346話 大きな一手
カールには、アイボリー家とのつながりがあるのだろう。推測すると、カールにホワイト家の当主の座を約束しているのだと思う。だが、両家の関係を考えれば、ほぼ間違いなく空手形だろうな。少なくとも俺なら、カールを取引先として信用したりしない。
ということで、今後はカールとアイボリー家の関係も注視する必要があるのだろうな。まあ、俺が積極的に動くべきでもないのだが。今のところは、ルースの決めた方針に従うのが良いだろう。とにかく、指揮系統は1本化するべきだよな。
個人が好き勝手していては、どうしても邪魔し合うことになってしまう。だから、ルースの意思を確認した上で、何かを実行するべきなんだ。
ということで、今日もいつものように会議をしている。ここでルースの決めたことに、俺も従う。ルースは、俺達全員を見回して話をしていく。スミアは元気いっぱいに、ミュスカは明るい笑顔で、ハンナは神妙に聞いているな。
「さて、今後の対応に向けて、もう少し話を詰めていきましてよ。そろそろ、大きな動きがある予定ですもの」
ルースは淡々と語っている。まあ、兆候は見えているよな。こちらの側も、相手の側も。お互い、本気でぶつかり合う状況を望んでいるように見える。
とりあえず、真正面からぶつかれば、まず俺達が勝つ。だから気をつけるべきことは、大義や搦め手といった部分だろうな。つまり、アイボリー家の悪評を流しているのは有効な手だと思う。後は、こちらの正当性を高められたらもっと良い。
「うん、頑張るよ。ルースさんのためにも、もちろんレックス君のためにもね」
「同感であります。周辺の動きを見る限りでは、そう遠くはないでしょうね」
「私も頑張っちゃいます! しっかりと、とどめを刺しますよー!」
みんなやる気みたいだ。だとすると、みんなも流れを感じ取っているのだろうな。どう考えても、敵と戦う未来は見えている。だから、心構えをしておくべきだろう。
ルースは、下手したらかなり残酷な手を取りかねない。それを避けるためにも、きれいに勝っておきたいところだ。追い詰められたら、危険だろうからな。まずは、どうするのかを確認しておくか。
「だったら、事が起こった時の対処も必要だよな。誰が何に対応するんだ?」
「おおよそは、あたくしとスミア、ハンナさんがホワイト家を、レックスさんとミュスカさんがアイボリー家を担当していただきたいですわね」
なるほどな。ということは、アイボリー家に対しては、ある程度手心を加えられるかもしれない。流石に、当主であるユミルは殺すべきだとはいえ。関係者を皆殺しという未来は、避けられそうだ。
ただ、カールの味方は終わったようなものだろうな。ルースが許すとは思えない。まあ、カールの味方をする時点で、ホワイト家に対して良くない考えを抱いていそうではあるが。難しい判断だよな。甘すぎては舐められるし、厳しすぎても人はついてこない。
まあ、ルースだって優しい人ではある。周囲に味方がいなくて、余裕がなくなっているだけだろう。だから、スミアに期待したいところだな。そこから、本来のルースを取り戻せるかもしれない。
「なるほどな。内と外で分担するのか。なら、妥当な人選だろうな」
「転移があるから、レックス君の役割は決まったようなものだからね。ルースさんも、立場を考えれば自然に決まるし」
ホワイト家の問題に対してルースが出張らなかったら、まあ問題視されるだろうからな。俺の転移も合わせて、ふたりは固定だろう。なら、残りは不足を埋める形にするのが妥当だ。
そういう観点で言うと、ルースがハンナやスミアを採用するのは納得だ。外部からの権威や、力押しではない手段を用意できるのだから。ミュスカは、好感度を利用するのならば、後ろ暗い側面をホワイト家の人間に見せない方が良い。
総合的に考えて、かなり練られた人選だと思える。俺だって、似たような判断をするだろうな。やはり、ルースは優秀だ。
