390話 大きな一歩
王宮の地下に潜り込んで、3日が経った。ミーアは食事を私室の一部においてくれて、それを俺が転移させるという形で飢えをしのいでいた。というか、普通にお腹いっぱいになるくらいに食べていた。ただ、手足が使えないから、魔力で浮かせて食べていたのだが。
風呂やトイレは難点ではあったものの、新しい魔法を生み出して、体を浄化できるようにした。汚れを消し飛ばすようなイメージだ。
快適とは言えなかったにしろ、まあ普通に生きているという感じではあった。ミーアやリーナを始めとして、知り合いとも会話できていたからな。案外、悪くなかった。
とはいえ、もう窮屈な生活も終わりになる。予定通りに、計画が動き出すのだから。成否がどうであったとしても、これから大きく変わっていくだろうな。
まあ、絶対に失敗などさせないが。少なくとも、仲間だけは絶対に守ってみせる。そんな誓いをしつつ、ミーアに通信していく。
「さて、ミーア。準備は良いか? 今から、城門へ向けて敵を転移させる」
「もちろんよ! 後でリーナちゃんに助けに行かせるわね!」
俺が勝手に枷を解除した形にならないようにだろうな。リーナが俺を解放して、援軍として連れてきた。そんな形にするためだろう。
まあ、罪人が勝手に出ていったら問題なのは俺にも分かる。だから、妥当ではあるのだろうな。すぐに助けに行けないのが、口惜しくもあるが。
とはいえ、ここで反対したら、後々みんなが困ることになるだろう。ミーアだって、俺を制御できないという印象を持たれることになるはずだ。それは、王家の権威を下げるきっかけになる。未来まで考えたら、避けられない対応だな。
ただ、心配ではある。邪神の眷属は強敵だからな。少なくとも、そこらの闇魔法使いよりも。まあ、近衛騎士なら倒せると信じよう。ミーアだって、光魔法を持っているんだ。闇魔法に対して、有効な手札になるはずだ。
任せるしかないのだから、任せよう。ただ、本気で危なそうなら、全部を投げ捨てるかもしれないが。まあ、きっと大丈夫だ。
「つまり、しばらくはお前達だけで戦うんだよな? 無理はするなよ」
「ええ。レックス君を悲しませたりなんて、しないわ!」
みんなが傷つけば、間違いなく俺は悲しむだろう。だからこそ、何よりも自分の身を大事にしてほしいものだ。まあ、王族として周囲を守ろうとしなければならない理由も分かるのだが。
とにかく、俺は俺にできることをするしかない。リーナが来たら、できるだけ急いで動くとしよう。
「分かった。じゃあ、まずは封印を解除する。気を抜かないでくれよ」
「任せて! レックス君が来るまでの時間は、必ず稼いでみせるわ!」
なんというか、弱気な宣言だと思った。まあ、俺なら邪神の眷属は倒せるだろうが。まあ、生き延びてくれればそれで十分ではある。重症を負っていたところで、治す手段はあるのだから。
とはいえ、少しくらいは発破をかけておいても良いかもしれない。あまり後ろ向きすぎると、勝てる戦いも勝てないからな。
「別に倒してくれて良いんだよ。その方がありがたい」
「もちろん、倒せそうなら倒しちゃうわ! じゃあ、始めてね!」
ミーアの反応からするに、無理に倒そうとはしないだろう。ということで、俺の仕事に移る。眼の前にある魔法陣に向けて、魔力を注ぐ。そして、封印を壊していった。
すると、中から黒いヘドロにまみれた鹿のようなものが出てきた。そのヘドロは、周囲を侵していく。まず間違いなく、闇の魔力が変質したものだろう。何も対抗手段を持っていないのなら、人だって侵食されるのだろうな。
「これが、今回の敵か……。ずいぶんと、おぞましいものだ。さて、送るか」
予定通りに、城門へと邪神の眷属を転移させる。しばらくすると、ここにも騒ぎのようなものが聞こえてきた。衝突音のようなもの、叫び声らしきもの、いろいろと。おそらくは、戦いの最中なのだろう。
とりあえず、俺の知り合いは傷ついていない様子だ。だが、ヤキモキしながら待っていた。すると、足音が聞こえてくる。そちらを向くと、リーナが居た。俺を開放するために来てくれたのだ。
リーナはこちらを見て、軽くしかめっ面をする。何か、嫌な感覚があったのかもしれない。ただ、そのままリーナは話し始めた。
