336話 お互いの狙い
俺達は、ルースの仮想敵であるアイボリー家に向かっている。目的は単純で、闇の魔力をアイボリー家の全体に侵食させておいて、転移のマーカーに使ったり罠を仕掛けたりするためだ。
その口実として、何かしらの取引をするらしい。詳細については、聞いていない。ルースが言わないのだから、俺が知る必要はないのだろうな。今は、魔法を使って早く移動しながらアイボリー家に向かっているところだ。
転移ほどではないにしろ、移動だけで一月を見込まなくても済む程度だな。とはいえ、ルースは馬車での移動を見越した期間を相手に伝えているのだとか。その上で、魔法の移動を使っている。
まあ、意図は分かる。俺達の移動能力をごまかすのが、まず第一。それに気づかれるのなら、内部にスパイか何かがいると分かる。他にも、何かしらの理由があるのかもしれないが。
とりあえず、ルースは複数の狙いを持って今回の取引を実行しているということだ。俺も見習いたいところだよな。おそらくは、ミルラやジャンも同じことをしているのだろうが。
今は、アイボリー家が見えているくらいの場所だな。世間話をしながら、移動している。
「アイボリー家の当主ってのは、どんなやつなんだ?」
「面倒な人、といったところね。あたくしとしても、あまり会話したい相手ではないわ」
ルースが面倒と言うあたり、かなり厄介そうだ。うんざりした顔をしているし、何度か困った経験があるのだろう。おそらくは、策略家なのだろうな。俺も苦手なタイプだ。
まあ、俺のやるべきことは、こっそりと魔力を侵食させることだけだ。それだけ実行できれば、後はどうとでもできるだろう。
「そうか。でも、今回の会合は必要なんだよな? こっそり魔力を仕込むんじゃダメなのか?」
「こちらとしては、手がかりが欲しくてよ。配下を動かすためのね」
察するに、アイボリー家にスパイを向かわせるための手がかりなのだろう。スミアを運用するためにも知っておきたいといったところか。
本当に、ただ会いに行くだけのことに、いくつも策を仕込んでいる。ルースの戦略家としての側面が見えてくるよな。
「なるほどな。なら、俺は適当に合わせておくよ」
「ええ、それで良くってよ。なら、行きましょうか」
玄関が見えるところまで移動すると、門番らしき人に迎え入れられた。そして、豪華な部屋へと案内される。その奥にいたのは、壮年の男。にこやかな顔で、こちらを出迎えていた。
「ようこそ、我がアイボリー家へ。歓迎するよ、ルース君、レックス君。私はユミル。よろしく頼むよ」
そう言って、ユミルは席につくことをうながす。すでに座っていたユミルの前に、俺達も座っていく。俺は会話をしながら、椅子を通してアイボリー家の敷地に魔力を侵食させていく。気づかれないように、慎重に。
「ええ。楽しい時間にしようじゃありませんか」
「そうだな。いい関係を築いていきたいものだ」
「私も同じ気持ちだよ。これからの未来では、協力関係が大事になるだろう」
笑顔でそう言っている。少なくとも、カールよりは格上だと感じるな。ルースが仮想敵だと思っているあたり、ユミルはホワイト家に何かしらを仕掛ける心算なのだろう。だが、表には出していない。
まあ、普通のことなんだがな。自分の感情を隠しつつ話していくのは、貴族として当然の技術だ。だから、ユミルが何を考えているのかなんて、分かったものじゃない。
「なら、まずは取引といたしましょうか。そうね。こちらでは、ミスリルを売って差し上げてよ」
「それはありがたい。ミスリル製の武器が作れるとなれば、こちらの戦力向上にもなるだろう」
仮想敵の戦力を向上する意図なんて、普通は分からない。とはいえ、ただの兵士が良い武器を揃えたところで、俺やルースの戦場では時間稼ぎになるかすら怪しい。だから、そこまで問題としていないのだろうな。
それに、今回の魔力侵食で、相手の情報も伝わりやすくなるだろう。兵を動かした段階で、先手を取って潰すことも可能だからな。まあ、ミスリルくらいなら、といったところか。
「どうせなら、技術者も派遣して差し上げましょうか?」
「いや、そこまでしてもらわなくても結構だよ。我がアイボリー家にも、相応の技術はあるのだから」
さて、本当なのか嘘なのか。本当なら、ミスリルを扱う技術者が必要になる程度には、ミスリルを手に入れている。ルースから買い取る必要のある立場でありながら。どうにも、裏が見える気がする。
「なら、これまでにミスリルをどこかから買い取っていたのか? 鉱山はないんだろう?」
「当然だよ。ミスリルの武器を作れないことは、大きな損失だからね。ありがとう、ルース君」
にこやかに、そう告げてくる。どこか胡散臭く感じるのは、先入観のせいだろうか。なんとなく、信じる気になれないんだよな。
「いえ、気にすることはありませんわ。しっかり高く買い取っていただけるのなら、ね」
「もちろんだよ。これで我が領の防衛計画が進むだろう。ありがたいことだ。お互いに、良い取引をしよう」
「そうですわね。お互いが利益を得る形で、取引しようじゃありませんか」
「では、これからもよろしく頼むよ、ルース君」
「ええ。では、また」
そう言って去っていく時に、ユミルが嗤っているように見えた。俺達は去っていき、相手から見えなくなった段階で転移をする。そして、今回の成果について確認していく。
「レックスさん、魔力の侵食は終わりまして?」
「ああ、もちろんだ。アイボリー家の中にいる限り、どこに居ても即座に殺せる」
「でしたら、あたくしが制御できる形にしてもらうわ。あたくしの家の防衛にも使えるのだから、できるわよね?」
なるほどな。ルースは、その気になればアイボリー家をどうとでもできる手札を持ったことになる。実際、ホワイト家の防衛計画には、俺の魔力が組み込まれているからな。まとめてルースに制御を渡した方が、俺の負担は少なくて済むだろう。
まさか、ルースが暗殺を安易に実行するとは思えないのだし。暗殺という手は、軽率に使うと良くない。評判という意味でも、信頼を築きにくくなる。それに、暗殺を常用するようになれば、相手だって同じ手を検討してくるからな。
総合的には、真っ当な手段の方が強いことも多い。まあ、相手の態度次第ではあるのだが。手段を選ばない相手になら、手段を選ばずに返すのも順当な手だからな。
「任せておけ。それで、さっきの取引にはどんな意味があるんだ?」
「真っ当に取引をするのなら、本当にお互いが得しますわよ。真っ当に取引をする気があるのなら、ね」
まあ、アイボリー家はホワイト家の隣だ。治安維持されるだけでも、メリットは多い。ミスリルを売るのだから、ホワイト家に装備が足りないということもないだろう。
総合的には、ルースは色々なものを手に入れられる。アイボリー家のメリットは、言うまでもないことだ。
だが、おそらくは戦うことになるのだろうな。そんな口ぶりだ。
「つまり、ユミルは裏切る公算が高いと。まったく、面倒なことだ」
「ですから、レックスさんにも働いてもらってよ。確実に、仕留めるためにね」
「分かっている。お前が少しでも楽できるように、頑張らせてもらう」
「ええ。終わったら、ご褒美をあげましょう。楽しみにしていて構わなくてよ」
どんなご褒美をくれるのやら。まあ、適度に楽しみにしておこう。そんなものがなくても、友達の手伝いはするのだが。
まあ良い。ユミルがルースの敵になるというのなら、俺はルースの味方をするだけだ。単純な話だよな。




