342話 ミュスカ・ステラ・アッシュの誘惑
私は、ルースさんに頼まれて、ホワイト家の人達から情報を集めていたよ。とりあえず、順調に進めていると言えたかな。レックス君は私を心配してくれたり感心してくれたりしていて、ちょうど良かったよね。
この調子で、レックス君にはもっと私を好きになってほしいよ。いつか裏切るとしても、溺れさせるとしても、私を魅力的に感じていることが前提なんだから。
そんなレックス君は、ずっとルースさんに協力しているみたい。とても真剣で、ちょっと嫉妬しちゃうかな。なんてね。
今も、何かをやっているみたいだね。レックス君の魔力が動いているのは、すぐに分かったよ。
「そこら中から、レックス君の魔力を感じるね。ルースさんが、レックス君に頼んだのかな?」
レックス君の魔力は、物体に侵食させられる。それを利用して、ホワイト家の全体に魔力を侵食させたみたい。つまり、レックス君の魔力を操作できる人は、ホワイト家を好きにできるってことだよ。もちろん、ルースさんも。
つまり、ホワイト家は実質的にルースさんの監視下にあるし、支配下にもあることになったね。ルースさんの機嫌次第で、誰もが死ぬ。そんなことになっているんだよ。少し、面白いよね。レックス君らしくないから、ルースさんの発想なんだろうな。
それにしても、ホワイト家にいる限りは、レックス君の魔力に囲まれることになるんだよね。別に構わないけれど。
「レックス君の魔力は、心地いいよね。彼の優しさが伝わってくる感じがするよ」
闇魔法使いにしては、珍しいよね。やっぱり、悪人が多いからね。どういう理由なのかは、察しが付くけれど。邪神に選ばれるんだから、悪人の素質が必要なんだろうな。
だからこそ、優しい態度を取る私は特別扱いされた。レックス君も、同じだった。闇魔法使いの優しさは、とっても価値があるんだよ。
「私も、レックス君に優しくしてあげないとね。まずは、魅了しないと話にならないんだから」
レックス君に好きになってもらえば、私の勝ち。それが、私の全てなんだから。胸に手を当てて決意を固めていると、急に声が聞こえたよ。
(ねえ、私。レックス君に好きになってもらいたいのは、彼が嫌いだからなの?)
私の頭に語りかけてくるような声。私がいつも聞いている声。そんな声が、なにか質問をしてきたよ。一体何者なのか、分からない。だから、まずは問いかけることにしたんだ。
「誰? どうして私に話しかけてくるの? なんで私の声なの?」
(私は私だよ。ミュスカ・ステラ・アッシュ。レックス君を想う、ひとりの女の子なんだ)
レックス君のことは大事だよ。いつか私を好きになってもらう相手として。私の復讐を果たす相手として。でも、ただの女の子として好きになった記憶はないよ。あくまで、レックス君に勝つための手段として恋の演技をしているつもり。
だから、私の答えは決まっていたんだ。
「レックス君のことは、大好きで居るつもりだよ。そうじゃなきゃ、何もできないんだから」
(違うよ、私。私はね、レックス君のことが本当に大好きなんだ。恋してるんだよ。愛してるんだよ。目をそらさないで)
まっすぐな声が、私に届いた。まるで本当に、私がレックス君に恋をしているみたいに。確かに、レックス君のことをずっと考えているのは事実だよ。でも、私が恋なんてする訳ないじゃん。私が誰かに溺れるなんて、そんな愚かなこと。
私は、誰かを溺れさせる人なんだ。レックス君を魅了する人なんだ。そうじゃなきゃ、一生レックス君には勝てないんだから。
だから、きっぱりと告げてあげたよ。私を名乗る、怪しい誰かに。
「私は、レックス君に認められたい。それは確かだよ。誰かは知らないけど、私の心に踏み込まないで」
(違うよ。本当に、私はあなた。あなたは私。そう生まれたんだから。悪い私を受け入れてくれる存在こそが、私の望みだったでしょ?)
