341話 意図を隠して
カールに関しては、もう誰もが嫌いになっていると思う。何かしら、裏切りを企んでいる様子ではあるが。仮にカールの計画を支持するものが居るとすれば、おそらくはカールを排除する段取りも済んでいると思う。味方になったとしても、邪魔としか思えないからな。
おそらくは、カールには味方がいるのだろう。といっても、カールを手駒として利用するだけの誰かだろうが。どう考えても、カールひとりでは反乱なんて起こせない。そこを補う存在がいなければ、成立しないだろうな。
疑わしい候補は、何人か居る。とはいえ、ルースも分かっていることだろうからな。口に出さないということは、相応の理由があるのだろう。俺も触れないのが、協力者として正しい姿勢だろう。
ルースは細かい意図を説明せずに、やってほしいことだけを言う。裏切り者について、常に警戒しているのだろうな。いずれは、本心を話してほしい気もするが。まあ、先の話だ。今は、カールやアイボリー家を打ち破ることを考えないとな。
とりあえず、俺にできることは戦いの準備をすることだけ。そう考えて訓練をしていると、ルースがやってきた。そして、俺に笑いかけながら話しかけてくる。
「さて、せっかくですから、あたくしがホワイト家を案内して差し上げましょうか」
淑女じみた笑顔で、そんな事を言う。順序が逆じゃないかという気もする。俺はルースに、ホワイト家のどこに行っても良いと言われていた。普通なら、家の全体を紹介してからじゃないだろうか。
まあ、忘れていたという顔ではない。察するに、何かしらの意図があるのだろう。おそらくは、カールに警戒しているんじゃないだろうか。警戒というか、誘導か? まあ、なんでも良い。今は、ルースの誘導に乗っておくか。
「もう自由に歩けるのに、必要なのか?」
「レックスさんだけでは怪しまれることも、あたくしがいれば怪しまれないのよ」
俺がひとりでやっていると、怪しまれること。まあ、家の中を明らかにジロジロと見ていたらおかしいよな。逆に、ルースと一緒なら、どれほど見ていてもおかしくはない。
そして、家の中を観察しないとできないこと。なるほどな。思いついた。
「ああ、そういうことか。ホワイト家の中にも、俺の魔力を侵食させるんだな?」
「物わかりが良くって、助かってよ。さあ、あたくしが家について解説して差し上げましょう」
楽しげな笑顔を浮かべながら、ルースは俺の手を引いてホワイト家の各所を案内してくれる。解説を交えながら、ゆっくりと。
「ここは執務室ね。有事の際には、ここを防衛拠点とするわ」
「なら、防備に優れていた方がいい場所だな。分かった」
つまり、防衛しやすい類の罠を仕掛けろということなのだろう。ということで、防御魔法で部屋を包めるようにしたり、入れる場所にトゲや炎なんかの仕掛けもしておいた。
ルースは俺の様子を見ながら頷き、更に言葉を続けていく。
「あたくしの立場なら、どうやって攻めるかも考えるわね」
つまり、カールが防衛拠点とした場合のことも考えろということだろう。ということで、扉を破れるような形で炎や質量を叩きつけられる魔法も込めていく。ルースは悪い笑顔をしながらこちらを見ていた。
「なるほどな。確かに必要なことかもな。初手で立てこもるのなら、ちょうど良いものな」
「ええ、合っているわ。流石はレックスさんよ。褒めてあげるわ」
俺の仕掛けた魔法も、合っているということなのだろう。なるほどな。具体的な指示をしないことで、会話を聞いている相手にも怪しませないと。やはり、ルースは策略家として優秀だな。俺も見習いたいものだ。
とはいえ、相手に理解できる言い回しというのは、相手の知恵まで理解しないといけない。ただ遠回しに言うだけでは、なかなか通じないだろう。どうしても、経験が必要になるだろうな。まあ、今後の課題としておこう。