「レックスさん、ここに居ましたか。では、拘束を解除しますね」
「リーナ、そっちは大丈夫か? 犠牲者は出ていないのか?」
「ゼロとは言いません。ただ、問題ない範囲です。近衛騎士も、活躍していますよ」
人が死んでいて問題ないとは言いたくないが、分かってしまうのが悲しいところだ。重要でない人間なら、代えが効いてしまうんだよな。
とはいえ、できるだけ助けたいのは事実。急ぎたいところだ。犠牲なんて、少ないに越したことはないのだから。
「なら、すぐに行かないとな。転移の準備をしてくれ」
「いえ、走っていきましょう。そちらの方が、都合が良いです」
「どういう理由で……、いや、質問している時間はないか。遅れるなよ、リーナ!」
「誰が相手だと思っているんですか。レックスさんこそ、体がなまっていないでしょうね」
そのまま、リーナとともに全速力で駆けていく。しばらく走り続けて、玉座の間までたどり着く。そこでは、柱が倒れていたり、壁に穴が空いていたり、死体が転がっていたりという有り様だった。
ミーアと近衛騎士、そして多くの人達が戦っている。とはいえ、状況は良くないだろうな。
ハッキリ言って、被害はとても大きい。今すぐにでも倒さないとまずいだろう。幸いなのは、俺の知り合いはみんな無事だということだな。とはいえ、全力で向かわないとな。これ以上、好き勝手はさせない。
ミーアはこちらを認識した様子で、剣を手に握りながら大声を上げた。
「援軍が来ましたよ! レックスさん、私達に手を貸してください! あの技を使いましょう! 神の裁き!」
「姉さんってば、もう少し待てないんですか? 失墜する星!」
ミーアの手から光の奔流が湧き上がり、リーナからは隕石のようなものが飛び出す。そして、2つの魔法は互いに向けて突き進んでいく。
ふたりが狙っているのは、俺達の連携技だ。ということで、俺も爆心地になるだろう場所に向けて魔法を放つ。
「さあ、俺達の出番だな! 闇の刃! ふたつの魔力を包み込め!」
「これが、魔法の繋がり! 絆の価値! 虹の祝福!」
闇の魔力でミーアの魔法とリーナの魔法に侵食していき、ふたつを混ぜ合わせる。すると虹のような光が周囲に広がっていき、みんなを包み込む。そして、俺の全身から力が湧き上がってくる。これが、虹の祝福後からだ。
バフを受けたとなれば、後は攻撃だ。ということで、覚えたばかりの技を叩きつけていく。俺自身を魔法に溶かし込みながら、斬撃を放つ。
「さて、ここからが本番だ! 剣魔合一!」
「続くわよ! 電磁融解!」
カミラも同じように魔法と体が混ざりあって、周囲に光を放つ。そして、雷撃が敵に向けて突き進んでいく。
「私の剣技は、邪神の眷属ごときに負けやしない! 音無し!」
「わたくしめの力を、見せて差し上げます! 四重剣!」
エリナは敵の魔力の流れを読み、その流れに剣を潜り込ませる。そしてハンナは、剣に4つの属性の魔力を込めて、その魔力を混ぜ合わせた一撃を叩き込む。
邪神の眷属をまとうヘドロが剥がれていき、ほとんどただの鹿みたいになった敵にいくつもの斬撃が刻まれていく。そして、敵は倒れた。ゆっくりと霧のように広がっていき、最後には消え去った。
それを見て、ミーアは剣を突き上げて叫んだ。
「倒れましたね。私達の勝利です!」
「まったく、罪人扱いした相手に助けられて、それだけですか?」
「申し訳ありません、レックスさん。私達が、間違っていました。強く、謝罪します」
ミーアもリーナも、俺に頭を下げていく。周囲はずっと静かなまま。ただ、俺に対する悪意はやわらいだ。そんな気がした。
「ああ、受け取ろう。終わり良ければ全て良しだ」
「さて、終わりね。バカ弟、さっさと帰るわよ。くだらない茶番なんかに、付き合ってられないわ」
「待ってくれ、姉さん。では、両殿下。またいずれ」
「ええ、また会いましょう。今度は、今回の功労者として、ですね」
ミーアは微笑みながら語り、俺とカミラは去っていく。大きな事件が、ひとつ終わったと言って良い。ただ、眷属が倒れただけ。依然として、邪神の脅威は残っている。
それにどう対抗するか。足を進めながら、俺は頭を悩ませていた。




