335話 先手を取って
今のところは、ホワイト家で取るべき方針がハッキリしたというところだろう。カールを始めとした内部の反対勢力、アイボリー家のような外部の敵対勢力。それらに対して、策を練っていくことになる。
とはいえ、俺はルースの指示通りに力を使うだけだ。そうすることが、結果的にはブラック家にもホワイト家にも良い方向に進むきっかけになるだろう。良くも悪くも、ルースは戦略家だからな。
結構悪い計画も練っているようだが、乗るべきだろうな。少なくとも、俺をハメるような意図はないのは分かりきっている。ルースだって、俺との関係を大事にしてくれているんだからな。
ということで、いつも通りにルースの策を聞いているところだ。ニヤリとした笑みを浮かべて、ルースはこちらに話しかけてくる。さて、どんな策があるんだろうな。
「さて、レックスさん。あなたには、付き合ってもらいたいことがあってよ」
早速来たな。とりあえずは、付き合う予定ではあるが。ルースのことだから、それなりに大変なことをさせて来ようとするんじゃないだろうか。俺を使い倒すみたいなことを言っていた気もするし。何より、本人が努力家だからな。その基準で判断しそうではある。
まあ、俺だって相応に強いからな。大抵のことでは、難しいとは思わない。知恵比べなら、話は別だが。とはいえ、策を練るのはルースだからな。必要とされるのは、俺の魔法だろう。だから、気楽なものだ。
「よほどの無理難題でなければ、構わないが。どうせ乗りかかった船だからな」
「話が早いのは、良いことでしてよ。あたくし達で、アイボリー家に会いに行くのよ」
ふむ。敵情視察か何かだろうか。まさか初手でカチコミに行くことはないよな? いくらなんでも、大義名分くらいは用意してほしいところだ。いや、釈迦に説法だとは思うが。
とにかく、何を計画しているのかを知りたいところだな。全部は説明されないとしても。
「ああ、敵対している家だったか? 会いに行くってことは、今は戦わないんだよな?」
「そうね。面会はあくまで擬態よ。レックスさんの魔力を、侵食させたいのよ」
なるほど。確かに有効な手段だ。それさえあれば、いつでもアイボリー家に転移できる。こちらが相手の首をつかんでいるようなものになるな。
そして、アイボリー家が魔力の侵食に気づくとは限らない。というか、魔力探知は相応に難しい技能だからな。特に、すでに侵食した魔力に対しては。
どうしても、自分から魔力を通して探ろうとしなければ、侵食した魔力を探知することはできない。疑わないことには、きっかけすらつかめないんだよな。
「ああ、そういうことか。いつでも転移で攻め込めるようにする訳だな?」
「他にも、アイボリー家に罠を仕掛けておきたいわね。いざという時は、暗殺でもできるように」
えげつないな。その気になれば、ホワイト家に居ながらにして敵を殺せる。何がどうなったのかも分からないまま、相手は死ぬことになるだろう。
とはいえ、そう何度も使える手ではないな。俺が訪問した家の相手が殺されているという情報にたどり着かれたら、当然警戒される。闇の魔力に関してだけなら、遠隔操作して痕跡を消してしまえば良いのだが。
「悪辣だな。まあ、敵に対するものだと思えば当然か」
「レックスさんは、甘いわね。始まった時には終わっている。それが理想なのよ」
戦いというのは、事前の準備でほとんどが決まる。前世でも聞いたことがあるな。だから、セオリー通りと言えばそうなのだろう。敵に回したくないことだ。俺だって、ルースが相手なら追い詰められかねないのだから。
単純に戦うだけなら、俺が勝つと思う。だが、からめ手が強すぎるからな。相当な被害を想定しないといけないだろう。
「同意するところではあるが。どうせなら、戦いそのものを無くしたいところだな」
「相手次第で変わることなんかに、期待はできなくってよ」
「なら、俺との関係にも期待していないのか? なんて、そんな訳無いよな」
「レックスさん、ずいぶんと悪いことを言うようになったわね。誰の影響でして?」
ルースの方も、からかうような態度で返してくる。ルースの方が、よほど悪いことを言っていると思うが。まあ、ルースが悪いことを言ったから、俺が許されるわけでもない。気をつけるべきことだな。
「ルースとかスミアとかじゃないか? 俺も勉強しているんだよ、お前達の策を」
「まったくもう。褒めるのかそうじゃないのか、ハッキリさせなさいな。困った人ね」
「基本的には、褒めているぞ。俺には無いものを持っているんだからな」
「圧倒的な力を持っておいて、よくもまあ。でも、そんなレックスさんだから、あたくしは友人だと思っているのよ」
まあ、捉え方によっては、バカにしていると思われてもおかしくはないか。真正面から戦えば、大抵の場合は俺が勝つだろうからな。まあ、ルースなら分かってくれると思って言っているのだが。
実際、俺が勝っているのは単純な力くらいのものだろう。それは事実だ。
「お互い様だな。ルースの努力を見ているからこそ、俺もルースが好きになれたんだし」
「ずいぶんと軽く好きというものね。やはり、レックスさんはレックスさんね」
「いくらなんでも、今のが嫌味なのは分かるぞ。まあ、構わないが」
「本音なのが、厄介なところよね。あたくしを好きで居るのは、助かるけれど」
どの言葉が本音なのが、厄介なのだろうな。まあ、ルースは機嫌を損ねたような顔はしていない。だから、そこまで困っている訳ではないのだろうが。いくら表情を隠せる人だとはいえ、友人関係でまで完全に本心を消すとは思えないのだし。
ルースが尊敬できる人であることは、間違いないからな。だから、その気持ちはしっかりと伝えたいところだ。
「お前が好きじゃなかったら、ここまで手伝ったりしないさ」
「スミアが困惑するのも、よく分かってよ。あたくしは、もう慣れたけれど」
笑いながら言っているあたり、嫌ではないのだろう。まあ、困惑させるのは大変なことなのだが。スミアとも、これから仲良くしていきたいものだよな。ルースを支えてくれる限りは、俺にとって大事な相手なのだから。
「そこまでおかしい事を言っているのか? 大切な友人に、大好きだと伝えているだけだぞ」
「あたくしが異性だということを、忘れているんじゃなくって? 困った人ね、もう」
ルースの方から、俺を友人と言っていた気がするのだが。まあ、関係を考えなければセクハラになってもおかしくはないのか。親しき仲にも礼儀ありだし、気をつけるのは悪くない。
だが、俺達はいつ会えなくなるか分かったものじゃない。だからこそ、大切な感情は伝えておきたいんだ。ルースが大好きであることは、間違いなく本音なのだから。それが異性としてかどうかは、また別の話として。
「それは悪かったよ。でも、言いたいことは言えるうちに言っておきたいからな。そうじゃないと、言えない可能性もある」
実際、父を殺すことになるなんて、俺は想定していなかった。正確には、思っていたより早く殺すことになった。いや、最初は敵だと思っていたんだが。その感情が変わったことも、結局は伝えられなかったからな。
「分かっていてよ。さあ、レックスさん。言いたいことを言える関係のために、あたくしの敵を共に倒しましょう?」
不敵に笑うルースとなら、どんな敵にでも勝てるような気がした。カールだろうがアイボリー家だろうが、ルースの敵になるのなら潰すまでだ。そう誓って、まっすぐにルースに頷いた。




