340話 愚かさの際限
とりあえず、今後に向けて計画が進んでいる様子だ。ルースに、ホワイト家の中を好きに歩いて良いと言われた。何かしらの狙いがあるのだろうが、いまいち分からない。
思いつくものとしては、ある程度ホワイト家の人間の分析が終わったから、実際の反応を見たいとかだろうか。なんともしっくりこない。まあ、ルースは必要なら説明してくれるタイプだ。だから、適当に歩き回っていた。軽く周囲の様子を確認しながら。
すると、ところどころでカールの姿を見ることになった。しかも、俺の友達と一緒にいる姿も。
「売女の分際で、僕の誘いを断るなんて。ずいぶんと自惚れているみたいだね?」
ハンナに対してそんな事を言っていて、かなり頭にきた。とはいえ、ハンナは笑顔のままだ。ルースの計画も分からないし、直接的な行動には出ることができない。
とはいえ、後でハンナの話を聞くことには決めた。いくらカールが相手でも、傷ついている部分はあるだろうから。
そんなハンナは、笑顔のままカールに返事をする。
「貴殿ほどではないでしょうに。身の程をわきまえるということを知ってはどうです? わたくしめは、近衛騎士なのですよ?」
「腰を振って得た立場を羨むわけ無いだろ。バカな人だなあ」
もしかして、ハンナが枕営業みたいなことをしていると言っているのか? 侮辱にもほどがあるだろう。俺が拳を握っていたが、ハンナは挑発的な顔で返していた。
「そんな相手を誘うというのは、味方が居ないという宣言だと受け取っても?」
「うるさい! 僕に歯向かったこと、後悔するなよ!」
そんな捨てゼリフを残して、カールは去っていく。ハンナの言葉が、図星だったのだろうな。まあ、あれで嫌われないわけがない。どう考えても、まともな味方なんて居ないんだろうな。
ハンナは冷たい目でカールを見送った後、俺とは逆の方へと歩いていった。
それからも、カールを見る機会が何度かあり、次はスミアに絡んでいる姿を見つけた。
「汚れた血が視界に移ると、僕まで汚れちゃうじゃないか。いい加減、ここから出ていったらどうだい?」
なんというか、ここまで典型的な態度を取れるものなのだな。ある意味では、感心できる。とはいえ、スミアに妙な態度を取ることは許せない。やはり、できるだけ早く排除したいのが本音だ。
ルースにも予定があるだろうから、こっちで勝手にカールを排除することはできない。いくら正確が悪くても、今は具体的な悪事をしていないこともある。自然と排除が選択肢に入るあたり、俺も染まっているなという気もするが。
スミアは明るい笑顔のまま、カールの言葉に返す。
「私は出ていきませんよ! 見たいものが、見れなくなっちゃいますからね!」
「どうせ、くだらないものを見ようとしているんだろう。それを見たら、笑っちゃいそうだよ」
人の目標がどんなものであれ、容易に否定して良いはずがない。流石に、現実を見れていない目標ならちょっとは見る目が変わるが。
スミアの目標がどんなものかは知らないが、カールがバカにして良いものとは思えない。やはり、嫌いだ。それだけは、確かな感情だと言えた。
「理解できなくても構いませんよ! 私にとって大事なだけなので!」
「出ていったら良かったと言わせてあげるよ。覚悟しておくことだね」
スミアはずっと笑顔のまま、カールを見送っていた。そして、ルースの部屋らしき方向へと向かっていく。何か報告があったのだろう。ということで、邪魔しないようにそっとしておいた。
その次は、ミュスカに突っかかっているカールを見つけた。
「結局、あんたも闇魔法使いってことか。僕の寵愛を受け取らないなんて」
「私は悲しいよ。そんな表面ばかり見てくるなんて」
ミュスカはそう言いながら、両手で顔を覆って嗚咽をもらす。いくらミュスカの演技の可能性が高いからといって、泣かせた事実は忘れるつもりはない。正直に言って、カールがどれだけ反省しようとも、仲良くする未来はないだろうな。もう、完全に敵だとしか思えない。
