379話 込められた覚悟
ハンナに俺の戦いを見せるために、またカミラやエリナと勝負することになった。俺が戦う姿から、少しでもハンナが感じ入ってくれるのならば、それでいい。
もちろん、勝ちたいとも思っているけどな。全力で挑むのは、ハンナがいなくたって変わらない。
今回は学園の訓練場を貸し切って、身内だけで戦いの場を作った。俺とハンナ、そして戦うカミラとエリナは当然として、治療役としてミーア、そして付き添いとしてリーナとフィリスも居る。
俺の剣と魔法の師匠がどちらも居るのだから、良いところを見せたいという思いもある。やはり、全身全霊をかけるのは前提条件だな。
気合いが入るところだ。剣を持つ手に、力が入る。さあ、やるか。
まずはカミラが俺の前に立って剣を構えている。俺も構えを取って、カミラに向き合う。不敵な様子で、カミラは笑った。
「またあたしに負けにきたのね、バカ弟」
挑発的な笑みを浮かべて、こちらを見てくる。発言に似合わず、とても真剣に努力している人なんだよな。だからこそ、信頼できる。尊敬できる。大切な姉なんだ。
失礼のないように、俺の力を絞り尽くさないとな。それでこそ、カミラも納得できる戦いになるだろう。ハンナが見る価値のある戦いになるだろう。
「そんなつもりはない。俺だって、負けっぱなしは嫌だからな」
「もう一度連戦になる。心構えは、済んでいるのか?」
「いざという時には、私が治療してあげるわ! 安心してね!」
「……興味。カミラの新しい魔法を、この目で見たい」
「フィリス先生まで注目しているんですね。レックスさんってば、注目の的ですね。さぞ嬉しいんでしょう」
「わたくしめは、言われた通りに見ておりますゆえ」
みんながそれぞれに反応している。エリナはじっと見てきている。ミーアは明るい顔をしている。フィリスは薄く微笑んでいる。リーナはじっとりとした目でこちらを見ている。ハンナは、どこか気が抜けている様子だ。
さて、ハンナにはしっかりと見ていてもらわないとな。俺がどう戦うか、その姿勢を刻みつけるだけだ。ハンナの心を燃やせるだけの戦いをしてやる。そう意気込みを込めると、少し全身が震えた。間違いなく、武者震いだな。
よし、行こう。誰よりも輝く男になる。それくらいの気持ちでなくてはな。
「ああ、俺を見ていろ。俺の生きざまを見せてやるさ」
「ふん、かっこつけちゃって。ま、いいわ。恥をさらさないように、気を張っておくことね!」
こちらに剣を突きつけて、カミラは言葉を叩きつけてくる。まあ、心配の気持ちもあるのだろうな。俺がハンナを気にしすぎてケガをしないかとか、妙な行動をしないかとか。
俺の贈った剣をずっと大切にしてくれている。何度も俺を助けてくれている。だからこそ、愛情を疑ったことなんてない。俺に勝つことへのこだわりだって、きっと俺を大事に思う気持ちが形になっているのだろう。例えば、俺を守ろうとしているとか。
だからこそ、無様な戦いをする気はない。目の前にいるカミラに恥じないためにも、俺は勝つ。それでこそ、俺の戦いだ。
「もう二度と、負けるつもりはない。俺は最強であり続ける。そう誓ったんだ」
「なら、見せてもらいましょうか。あんたの生き様とやらを! なっさけない姿なら、笑ってやるわ!」
「いくぞ、姉さん!」
その言葉と同時に、カミラは魔力を収束させていく。何も放たれていないのに、すでに空気が震えるような感覚があった。ビリビリとした衝撃が、こちらに飛んでくる。
さあ、俺がどう生きるか、その覚悟を見せてやる!
