345話 お互いの成長を
ルースの戦略として、アイボリー家の悪い噂を流すことにした。単純なことだが、大事なことだよな。民衆に嫌われるように誘導できれば、相手は大きく損をする。敵と分かっている相手になら、積極的にやっていくべきことだろう。
現代人としては、ちょっと思うところもある。とはいえ、そういうところで手を抜いてルースが危険になるくらいなら、どんどんやってくれていい。というか、ルースの命にも関わる戦術なのだから、多少嫌という程度で止めるべきではない。
俺は、あくまでルースの味方だ。友人として支えると決めたのだから、限界まで寄り添うだけだ。きっと、ルースはあまり人を信じられていないのだろうから。
噂を流した成果は、ある程度出ているようだ。ホワイト家の中でも、噂に影響されている人の存在を確認できている。
「アイボリー家、ホワイト家を襲おうとしているんですって……」
そんな会話が、ところどころで聞こえてくる。見つからないようにして聞いていると、話が進んでいく様子だ。
「ルース様が小娘だって、バカにしているんだとか」
「同じ小娘のミーア様だって、許せないなんて言っているって聞きますよ」
ルース達の狙ったとおりに、噂が広まっているようだ。多少内容が変わっているとはいえ。まあ、噂というのは流動的なものだからな。致命的でない形でなら、変化している方が適切に流せている証なのだろう。
あるいは、完全に噂の内容を制御できるような化け物も居るのかもしれないが。そんな相手に情報戦を仕掛けられたら、俺は負けるだろうな。というか、敵になることを想像したくない。
まあ、最終的には力で押し切るのも選択肢のひとつだ。積極的に取りたい手ではないが、それでも頭の片隅においておくべきだろう。俺の強みは、単純な戦力としての強さなのだから。それを捨てるのは、愚かなだけだ。
そんな感じで様子を見ていると、カールがやってくるのが見えた。すぐに、嫌味ったらしい事を言う。
「くだらないことを言っていないで、少しは僕の役に立ったらどうなんだ?」
「はい、カール様! どんなご用件でしょうか?」
すぐさま、噂話をしていた者たちはカールに媚びを売る。だが、カールから見えないところで、顔を歪めている人も居る。まあ、嫌われて当然の存在だからな。
「せっかく楽しく話していたのに、もう……」
「なにか言ったか?」
「いえ、なにも……」
そんな感じで、カールは完全に面倒な存在として扱われているようだ。どこに行っても、カールは嫌われているな。まあ、好きになる要素を探す方が難しいようなやつだからな。仕方のないことだ。
俺のやるべきことは、反面教師にすることでもあるのだろうな。ちゃんと他者に好かれるように、しっかりと配慮をする。友人以外だとしてもだ。できることならば、嫌ってくる相手でも。アストラ学園に通っていた頃は、できなかったことではあるが。これからだって、できるか怪しい。
とはいえ、ブラック家の当主として、好感度を稼ぐのは必要なことだ。そうしなかったらどうなるか、カールが教えてくれている。だから、しっかりやらないとな。
そして、また別の機会。カールは妙な言葉を残していた。ルースといる時に、聞くことになる。
「まったく、誰だよ。アイボリー家の悪口を流したやつは。僕の手で、処刑してあげないといけないかな」
そんなことを、俺とルースの前で言っていた。黒幕が俺達だと、気づいているのかどうなのか。顔を見る感じでは、犯人をとがめる様子ではないが。カールのことだから、俺達を疑っていたら、絶対に犯人扱いしてくる。だから、知られてはいないのだろうな。
とりあえず、気になることができた。少し、つついてみるか。
「どうして、敵対する貴族の悪口が困るんだろうな。何を考えているのか、聞いてみたいところだ」
「うるさい! 僕に口答えするのなら、お前も後悔するぞ!」
「レックスさんの足元にも及ばない実力で、よく吠えたものね。それとも、あたくしが痛い目を見せてあげようかしら?」