そして、次の場所に移って同じようなことをしていく。
「ここは調理場ね。近くには食材も管理されている、ある意味ではホワイト家の生命線よ」
「それなら、管理には気を付けないといけないよな。悪意を持った人がいれば、厄介だ」
「分かっているわね。できるだけ浄化すべきところなのよ」
つまり、毒に対策できるようにということだろう。解毒魔法を、色々な箇所に込めておく。そして同時に、毒を仕込めるようにもしておく。きっと、あったらルースがうまく使うだろうからな。
ルースは俺のことを見ながら、満足げに頷いていた。今回も合格ということだろう。なかなかに、神経を使うものだ。
「ああ、了解した。俺も、食事に気をつけていた時期があるからな。よく分かるよ」
「ラナさんが言っていた記憶があるわね。あたくしも、気をつけるべきでしてよ」
過去に、実際に毒を盛られたことがあるからな。その時は、学校もどきの生徒たちが苦しんでいた。なんとか解毒できて、それがきっかけでサラと仲良くなったんだよな。下手人のクロノは死んだ今でも許す気はないが、良いこともあったのは事実だ。
それはさておき、続いてルースに別の場所も紹介されていく。今度も、ルースの解説という名の指示を受けながら。
「ここは兵舎ね。武器も管理されているから、重要な場所よ」
「なるほど。ここに不自然に人が集まっていれば、明らかにおかしいんだな」
「ええ。もちろん、あたくしが兵士を使う局面もあるのだけれど」
「それなら、信用できる武器かどうかは大事だな。しっかりと、手入れをしておかないと」
ということで、武器にも魔力を侵食させて、武器を持った人間の戦力強化にも、逆に武器から攻撃を仕掛けることも可能にした。手に持ったらずたずたに引き裂かれたり燃やされたりもするし、逆に攻撃にも利用できる形にした。
「レックスさんの言う通りでしてよ。武器が壊れでもしたら、面倒だもの」
手に持つ武器まで信頼できないとなれば、士気は崩壊するだろうな。ルースの考えることは、本当に悪辣だ。同じ貴族である以上、俺も習うべきなのだろうが。
ということで、同じようなことを繰り返し、ルースと部屋に戻っていった。そこで、ようやく裏表のない会話をしていくことになる。
「さて、一通り回ったかしら。よく、あたくしの意図を理解してくださったわ」
にっこりと笑いながら、こちらを見ている。まあ、ルースが相手だからできたことだ。ただの他人なら、意図を汲めなかっただろう。やはり、友人としてずっと接しているからな。
とはいえ、表の意図を隠しながら会話するのは、貴族としては当然のことだ。俺も覚えるべきことなんだよな。
「貴族らしい会話にも、慣れていかないといけないからな。運用は、お前に任せるよ」
「ええ、もちろんよ。これで、裏切り者の粛清も簡単でしてよ」
「何もなければ、それが一番なんだがな。まあ、期待薄か」
「いずれは、あたくしなりに運用を見出したいところね。今の段階では、効果の分かっているものを優先するわ」
ルースの言葉で、状況を理解した。つまり、試行錯誤をしている時間はない。もう答えを言っているようなものだよな。さて、心の準備をしておかないとな。
「つまり、そう長くない先に問題が起こるわけだ。俺も、気を付けておくよ」
「あたくしは、何も言っていなくてよ。まあ、レックスさんの好きにすれば良くってよ」
今の言葉は、肯定されたようなものだ。さて、ルースの問題を解決できるように、頑張っていこう。そこから先は、俺の力が役立つときだろうからな。
「今度は落ち着いた状況で、ホワイト家をふたりで歩いてみたいものだ」
「まったく、言っている意味が分かっているのかしら。レックスさんという人は、もう」
少し頬を赤らめながら語るルースは、とても魅力的に見えた。さあ、カールだろうがアイボリー家だろうが、誰が敵だったとしても叩き潰してやるだけだ。簡単なことだよな。