「受けてみなさい、バカ弟! 電磁融解!」
強烈な光が起こったと思ったら、左腕に焼け尽くされたかのような熱を感じた。焦げたような匂いも届いてくる。俺はただ、カミラの攻撃を受けるだけ。その傷が、魔力が、どうなっていくか。それだけに集中していた。
おかげで、分かったことがある。カミラの魔力には、闇の魔力も混ざっている。きっと、俺がカミラに贈った剣に込められたものだろう。
それに何より、周囲にカミラの気配を感じない。ある程度、輪郭が見えてきたな。
「なっ……! レックスさん、どうして無防備なまま……!」
「ふざけているのかしら? そんなザマで、あたしをバカにしているの?」
目の前に現れたカミラは、そんな言葉を投げかけてくる。こちらを冷たい目で見ているし、誤解されているのかもな。
俺は勝つための選択として、あえて防御を捨てた。とはいえ、最低限死なないように、重要器官は守っているし、闇魔法で多少は回復しているのだが。
今から、その成果を見せてやろう。きっと、驚くんじゃないだろうか。楽しみだな。
「もちろん、尊敬しているさ。ただ防御したところで、防げるはずもない。だったら、なんとしてでも、魔法の正体をつかみ取るだけ」
「……集中。魔力の動きだけに、全神経を注いでいる。カミラの魔法を、ただ受け止めて」
「それが、レックス殿の覚悟だというのですか……。どうして、そこまで……」
「もちろん、勝つために決まっているわ! ハンナちゃんのためでもあるのでしょうけど、ね」
「やはり、レックスは面白いな。どれだけ見ていても、飽きることがない」
俺のやっていることは、全部解説されてしまったな。まあ良い。分かったのなら、後は俺が実際にどんな結果を出すのかを示すだけだ。
ただ魔法を受けただけなんて、そんな情けない姿を見せられるわけないよな。さあ、やろう。カミラの技の本質は、魔法と自分との融合だ。間違いなくやれる。そんな感覚がある。
俺自身が魔法になる。そうすることで、魔力が持つポテンシャル全てを引き出す。同時に、俺の斬撃だって魔力に乗せる。さあ、行こう。俺の全力を叩きつけるだけだ。
「さあ、姉さん。自分の魔法をそのまま受けてみると良い。剣魔合一!」
「電磁融解! あああああっ!」
雷と闇がぶつかって、ものすごい衝撃と爆音が響く。周囲にあるものは色々と吹き飛んで、地面もえぐれていた。
俺とカミラは全力でぶつかり合い、しばらく拮抗する。だが、だんだん魔法に慣れていくと、最後にはカミラを吹き飛ばすことに成功した。
元の姿に戻ったカミラは、剣を杖に片膝をついている。対する俺は、普通に立っている。訓練である以上、どちらが勝者なのかは明らかだよな。
「……決着。カミラの負け。これが、レックスの才能。闇魔法の天才」
「さ、早く治療するわよ! レックス君もカミラさんも、こっちに来て! 癒やしの光!」
「どうだ、姉さん。これが、俺の全力だ」
「ま、悪くないわ。でも、次も勝てるとは思わないことね。あたしは、もっと先までたどり着くのよ」
ふたりともミーアに治療されて、怪我は消え去った。カミラは息を荒らげながら、それでも瞳を燃やしている。絶対に俺に勝つんだという意思が目に見えるようだ。やはり、カミラは努力家で誇り高い人だよな。
才能になんて恵まれなかったのに、それでも俺に一度勝った。自分の才能を理解しているからこそ、どれほどの偉業か分かるつもりだ。
カミラの生み出した魔法は、きっと歴史に残るだろうな。そう感じる。
「それでこそ、姉さんだよな。俺が尊敬する、大事な家族だ」
「レックス殿……。わたくしめは、レックス殿ほどは……」
「まだ気が早いな。ハンナ、私だって、レックスと戦うんだぞ?」
「次だって、俺がどう戦うのかを見ておくと良い。真似する必要なんてない。ただ、見ていてくれればな」
俺の姿を見せることで、ハンナに何かが届けば良い。そんな思いも込めつつ、俺は目の前の戦いに勝つために、ただエリナの姿に全部の集中をかけていた。