「わたくしめとミュスカ殿は、比較的自由ではありますが。まあ、連携を考えれば、相性は今の組み合わせでしょうな」
「私は裏で頑張っちゃいます! 弱いので、真正面から戦うのは難しいですね!」
そういえば、スミアはどの程度の魔法使いなのだろうか。知らないな。まあ、手の内を隠している相手に聞くのはな。知られたくないことは、知る人が少ない方が良い。だから、ルースだってカールとアイボリー家の繋がりについて、ハッキリと言葉にしないのだろう。
まあ、スミアが戦えないとしても、どうとでもなる戦力はある。そもそも、ルースひとりでも、よほどの相手がいない限り問題ないだろう。
「まあ、手数が必要な場合を除いて、俺達4人もいれば戦力は十分だからな。無理はしなくて良い」
「そうだね。私達みんな、一騎当千だからね。大抵の相手には負けないよ。レックス君もいるんだからね」
スミアは勢いよく頷いている。やはり、不安な部分もあるのだろう。そうでないとしても、強い味方が居るのは心強いからな。しっかりと、スミアの役割を果たしてもらいたい。
みんなが得意なことをそれぞれ実行するのが、一番いい。そう思うからな。
「よく意図を理解してもらえて、ありがたいわ。全部を説明は、難しいもの」
「まあ、誰が聞き耳を立てているか分かったものじゃないからな。言えないのは納得できる」
「レックス様の魔法があれば、盗聴は防げるんじゃないですか? 私なら、そうしちゃいます!」
情報を集めることを担当していて、俺の考えが分からないわけ無いだろうに。数人で集まっているのに、何も聞こえない。そんな状況をおかしいと思うのは当たり前だ。だからこそ、ある程度は聞かれる意識を持って活動するのが大事なんだよな。
スミアなら、同じ状況なら絶対に怪しむだろうに。まったく、困った子だよな。
「分かっていて聞いてくるんだな。何も聞こえなければ、それはそれで怪しまれるだけだろうに」
「あはは、バレちゃいました! 流石はレックス様ですね!」
「スミアさんって、レックス君にはちょっと態度が違うよね。気を許しているのかな?」
「まったく、レックスさんという人は……。結局、スミアにまで手を出そうとするんだから……」
俺にだけ態度が違うのなら、それは何らかの感情があるのだろうが。だからといって、言われ方がひどいと思う。いや、同じような流れを繰り返しているから、実際に失敗している部分はあるのだろうが。
「ひどい誤解を受けていないか? スミアのことを口説いた記憶はないぞ」
「一緒に同じ未来を迎えようって言ったじゃないですか! ひどいです!」
「ああ、そう言ってしまわれましたか……。でしたら、かばえないですね……」
ハンナに言われてしまったら、もうおしまいだ。というか、スミアのセリフだけ聞いていたら、プロポーズなんだよな。流石に、文脈としては別の意味のはずだ。だが、脇の甘さは事実なのだろう。気をつけるべきことなのだろうな。
「レックス君は、好意を示すことを軽んじ過ぎなんだよ。私達みたいな歪んだ人は、慣れていないんだから」
「歪んでいると言われるのは、少し思うところもあるけれど。否定はできなくってよ」
ミュスカが自分を歪んでいると言うのは、とても重い。ずっと、きれいな一面だけを見せ続けようとしていた人なのだから。やはり、信頼されているのを感じる。
とはいえ、みんな歪みを抱えているのは、確かに事実としてあるのだろう。どうも、みんな周囲に恵まれていないからな。
だが、だからこそ、俺はみんなの味方でいたい。そう思うのは、間違っていないと信じたいところだ。
「そうですよ! 責任を取って、ちゃんと最後まで一緒にいてくださいね!」
弾けるような笑顔で語るスミアを見ながら、スミアの願いを叶えるためにも、まずはルースと一緒に勝つという決意を固めていた。