「女ごときに、何が……ひっ!」
ルースが魔力を開放すると、それだけで腰を抜かす。そのまま、カールは足を乱しながら去っていった。前も見たような気がする光景だな。
「あの程度の魔力で恐れるなんて、ずいぶんと弱いんだな。姉弟とは思えないくらいだ」
「レックスさんの兄弟は、みな優秀なのだとか。羨ましいことだわ」
まあ、兄以外は優秀だし信頼もできる。そういう意味では、とても恵まれていると言えるよな。カールの存在を見ていると、余計に実感する。俺も、もっと家族を大切にしないとな。素直にそう思えた。
カミラはまっすぐな努力家だし、ジャンは俺の望みを形にしてくれるし、メアリは明るくて元気をくれるし、とにかく支えられているのを感じる。ルースには、そんな相手は居ないんだよな。そう思うと、切なさもある。
「ああ。俺の自慢だよ。姉さんもジャンもメアリも、とても尊敬できると言えば良いのか」
「まったく、どうしてあたくしの血族は誰も彼も……」
ルースは顔を手で覆っている。やはり、抱えている感情はあったのだろうな。父を殺して、弟は見るに耐えない。母に関しては、言及すらされない。恐らく、誰も信用できないのだろうな。まあ、カールを信じていると言われれば、逆に心配になるのだが。
「どう考えても、アイボリー家に懐柔されているよな。簡単な未来も見えないんだろうか」
「今のところは、好きにさせてあげましてよ。どうせ、大したことはできないのだから」
なるほどな。ルースの狙いが、見えてきた気がする。邪魔者を、一気に排除するつもりなのだろう。カールとアイボリー家が手を組んでいるのなら、両方とも潰す理由になるからな。なら、放っておくのもひとつの手か。
「それに、監視もしているものな? 変なことをしていれば、すぐに分かるんだろ?」
「ええ、もちろん。スミアもあたくしも、敵に甘さを見せたりしなくてよ」
「なら、いいが。カールはどう考えても嫌われているから、消去法ならルース以外いないよな。逆に、それ以上に慕われているように見えないのも残念なところだが」
「はっきりと言うものね。レックスさんらしくもない。いえ、目をそらしていても、仕方ないものね……」
少しだけ、ルースはうつむく。今日は珍しく、弱さを見せる日だよな。それを吐き出せるだけでも、少しはマシになると信じたい。結局のところ、好かれる努力をしない限り、誰にも好かれたりしないのだから。
ルースが前を向いたなら、ルースを取り巻く環境だって変わるはずだ。そう信じるしかない。俺がずっと支えることなんて、どう考えても不可能なのだから。ルースには、自分の手で乗り越えてもらうしかない。もちろん、今は支えるつもりなのだが。
だから、甘いことだけ言うわけにはいかない。ルースに現実を突きつけるのは、絶対に必要な過程だ。そう信じている。きっと、少しどころではなく傷つけているのだろうが。本当は、俺だって言いたくない。それでも、誰かが言わなくちゃいけないことだったはずだ。
「お前の味方が増えるように、力を貸したいところだが。とはいえ、策も思いつかないんだよな」
「いえ、十分よ。本来は、あたくしの手で実現すべきことでしてよ。まあ、ミュスカさんの手は借りているのだけれど」
「今の状況なら、ミュスカに頼るのが最善か。お互い、狭い関係しか築けていないよな。悲しいことだ」
「レックスさんも、似たようなものなのね……。なら、あたくしが勝ってみせるわ。それでこそ、ルース・ベストラ・ホワイトなのよ」
不敵に笑う姿を見て、少し安心できた。やはり、ルースは強い人だよな。とはいえ、弱さも抱えている。だから、これからも支えていきたい。バランスを見つつ、でも確かに味方として。
「俺も負けていられないな。お互い、頑張ろうな」
俺がちゃんとできなくては、言葉に説得力などないのだから。それに、ルースの友達にふさわしい俺でもいたいからな。もっと、努力を続けていこう。ルースがひとりで立つ時には、俺も相応の成長をしているように。




