339話 過去と未来と
俺以外の人間は、それなりに色々と活動しているようだ。そんな中で暇を享受していて、どこか罪悪感もある。とはいえ、指示されていない行動を勝手にやるのは論外だからな。ルースの意図が読めているのならまだしも。
今の段階では、ルースが狙っていることがちゃんと分かっていない。その状態で余計なことをすれば、邪魔になるだけなのが現実だ。
とはいえ、完全に何もしないのも調子が狂う。ということで、訓練に精を出していた。魔法と剣の融合を目指すのは、相変わらずの目標だ。それをしていると、スミアを連れたルースがやってきた。
スミアはどこか目を輝かせて俺のことを見ており、なんとなくむず痒かった。ルースは俺を静止して、お茶会の場を用意してくれた。三人で座って、話をすることになる。まず切り出したのは、スミアだった。
「そういえば、レックス様とルース様の馴れ初めって、どんなものだったんですか? 気になっちゃいます!」
本当に興味津々という感じだ。まあ、当時はスミアは居なかったからな。知りようはないだろう。ルースが自分から話す姿は、あまりイメージできない。なら、軽く話しておくか。相互理解に役立つかもしれないし。
ルースの方を見ると、堂々とした顔をしていた。止めるような雰囲気ではないし、問題はないのだろう。
「初対面の時には、認めないだか信頼しないだか言われたんだよな。ツンケンしてる人だと思ったものだ」
「事実ではあるけれど、もう少し言いようというものがあるんじゃなくって? あたくしは、確かに悪かったけれど」
「なるほどなるほど。初めは反発しあうふたり! 定番ですね!」
ルースは釘を差してきて、スミアは両手を合わせて興奮している。まあ、恥ずかしい過去を言われたくないのは当然のことか。今は信頼し合う友人なのだから、ツンケンしていた頃なんてあまり良い思い出ではないか。
それにしても、スミアはかなり変わっているよな。なんというか、恋の物語を読むのが好きそうに見える。
「定番なのか……? まあ、ルースは出会った頃からずっと努力家だったよ。そこは、今でも変わらないな」
「レックスさんこそ、大概ではなくって? 圧倒的な才能には見合わない努力でしてよ」
ルースには努力で勝てないだろう。というか、俺は才能があってすぐに成果が出るからな。苦しい試行錯誤なんて、経験したことすらない。挫折らしい挫折も、魔法や剣に限っては無い。
とにかく、ルースの言う逆なんだよな。圧倒的な才能だからこそ、魔法や剣を継続できていた。才能がなければ、もっと早くに諦めていただろう。
「俺は魔法や剣が楽しいから続けられているだけだからな。あんまり努力って感じはしない」
「反発しあいながらも、どこかで認めあう。なんて素敵なんでしょう! もっと聞きたいです!」
認め合っていたのだろうか。まあ、俺はルースに好意的だったとは思うが。原作知識ありきではあるから、ちょっとずるい気もする。とはいえ、今は良い関係になれているから、それで良いだろう。
原作知識のないまま、ルースと接する。そうしたら、どうなっていただろうな。おそらくは、ミーアに紹介されることすら無かったと思うから、あり得ない仮定ではあるのだが。まあ、今よりいい関係になれたとは思わない。だから、原作知識には感謝したいところだな。
「関係が変わったきっかけは、俺とルースが戦うことになってからか?」
「そうね。あたくしは、レックスさんに勝ちたかった。それは今でも変わらないけれど」
俺に勝とうとして、何度か勝負を挑まれた記憶がある。全部俺が勝っているから、余計に悔しかったのだろうな。実際、圧倒的な差があったのは事実だ。今でも、よほどのことがない限り俺が勝つだろう。
ただ、ルースのすごいところは、俺ですら認めるくらいの圧倒的な差を感じながら、それでも諦めないところだ。俺なら、きっと一度目で折れていたと思う。俺の周囲は、心が強い人が多い。俺はあくまで、魔法と剣の才能を持っているだけの凡人だからな。
だからこそ、みんなを尊敬できるんだ。そう思うと、持っていないのも悪いことばかりではないよな。
「レックス様に認められたいルース様ってことですね! 最高です!」
「あの頃のルースは、ものすごい勢いで壁を超えていたな。今でも成長しているのは確かだが」
「いくつかの壁を超えたのは、確かよね。新しい魔法も、開発できたもの」
得意魔法を更に発展させていたのは覚えている。結界を何重にも重ねるという発想は、俺も参考にしたものだ。防御魔法を複数重ねるのは、ルースが居てこその技だよな。
というか、今の俺の魔法は、大抵が知り合いに影響を受けている。みんながあってこその俺というのは、間違いないな。
「とはいえ、かなり無茶もしていたからな。体を壊すところまでいって、俺が治療しようとしたら拒否して」
「くだらない反発心だったものだわ。レックスさんには、本気ならレックスさんだって利用しろと言われたんだったかしら」
ああ、言ったな。つい最近にも、そのセリフを思い出したばかりだ。ルースは俺を利用することにためらわなくなった。だが、正しい選択だよな。プライドにこだわって自分だけで問題を解決しようとすれば、どこかで行き詰まる。俺も覚えておくべきことだ。
「すっごい関係ですね! 勝負を挑んでくる相手にも、確かに信頼がある。素晴らしいです!」
「実際、今も俺を利用しているんだからな。かなり刺さったみたいだ」
「言ったのは、レックスさんでしてよ。責任を取るのが、男というものでしょう?」
そんな事を言いながら、にやりと笑っている。まあ、ルースの役に立つのは大事なことだ。知らないところで苦しまれるより、よほどいい。それに、ルースだって、俺が困っている時には助けてくれる。そう信じているからな。
「ルースが頼ってくれるのは、嬉しいからな。別に構わないぞ」
「信頼に応えるレックス様、とっても良いです! もっと早く会いたかったですね!」
「……スミア。分かっているわよね?」
ルースは急に冷たい声を出した。何が引っかかったのかは、分からない。ただ、少しだけ不穏な空気が流れた気がした。スミアは笑顔で、ルースの言葉に返す。
「もちろんです! 私が見たい未来には、私は居ないですから!」
明るい顔で言っているのに、どこかつらくなりそうだった。俺としては、否定したい言葉だ。スミアはもう、俺にとっては大切な存在なんだから。これからも、ずっとルースを支えてほしい。そして、幸せになってほしい。それが本音だよな。
「スミア。お前だって、俺達の大切な仲間なんだ。一緒に同じ未来を迎えようじゃないか」
「レックス様……! そんな事を言われたら、私は……!」
瞳をうるませながら、こっちを見ている。察するに、誰からも必要とされなかったのかもしれない。あるいは、自分の居場所はないと思い込んでいたのかもしれない。
なら、スミアはここに居て良いんだと伝えていきたいところだよな。それだけは、絶対に間違いじゃない。
「やっぱり、レックスさんはレックスさんね。本当に、ひどい男よ」
「でも、ルース様はレックス様を認めているんですよね! 分かりますよ!」
ルースとスミアは目を合わせて笑い合う。その姿に、なんとなく連帯のようなものが見えた気がした。少し疎外感もあるが、ふたりが仲良くできるのならそれでいい。
やはり、スミアともっと仲良くしていきたいものだ。心を開いてもらって、お互いにとって良い未来に進めれば。それが、今の俺の本心だった。




