくしめの喜びですよ。安心してください」
穏やかな口調で言っている。俺を慰めるための言葉でもあるのだろうが、きっと本心だ。まあ、何度も何度も戦い続けてきたからな。当たり前の日常が心の癒やしだというのは、俺も同じだ。
だから、今はハンナとの時間を楽しむことに集中しよう。もちろん、楽しませることも大事ではあるだろうが。
とはいえ、俺が楽しもうとする姿勢が、結果的にはハンナにとっても良い時間につながると思う。ハンナは親しい人の笑顔を本心で喜べる人なのだと、俺は知っているのだから。
「なら、良いのか? ハンナが喜んでくれるのなら、それが一番だからな」
「レックス殿? わたくしめは、本気にしますよ? あなたの好意はわたくしめに向けられていると、ね」
どこか強い目で、ハンナはこちらを見ている。それこそハンナの言うように、本気を感じる姿で。今回も、口説いたような言葉を言ってしまったのだろう。背中に変な汗が出てきそうだ。
とはいえ、口説いたつもりはない。ただ、そのまま言ったところで、言い訳にしかならないだろう。本当に、どう返したら良いものか。俺はしどろもどろになるしかなかった。
「そ、それは、その……」
「ふふっ、冗談でありますよ。本気ならば、もっと退路を断ちますから」
じっとこちらを見ながら言われた。なんとなく、情念を感じるような姿で。ちょっとだけ背中に寒気が走るような感覚がある。
とはいえ、今のところは冗談なのだろう。わざわざ退路を断つと宣言するより、警戒していない状況で不意を打った方が強いのだから。フェリシアが急に大勢の前で頬にキスをしてきたように。ラナが同様に俺にすべてを捧げると宣言してきたように。
「いや、怖いぞ……。ハンナが本気で退路を断ってきたら、逃げ場がなさそうだ」
「もちろん、逃がしませんよ。わたくしめに目をつけられたことを、後悔してもらいましょう」
少しだけ笑いながら言っている。やはり、冗談だったようだ。ちょっと息をつきそうになって、我慢する。安心したので、軽く冗談で返せる余裕が出てきた。
「俺は美味しくいただかれるしかない獲物ってわけか……」
「レックス殿を獲物にするには、まだまだ強くならないといけませんね」
「俺だって、もっと強くならないとな。また負けたら、悔しいからな」
「ふふっ、そうでありますな。負けることは、本当に悔しいものです」
ハンナは何度も俺に負けながら、それでも挑みかかってきた。やはり、悔しさが原動力なのだろうな。俺だって、カミラやエリナに負けた時は悔しかったものだ。絶対に負けたくないと、強く感じた。
リベンジに挑んだのはハンナを勇気づけるためでもあったが、俺の悔しさを払うためでもあった。やはり、負けっぱなしでは終われないのが、俺の素直な感情だな。
負けた悔しさを笑顔で語れるあたり、ハンナは迷いを完全に振り切れたのだろう。だから、きっともっと強くなった。どれだけ強くなったか、間近で見たい気持ちもある。
「だからこそ、頑張れる。もちろん、みんなを守るためでもあるが」
「わたくしめも、同じですよ。レックス殿に負けたままでは、嫌ですからね。それに、レックス殿を守りたくもあります」
強い意志を秘めたような瞳で、ハンナは宣言していた。やはり、騎士らしい人だと感じるな。誇りと優しさと強さを兼ね備えた、本物の騎士道が見える。
だから、ハンナは尊敬できるんだよな。俺にはないものを持っているのが分かるから。
「嬉しい限りだな。やっぱり、ハンナは理想の騎士だと思うよ」
「まだまだ未熟者ではありますが、レックス殿に認めていただけるのは、ありがたいことです」
未熟者というのは、本心なのだろう。向上心を感じて、負けていられないなと思える。実際、まだ騎士になったばかりだ。きっと失敗もするのだろう。それでも、何度でも立ち上がってくれるだろう。強く信じられる。
それに、もし折れたとしても、俺達の手で助けてみせる。それが友達ってものなんだからな。
「俺だって、まあ未熟者と言って良いからな。お互い、これからも成長していこう」
「もちろんですとも。レックス殿を泣かせるくらいに、強くなってみせますとも」
口の端を吊り上げながら、そんなことを言う。泣かされるくらい強くなったのなら、とても頼りになるだろうな。
とはいえ、ハンナが俺を泣かせようとする姿はあまり想像できない。優しい人だからな。いや、カミラだってカミラなりに優しいとは思うが。目に見えて優しいのは、ハンナの方だ。
「姉さんのマネか? あんまり似合わないと思うぞ。まっすぐなハンナの方が、俺は好きだ」
「カミラ殿に、今の言葉を伝えてみましょうか。どんな反応をするか、楽しみです」
「やめてくれよ……。意味くらい、分かっているだろうに」
「ふふっ、また冗談ですよ。ですが、カミラ殿には学ぶことも多いです。同じ騎士として、負けていられませんね」
実際、カミラの堂々とした姿とまっすぐな姿勢には、俺も憧れるところではある。全くブレないまま突き進む姿は、確かにかっこいいと思えるんだ。
やはり、カミラは尊敬できる姉だよな。ハンナと同じように。ある種の騎士道を、カミラも持ち合わせていると思う。
「俺だって、もう二度と姉さんに負けるつもりはない。もっともっと、強くなるさ」
「わたくしめも、まだまだ強くなりたい。ですからレックス殿。今から、わたくしめと戦っていただけませんか?」
そう言って、ハンナはこちらに拳を向けてきた。強い信念を感じて、俺は軽く息を呑む。ハンナと戦えば、きっと俺も更に成長できるだろう。そして何より、ハンナがまっすぐに強くなろうとする姿勢に共感できた。
どうやって戦うかを考えながら、俺は深く頷いた。




