334話 それぞれの望み
ミュスカやハンナがホワイト家に来て、ルースの計画が大きく動き始めた様子だ。とはいえ、俺は細かい内情を知らないんだよな。まあ、戦略的な動きに俺は向いていない。ブラック家の当主をしているが、俺の本質は使われる側な気がするんだよな。
実際、ブラック家の運営はミルラやジャンに任せているし。フェリシアやラナの指示で動いていた時は、とても楽だったからな。
とはいえ、俺がブラック家の当主であるという事実には変わりはない。みんなのためにも、しっかりとこなさないといけないよな。
まずは、ルースの問題を解決しよう。ホワイト家との関係が良くなれば、ミルラやジャンも動きやすいだろうからな。
そういうわけで、今は報告会をしている。まずはスミアが、自分の集めた情報を伝えてくれている。
「カールさんですけど、どこかに連絡を細かく取っているみたいです! 何人かの家族に接触したり、直接拷問したりしたら言ってくれました!」
察するに、お前の家族は自分の手のひらにあるぞという脅しなのだろうな。拷問と並べて言うのだから。かわいい顔をして、恐ろしいことをする子だ。まあ、必要なことなのだろうな。
人の被害を数で計るのはあまり良くないが、それでもホワイト家が混乱するよりも傷つく人は少ないのだろうし。
それに、ルースの命の危険を考えたなら、他人に被害が行く方が良い。倫理的には間違っているのだろうが、俺の本音だ。
やはり、俺はこの世界に染まっているのだろうな。前世のときよりも、明らかに残酷な選択肢が頭の中にある。
「なるほどな。もう少し調べれば、どこに連絡しているかも分かるかもしれないな」
「今は、スミアの得た情報だけで十分だわ。当分は、泳がせておく予定だもの」
おそらくは、カールが動いた段階で一網打尽にするんじゃないだろうか。そうなると、カールの協力者は多いのか?
まあ、ルースが説明しないのなら、今は言うべきことではないのだろう。何かしらの計画があるのだろうから、それに従うだけだ。
「私が籠絡するのも、必要ないかな? なんて、やらなくて済むのなら、そっちの方が良いんだけど。レックス君以外の男の人と、あまり話したくないからね」
こちらに流し目をしながら言ってきている。素直に考えたら、好かれているのだろう。実際、大事な存在だと思われているはずだ。とはいえ、この場で指摘しても、絶対に面倒な流れになるだけだ。正解は沈黙。それだけだろうな。
ミュスカとも、かなり親しくなれたよな。初めの頃は、あまり良くない関係だったと思うが。まあ、正確には俺が一方的に疑っていただけだったのだが。
原作では平気で主人公を裏切っていたが、だからといって現実でも同じとは限らない。そんな答えにたどり着くだけのことに、ずいぶん遠回りしたものだ。
だが、今はまっすぐに信じられる。その幸福を大事にしたいところだな。
「今のところは、交友関係を増やしておくだけで良くってよ。それが、今後の役に立つでしょう」
「わたくしめは、今は訓練をしておりますな。見ただけで実力差が分かるものも、結構いるようです」
ルースは色々と考えている様子なのだが、それを明確に言葉にしない。問題だと思っている訳ではないのだが。
実際、どこで聞き耳を立てられているか分かったものじゃないからな。俺達は、何をするべきなのかだけ知っていれば良いのだろう。
「ふむ。それなりに順調みたいだな。ルースの策が成立すれば、だいぶうまく行きそうに見える」
「相手が相手だもの。単純な策で十分なのよ。変に凝っても、手間の割に効果は少なくてよ」
バカが相手だと、挑発する時にひねった言葉は必要ない。そういう話に近いのだろうな。複雑な策は、相手との読み合いが前提になる。読み筋すら存在しない相手になら、単純な策で十分というのは納得できる話だ。
そして、カールはとても賢いようには見えない。むしろ、度が過ぎたバカでないかの方が心配なくらいだ。
「こっちでも、追加で情報を調べておきます! 私を優しいと思っている人も、まだ居るみたいなので!」
「拷問したって情報は、伝わっていないんだな。まあ、もう一回される可能性を考えれば、安易に口にはできないか」
「怯えられたなら怯えられたで、やりようはあります! ミュスカさんと、飴と鞭ですね!」
スミアに怯える存在に対して、ミュスカが愚痴を聞くなり何なりして、情報を吐き出させる。やはり、よく考えられている。スミアにしろルースにしろ、俺よりも戦略的に優れているんだろうな。
まあ、今は味方だからな。単に心強いだけではある。仮想敵としても、考える必要はなさそうだし。スミアは、まだ完全には信頼できていないとはいえ。少なくともルースは、洗脳でもされない限り俺の敵にはならないだろう。
「二段構えの戦略というわけか。よく考えられているな。ミュスカの代わりは、いずれホワイト家で用意する必要があるとはいえ」
「褒めて慰めてあげれば、口は軽くなるからね。あ、レックス君にはいま説明したみたいな雑な接し方はしないよ」
フォローされなくても、ミュスカのことは信じている。無論、打算だってあって良いのだが。貴族なんだから、というか人間なんだから、完全な善意だけで人と接したりしないだろう。
俺だって、仲間の力に頼ることを目的として距離を詰めた部分はある。だが、結局は親しい人を戦場に送るのが嫌になってしまったのだが。この考えは、きっと甘いのだろうな。
なにせ、俺の力を持ってしてすら勝てないかもしれない相手だって、原作にはいたのだから。誰かに頼るのは、前提条件でしかない。
「分かっているさ。大事な関係だと思ってくれていることは。無論、俺だってな」
「レックス殿や皆さんと過ごす時間は、戦略を練っていても楽しいものです」
「仲良しって素敵ですね! もっと見られるように、いっぱい策を考えますよー!」
スミアは、俺達が仲良くしている姿を見たいような言動をしている。どこまで本音なのかは、態度からうかがい知ることはできないが。
いずれにせよ、スミアとも仲良くしたいものだ。そうすれば、ルースにとっても俺にとっても良い未来に繋がるのだろうから。
「うまくやることね、スミア。そうすれば、あなたの望みは叶うでしょうよ」
ルースは、スミアの望みを知っている様子だ。一体どんなものなのだろうな。協力できるものなら、協力したいものだ。そうすれば、結果的にはルースの力になるだろう。
「何が望みなのかは知らないが、叶うと良いな。俺も手伝えるのなら、言ってくれよ」
「ダメですよ、レックス様。あなたが大切にするべきなのは、ルース様です!」
「だからこそ、ルースの仲間も大事にするんだよ。ルースの大切なものを、同じように大切にできるようにな」
「レックス君らしいね。なら、私達の嫌いなものも、同じように嫌うのかな?」
ミュスカは可愛らしく首を傾げているが、必ずしも同意はできない。例えばミュスカがカミラを嫌っていたとして、それで俺も嫌いになることはあり得ないのだし。
他にも、ミュスカが人間そのものを嫌ってしまったのなら、きっと引き戻せるように努力するはずだ。それが、友情ってものだろう。
「内容次第だな。みんなが不幸な道に進みそうなら、俺は止めるよ」
「やはり、レックス殿はお優しいですな。わたくしめも、見習いたいものです」
「だから、あたくしに使われなさいな。そうすれば、レックスさんもあたくしも幸福になれるのよ」
堂々と語るルースの姿は、とても魅力的だった。お互いに幸せになれるように、しっかりと手伝っていきたい。それだけは、確かな本音だといえた。




