355話 本当に欲しいもの
ホワイト家とアイボリー家の領地の境あたりに転移すると、武装した集団が集まっているのが見えた。アイボリー家の証を掲げているので、偽装でなければ敵の仕業だろう。
まあ、アイボリー家の中の動きを魔力で確認する分には、偽装とは思えないのだが。どうにも、軍隊を手配しているっぽい形跡が見える。
しかも、ホワイト家の方に向けて、部隊がまっすぐに進軍しているからな。どう考えても、侵攻狙いとしか思えない。となると、俺のやるべきことは決まったようなものだな。
「ふむ、なるほどな。こうして見ると、明らかにホワイト家を狙っているな」
「演習って言い訳ができる感じじゃないよね。もう、敵対する気満々だよ」
ミュスカも同じ考えとなると、俺の思い込みである可能性は低くなった。さて、どう動いたものかな。正々堂々と真正面から名乗りを上げてぶつかるというのも、ひとつの手ではあるが。
ただ、ミュスカにとっては負担だろうとも感じる。俺は防御魔法があるから安心だが、ミュスカは違うからな。俺の自己満足には付き合わせられない。
まあ、俺が勝手に決めるのも違うよな。まずは相談。そこからだ。とりあえず、敵はこちらに気づいていない様子なのだし。
「さて、最低でも撤退させたいところだが。どうする、ミュスカ?」
「やっぱり、王道じゃない? 力で押し通すだけだよ」
にこやかに笑いながら、案を出される。顔と発言が一致していないが、まあ気楽なぐらいで居る方が安心だ。油断まで行くとマズいとはいえ、震えているよりマシだからな。
「良い人みたいな提案はやめたのか? 俺達のやり方に染まってきたな」
「私が本当に欲しいものは、もう見つかったからね。誰からも好かれる必要はないんだ」
穏やかな笑顔で語っている。雰囲気が柔らかいし、事実なのだろうな。とても嬉しいことだ。ミュスカが幸せになれるのなら、それが一番だからな。
いくらなんでも、メチャクチャな望みを持っているとは思えないし。いや、原作では主人公を破滅させようとしていたのだが。まあいい。ミュスカの願いを教えてくれるのなら、手伝いたいところだな。やっぱり、大切な友達なのだから。
ミュスカが本当の笑顔を見せてくれるのなら、きっと素敵なんだと思う。だから、いつか見たいものだ。
まあ、今までのミュスカの態度でも、得たものはあるのだろうが。それを全部捨てるのは、もったいない気もする。全ては本人次第ではあるにしろ。
「だからといって、人から好かれるのは便利だとは思うが。無理をしろとは言わないが」
「そうだね。レックス君の役に立つためにも、頑張るよ。じゃあ、まずは私に任せて」
そしてミュスカが魔力を動かすと、敵軍が喉を押さえたり、うずくまったり、膝をついたり、とにかく弱っていると言うか、苦しんでいる様子だった。
バタリバタリと人が倒れていき、どこか非現実的な光景にも思える。
「なんだ、これ。急に魔力が……」
「苦しい、誰か、助けて……」
「おい、目を覚ましてくれ……。俺も、死んでしまうのか……?」
そんな風にどんどんと死んでいき、最後には鎧や剣などの装備だけが残っていた。人の居た痕跡すら感じないくらいの異常な光景で、ここに来た人は奇妙な様子に首を傾げるのだろうな。
生きていた証すら残らない、とても残酷な技だ。おそらくは、全身の魔力を奪った後、敵の体すらも魔力へと変えて奪ってしまったのだろう。まともな手段では、対策なんてできないんじゃないだろうか。
「恐ろしい技だことだ。相手、なんで死んだのか分かっていないんじゃないか?」
「レックス君も慣れてきたんだね。私が殺したのに、怖がったりしないんだもん」
もと言うあたり、ミュスカも殺しを経験してきたのだろうな。まあ、この世界では当たり前のことではある。そのかしこに火種があって、どうしても逃れられない。
俺としては、悲しくもあるが。俺だって、何度も何度も殺してきたからな。ついこの前だって、俺に懸賞金をかけた敵を大勢殺したのだし。
今となっては、人が目の前で死んだくらいでは心が動いたりしない。冷たい人間になってしまったものだ。とはいえ、仲間が死ぬことだけは避けたい。そのためならば、俺は今後も殺し続けるのだろうな。俺も堕ちたものだ。
「まあ、何度も戦ってきたからな。殺すのも人が死ぬのも、慣れてきたのは事実だ」
「レックス君が殺したくないのなら、私が代わってあげてもいいよ。別に、特に何も思わないし」
笑顔で語っているが、本当に何も思わない訳がないんだ。俺だって、確かに傷ついていたのだから。そんな思いを、大切な相手にさせたくない。だから、俺が逃げ出すことはできない。
ミュスカにすべてを任せても、きっとアイボリー家に勝てるのだろう。さっきの魔法を見れば、簡単に分かる。おそらくは、ただの魔法使いでは抵抗すらできないだろうな。それでも、罪をともに背負うくらいのことはする。それが、仲間というもののはずだ。
「いや、ダメだ。表面では何も感じていなくても、心の奥で傷がつくものなんだ。俺には分かる」
「そっか。レックス君は優しいね。でも、私だって戦力になるんだからね。レックス君は一人じゃないよ」
優しく微笑みかけてくれる。今の笑顔は本物だと、心から信じられた。ミュスカはもう、俺にとって大切な仲間なんだ。きっと、これから先も揺らがないと信じたい。
「ありがとう。それにしても、ミュスカはだいぶ強くなったな。見違えたよ」
「レックス君の力になりたかったからね。ただの闇魔法使いじゃ、足りないでしょ?」
そう言いながら、胸元で拳を握っていた。あまりにも強くて、フィリスが相手ですら勝つんじゃないかと思える。だから、普通の努力ではないのだろう。とはいえ、心強いのは確かだ。
「今の俺なら、もしかして負けたりしてな」
「ふふっ、レックス君相手でも勝てる切り札を、用意していたりしてね」
冗談めかして言うが、目には確信のようなものが見えた。きっと、切り札は本当にあるのだろうな。そうなると、本当に負ける未来もあるだろう。
ただ、ミュスカは俺を敵だと考えていないはずだ。だって、切り札の存在そのものを隠しておいた方が、敵対する時には都合が良いのだから。
やっぱり、ミュスカは以前より心を開いてくれている気がする。本当に、嬉しい。
「それは怖いな。でも、お前が敵になることなんてないだろう」
「信じてくれてありがとう。これからも、レックス君のために頑張るね」
「まあ、俺以外にも友達のためにも頑張ってくれよ。なんて、疑い過ぎか」
「ふふっ、私はレックス君が一番大事だからね。だから、そのためにルースさんを手伝っているんだよ」
そう言われて、ルースのことが気になった。状況を探ってみると、順調そうだ。とりあえず、一安心ではあるな。
「今のところは、ルース達も無事みたいだな。さっさとアイボリー家の当主を打ち破るとするか」
「そうだね。私たちが手伝えば、もっと早く終わるはずだからね。急ごう、レックス君」
「ああ。俺達の手で、ルースの未来を紡ぐんだ。そうして、また平和な時間を過ごそう」
「お茶会とかだよね。ふふっ、楽しみ。レックス君には、手作りのお菓子を用意してあげるね」
ミュスカと穏やかな時間を過ごす未来は、とても良い時間になると思えた。だからこそ、アイボリー家の当主、ユミルには倒れてもらう。
俺の日常を取り戻すために、死んでもらうとしよう。恨んでくれても良いが、結果は変わらないだろうな。




