350話 立場の狭間で
ルースの計画によって、俺とルースは王宮に向かうことになった。とりあえず馬車で移動しているが、本命は俺の転移だ。
ということで、転移を使うべきタイミングを探っていた。まあ、人に見られないのが重要なのだろう。だから、周辺の様子を魔力を通して探っていた。すると、だんだん人が遠ざかっていく。
「さて、周囲に人の気配はないな。じゃあ、転移するか」
「そうね。さあ、相手はどう動くかしらね」
ルースは楽しそうな笑みを浮かべていた。恐らくは、罠にかかる相手のことを想像していたのだろうな。
王宮に転移といっても、人に見られては意味がない。だから、いつものようにミーアの私室に移動した。最低限、魔法で連絡はしたが。すると、リーナもそろっており、笑顔で出迎えられた。
完全に準備万端で、急に転移したとは思えない。やはり、事前にルースとミーアの間で話が通っていたのだろうな。
「久しぶりね、レックス君、ルースちゃん!」
「まったく、忙しい時に来たものですね。でも、歓迎しますよ」
相変わらず、ミーアは明るい笑顔で、リーナは少し皮肉っぽい顔をしている。ただ、受け入れてくれているのは感じる。ミーアは当然のこととして、リーナも口の端がつり上がっているからな。
王女として活動していても、ずっと友達でいてくれる。やはり、得難い存在だと思えるな。
「ああ、ありがとう。ミーアもリーナも、元気そうで何よりだ」
「まずは、できるだけ早く大事な話を済ませましてよ。旧交を温める時間は、無いかもしれないわ」
実際、ホワイト家で反逆やら襲撃やらがおこなわれる可能性はあるからな。そう考えると、ゆっくり話ができないのは当然だ。悲しいことではあるが。
いつか、またみんなでお茶会がしたいものだ。友達とゆっくり過ごす時間は、他の何にも代えがたいからな。まあ、難しくはあるのだろうが。
「報告は受けているわ! 表立っては応援できないけれど、頑張ってね!」
「友達の勢力が拡大すれば、王家としても助かりますからね。ぜひ、私達の立場を盤石にする手伝いをしてください」
実際、ミーアやリーナには立場があるからな。個人の感情だけで動けないのは、妥当なところだ。俺も同じではあるのだが、程度は違うからな。王族よりは自由なのは間違いない。
ふたりとも柔らかい顔をしているから、相手も友情を感じてくれているのだろうが。だが、表では俺を悪く言う場面もあるのかもな。まあ、仕方ない。それが王族というものだ。
「ああ。俺としても、ミーア達が王になった方が都合が良いからな。それに、信頼できる相手だからな」
「お互いに協力して、互いの権力を高める。そのためにも、手を貸していただきますわよ」
「ふふっ、表立っては応援できないって言ったじゃない。でも、気持ちは分かったわ」
「まあ、私達にも立場がありますからね。あまり、特定の個人には肩入れはできないです」
ただ、裏で手を回してくれる部分はあるのだろうな。魔法での通話もあるし、情報を横流しくらいはしてくれる気がする。表では俺の敵に微笑んでいても、裏でこっちに誰が敵かを教えてくれたりとかな。
色々な顔を使いこなしてこそ、貴族であり王であるのだろう。その頂点がしっかりしているのは、心強いところだ。だからこそ、信じられる。
変に感情を優先しすぎるのなら、王としてはダメだからな。国を良くするためにも、バランスを取るのは大事に決まっている。
「王族なら、当然のことだろうな。むしろ、友達ばかり優先するなら心配になるぞ」
「レックスさんは、王には向いていなさそうよね。冷徹な判断なんて、できないでしょう」
「もしレックス君が王になったら、私達が支えるわ! なんてね。反逆の予定でも、あったりするの?」
「本当に肯定されたらどうするんですか……。私達は、外にも内にも敵を抱えているんですよ」
実際、俺が王になったら失敗しそうだ。どうしても、親しい人を優先してしまうだろうからな。表に出すレベルで。だから、良い王とは言えないだろう。ミーアやリーナの方が、よほど良い王になるだろうな。王族として教育を受けているのだし、当たり前か。
まあ、だからといって敵はいくらでも湧いてくるのだろうな。王国内の敵対派閥も、敵国も。王というのは、やりたくない仕事の筆頭だな。だからこそ、責任を果たしている王女姉妹は尊敬できる。やはり、友人としても王家としても大事にしたい存在だ。
「みんな、同じようなものなんだな。俺もルースも、似たような状況だよ」
「アイボリー家を倒した後の始末は、任せてね! その代わり、私達の敵は、あなた達に任せるわ!」
察するに、アイボリー家に罪をなすりつけたりしてくれるのだろう。別の形であったとしても、俺達に大義を与えてくれるのだろうな。本当に、感謝しないとな。ミーアやリーナがいなければ、今の俺達はもっと苦しんでいただろうから。
フェリシアのヴァイオレット家も、ラナのインディゴ家も、色々あったからな。それに、俺に懸賞金をかけた相手も。力を使うだけで済んだのは、ミーアとリーナのおかげだ。
「裏ばかり考えないといけない相手は、多いですからね。レックスさん相手なら、あまり考えなくて済みます」
「あたくしには裏があるとでも? なんて、無いはずがないのだけれど」
まあ、色々と策を考えているのは分かる。ミーアやリーナにも、何かしら企んでいる部分はあるのだろうな。おそらく、自分の権力を拡大するための手段なのだろうが。
だからといって、ミーアやリーナへの友情だって本物なのは間違いない。貴族というのは、まったくもって大変なものだ。現代日本の友達関係とは、何もかもが違う。
「だからこそ、私達の友達になれるのよ。レックス君に足りないものを、持っているんだから」
「レックスさんだって、私達に足りないものを持っていますけれどね。特に、人を信じるということは」
「同感ね。スミアのことだって、レックスさんはずっと信じていた」
そう言うということは、ルースはスミアを疑っているのだろうな。悲しくはあるが、まあ一朝一夕で信じる方がおかしいのも確かだ。ただ、俺はスミアを最後まで信じたい。少なくとも、俺だけは。
友達だって、ずっと信じ続けるつもりだ。そうじゃなければ、俺は俺でなくなってしまう。
「ああ、聞いているわよ。お互い、大変よね」
「信じられる相手を探すだけでも、一苦労ですからね。誰も彼もが、私達に欲望を抱えている」
「俺だって、お前達に欲望を抱えていないと言えば、嘘になるが」
ミーアやリーナの協力を求めていたのは、事実ではあるのだし。王族として、優秀な魔法使いとして。だから、打算だってあった。今は、ミーアやリーナに、もちろん他の仲間にも、大変なことをさせたくないという思いの方が強いのだが。
正直、打算で近づいたのを後悔しているくらいには、みんなは大切な存在になった。だから、これからもみんなとの関係は大事にしたいところだよな。
「程度が違っていてよ。レックスさんの欲求は、可愛らしいものなのよ」
「そうね! だから、レックス君のことはずっと離さないわ!」
「まったくもう、姉さんは。気持ちは分かるとしか、言えないのですけれど」
明るい笑顔で言うミーアも、ため息を付きながら語るリーナも、それぞれに友情を持ってくれている。だからこそ、みんなで幸せな未来がつかめるように、もっと努力を続けないとな。
まずは、カールとアイボリー家を打ち破る。おそらくは起こる、ルースへの敵対を打ち破る。進むべき道が見えていて、とても落ち着いた気持ちだった。