反射的に否定しようとして、言葉が止まったよ。私の心に、トゲとして刺さったような気がしたんだ。きっと図星ってこと。とても認めたくないけれど。でも、現実を否定しても何も始まらない。これまでの人生で思い知ってきたこと。
私はあくまで闇魔法使い。その因果からは逃れられない。誰かからの嫌悪感は、常に付きまとう。だから、私は好かれるために仮面を被った。それは否定のできない事実だったから。
「それは……。本当の私を認められたいとは、何度も考えたけれど……」
(レックス君はね、私の本性を知ったうえで受け入れてくれるんだ。私が何者であろうともね)
確かに、レックス君は私の本性を知っていると思う。ずっと、私を疑っていたから。最近は、信頼を感じるけれど。それに何より、私を見捨てても良い局面で、全力で私のために駆け回ってくれたんだ。
あれは、邪神の眷属に殺されそうになった時。よく考えれば、おかしいよね。闇魔法使いの体を乗っ取りたいのが邪神なのに、どうして眷属は私を殺そうとしたんだろう。もしかして、本当は別の目的が合ったとか?
まあ、いま考えても分かりっこないか。もっと大事なのは、どこかの誰かの声に答えることだよ。
「確かに……。最初は疑っていた私を、命がけで助けてくれた。ずっと信じてくれた」
(うん、それで良いんだよ。本当の私を受け入れよう? そして、レックス君とひとつになろう。闇と溶け合おうよ)
私の心に侵食してくるかのように、声が染み渡ってきたんだ。レックス君と溶け合うのは、とっても魅力的だって思えたよ。私を求めてくれて、想いを伝えてくれる。想像するだけで、心が満たされるような気がしたんだ。
もしかしたら、声の言うように、私はレックス君が好きなのかもしれない。いや、好きなんだ。だって、ずっとレックス君のことを思い描いているんだから。私の頭は、レックス君でいっぱいだったんだから。
「そっか、ひとつに……。うん、私はレックス君と結ばれたい。演技なんかじゃなく、本当に。そうだよね、私?」
(本当の私に気づいたら、本当の力にも気づけるよ。自分の中に、問いかけてみて?)
そう言われて、私の全身に集中していく。そうすると、包みこまれるような暖かさと、焼かれそうな熱量と、そっと触れるような冷たさと、凍えさせるような冷気を感じたよ。
矛盾するような感覚だけど、私と魔力が溶け合うような感覚がして、その後に魔力が湧き上がってきた。今なら、レックス君にも勝てるかもしれないって思えるくらいに。
「確かに、魔力が満たされていくかも……。これなら、レックス君とだって……」
(ね、私。レックス君の力になって、もっと好きになってもらおうよ。闇魔法は、そのためのものなんだから)
そうだよね。レックス君と戦うよりも、レックス君に私を頼ってほしい。そして、もっとずっと好きになってほしいな。私がレックス君のことを考えるくらいに、レックス君のことを私でいっぱいにしたかったよ。
レックス君とキスしたら、きっと胸が熱くなる。結ばれたら、どんな瞬間よりも心が燃え上がるよ。そのために、私はもっと強くなるんだ。いや、そんな事を考えなくてもいい。闇魔法は、私が願う限りどこまでも強くなる。そんな感覚があったんだ。
だから、レックス君に私の力をあげる。私を使ってもらって、私をずっと感じてもらうために。
「うん、そうだね。レックス君には、私に恋してほしい。ずっと、頼りにしてほしい。分かったよ。本当の私が」
(そうだよ。レックス君は、本当の私を好きになってくれるはずだから。そうだよね、レックス君?)
問いかけるような声は、私にも切なさを感じさせるくらいだった。レックス君に対する想いで、私は満たされている。そう感じたよ。
私達は、レックス君とひとつになるよ。ううん。闇魔法がある限り、私とレックス君はひとつなんだ。
待っていてね、レックス君。私の全部をあげるから、あなたの全部をください。そうして、ふたりはひとつになるんだよ。