カールはミュスカを見て少したじろいだ様子だったが、すぐに向き直って言葉を続ける。
「泣き真似をしても無駄なんだよ! 薄汚れた女狐め!」
その様子を見ていると、ミュスカがこちらに気づいて、歩いてきた。そして、笑いかけてくる。
「あ、レックス君。私を心配してくれたの? 嬉しいな。やっぱり、レックス君は素敵だね」
「見る目のない女だな。せいぜい、同族どうしで慰め合っておくといいさ」
もうカールにもこちらの存在が知られたことだし、遠慮する必要もないか。ということで、こちらからも釘を差しておく。
「口が災いを招くということを、よく覚えておいた方が良いんじゃないか?」
「僕に攻撃もできない臆病者が、何を言ってもね……ひっ!」
俺が魔力を開放すると、それだけでカールは怯えた顔に変わって、腰を抜かす。そのまま、足をもつれさせながら去っていった。
「あーあ、レックス君から逃げちゃった。これで、もう私にも近寄ってこないかもね」
どこか嬉しそうに、ミュスカは語っていた。ただ、言葉だけ聞いていると気になることもある。ミュスカは誘惑を頼まれていたのだし、邪魔をしたのかもしれない。少し勢いで行動してしまったな。反省すべきところだ。
とはいえ、いつか思い知らせるべきことではあった。もう少し効果的なタイミングを見計らうべきだっただけで。
「計画に支障が出たか? 済まないな」
「ううん。必要な情報は全部引き出せたから。もう用済みかな」
こちらをフォローしてくれているのか、単なる事実なのか。冷たい目を見る限りでは、ミュスカはカールを見切っているように思える。
ミュスカは、どう考えても嫌いとしか思えない相手と接してきたわけだからな。ストレスが溜まっているのは間違いない。とりあえず、吐き出せそうな話題を続けてみるか。
「それにしてもカールのやつ、本当に終わっているな。ハンナやスミアにも、似たようなことを言っていたぞ」
「ああ言っておけば、自分に惹きつけられるって誤解しているんだよ。私達が間違った考えをしていたと気づくってね」
つまり、堂々と批判するカール様かっこいい! ということか? いくらなんでも、お花畑がすぎると思うのだが。ちょっとどころではなく、理解に苦しむ。だからこそ、言って良い言葉とマズイ言葉の区別もつかないのだろう。
あの感じだと、機密という概念を守れるのかどうか怪しい。だからミュスカは、必要な情報を引き出せたと言っているのだろう。内容に関しては、聞かないでおくか。必要なら知らされるだろう。
「バカという言葉でも軽いんじゃないか、それ?」
「残念なことに、よくいるんだよ。ね、ハンナさんにスミアさん?」
ミュスカが近くにある扉に目を向けると、ふたりが出てきた。ハンナは苦笑しながら、スミアはニコニコとしながら。
「気づかれておりましたか。ああも愚かだと、むしろ見応えがありますな」
「どう破滅させるのか、しっかり計画を練っていますよ! 皆さんの望む復讐を、代行しちゃいます!」
スミアが傷つくような計画でなければ良いのだが。それだけは気がかりだった。カールが相手でスミアやルースが計画を練っているのだから、まず成功するとは思うのだが。
「あまり無理はするなよ。俺が代わることだってできるんだからな」
「大丈夫です! 私の得意分野なので! レックス様を心配させるようなことにはなりませんよ!」
明るい笑顔で、そう言っている。なら、もう追及はできないな。聞いて良いことではないのだろうから。
「なら、良いが。愚痴くらいなら、いくらでも聞くからな」
おそらくは、ルースの計画は相当進んでいる。だから、いつでも動けるように準備をしておかないとな。あらためて、拳を握りながら気合いを入れた。




