343話 裏切りに対しては
ルースによると、カールかアイボリー家か、そのどちらかがそろそろ動きそうだという。とりあえず、俺としては備えをしておきたいところだ。
まあ、俺にできることは戦いくらいのものだから、事前にやる準備といえば訓練程度なのだが。みんなが忙しなく動いているのを見ると、申し訳無さもある。とはいえ、余計なお世話という言葉もある。ルースの指示がないのなら、妙なことはしない方が良いだろう。
そんな事を考えていると、ルースとスミアが俺のところにやってきた。そして、俺とルースの部屋で話し合いをしていく。
ルースは堂々とした表情で、スミアは明るい笑顔だな。その辺も、いつも通りと言える。さて、どんな話なのやら。
「さて、敵の動きを誘発するためにも、ここで次の一手を打ちましてよ」
まあ、こちらで敵の動きをコントロールできる方がありがたいよな。完全に手のひらの上というのは難しいにしても、ある程度誘導することで読みやすくするのは大事なことだ。
カールにしても、何かしらの裏があるのだろうからな。いくら本人が愚かでも、それを利用する存在は居るのだから。ホワイト家をむさぼろうと思うのなら、カールに手を出すのは基本だろう。ルースは良くも悪くもまっすぐに進むタイプだからな。
とりあえずは、ルースが何をするのかを知りたいところだ。その一手によって、俺のやるべきことも変わってくるだろう。
「どんなことをするんだ? 俺も手伝えることか?」
「すでに手伝いは終わっていてよ。スミア、用意は良いわね?」
ということは、侵食した闇の魔力を使ったということなのだろう。何かの罠を使った可能性が高いな。こういう形で役に立てるのなら、今後もルースの力になれるということだ。良い魔法を生み出せたと思う。提案してくれたミーアには、強く感謝したいな。
しかし、恐ろしい話だ。道具を用意してすぐに、もう活用している。ルースは、手札が増えれば増えるほど強いタイプなんだろうな。どうにも、頭の回転が早そうだ。
「もちろんです! ルース様の指示通りに、証拠を集めてきちゃいました!」
「いったい、どんな証拠を集めたんだ? 悪事というか敵対なのは、まあ分かるが」
「集められたのも、レックスさんのおかげでしてよ。闇魔法の通話を応用して、ホワイト家の中を監視していたのよ」
それは、中々に怖い手段だな。ホワイト家の中にいる限り、ルースの目からは逃れられない。情報を集める手段を隠しておきさえすれば、かなりの恐怖が蔓延するだろうな。何をしても気づかれるというような。
やり方次第では、ものすごい恐怖政治を実行できそうではある。まあ、ルースだって味方には甘いからな。そこまで厳しくはならないと思うが。やりすぎると、反発も怖いし。
「ああ、それで妙な計画をしている奴らを割り出せたと。秘密の会話をしていても、気づけるものな」
「ええ。ですから、誰かひとりを吊し上げて、処刑して差し上げようかと。スミア、分かっているわね?」
「もちろんです! いつでも捕まえられますし、殺せますよ! 準備はバッチリです!」
処刑とは物騒な話だが、まあひとりだけなら、許容範囲なのか? ここからエスカレートするのなら、絶対に止めるべきだとは思うが。正直に言って、適切なのか判断できない。
とはいえ、絶対に殺すなというのも違う。今の状況でカールの味方でいるのなら、ルースの命を軽んじているという証だ。だから、釘を差すのは必要なんだよな。処刑まで必要なのかは、分からないが。
まあ、罪状を見てから判断すべきことか。とりあえずは、様子を見ておこう。
「スミアにも、転移できるようにしておくか? その方が、色々と便利じゃないか?」
「レックス様の魔力を受け取れるんですか! 光栄です! ぜひぜひ!」
妙にスミアは興奮していて、こちらの手を両手で握られた。そういうところは、愛嬌にあふれているって感じなんだがな。現実は平気で人を殺せる子ではある。恐ろしいと思う部分は、否定できない。
まあ、俺だって敵を殺しているんだから、五十歩百歩と言ったところではあるのだろうが。いくらなんでも、ただ機嫌を損ねただけで殺すような人たちではないのだし。
「今のところはレックスさんがいないと使えないから、そこまで頼れないけれどね。まあ、良くってよ」
「なら、いくぞ。スミア、よろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします! レックス様の魔力、じっくり味わっちゃいますよ!」
ということで、スミアに魔力を侵食させていく。さて、どう活用されるだろうな。少し、ルースの発送を楽しみにしている部分もある。勉強になる所も多いからな。
「とりあえず、俺がいる間はスミアも転移できる。ルース、うまく使ってくれ」
「ええ。存分に、使い倒して差し上げてよ。自分から言いだしたことを、後悔するくらいにはね」
「怖い怖い。なら、まずは捕らえるために使うか?」
「いえ、まだ手札は隠しておきましょう! 今なら、大した手間でもなく捕まえられるので!」
なるほどな。俺が転移を使えるという情報は、ある程度は知っている人も居る。とはいえ、できれば広まらない方が良いからな。手札を隠すのは、大事なことだ。
「じゃあ任せた。後は、見ておくだけだな」
そのままスミアは動き出し、ルースも人を集めていた。そして、スミアの手によって拘束された人間が、大勢の前につれてこられる。捕まった相手は、ルースを睨んでいる様子だな。
「ルース様! どうしてこのような無体な真似を!」
「良いものを見せてあげてよ。さ、スミア」
ルースはそう言って、スミアは書類と汚れた剣を取り出した。そのまま、犯人の周囲を回りながら問い詰めていく。
「おっかしいですねー? どうして、ルース様の用意した武器が、盗賊に流れているんですか?」
「そ、それは……」
言葉に詰まったのか。なら、擁護はできないな。いくらなんでも、盗賊に武器を横流しするのは限度を超えている。処刑されるとしても、納得のいく罪だ。
「あたくしのしもべに、つまらない自己利益を求めるものは必要なくてよ。スミア、やりなさい」
「では、さようならですね! 言い残すことは、ありますか?」
「これからは心を入れ替えて、尽くし……」
スミアはすっと近寄って、犯人の眉間にナイフを突き刺していた。そして、犯人は言葉の途中で息絶えた。末期の言葉も言えないのはかわいそうなことだが、ルースの姿勢を示す意味では役立ったのかもしれない。今のレベルの背信は殺す。言い訳も聞かずに。大事なことだよな。残酷ではあるのだが。
「最後まで聞くなんて、約束していませんよ! つまらない話で、ルース様やレックス様の耳を汚せませんから!」
「もしかしたら、俺も……」
「あんな平気で人を殺すなんて……」
集められた人たちには、ルースを怯えたような目で見ている人も居た。中には、後ろ暗いことをしている人も居るだろう。もちろん、目の前で人が死ぬのが恐ろしいだけの人だっているだろうが。
とりあえず、今後の動きには注意していきたいところだな。カールにしろ、アイボリー家にしろ。
「さて、皆さん。これで、あたくしの方針はよく理解したわよね? 裏切り者は、この世にいる資格はない。そう、心に刻みこむことね」
冷たい目で宣言するルースに、大勢が息を呑んでいるように見えた。さて、ルースへの反発心が広がりすぎないと良いのだが。そんな心配をしている俺もいた。




