330話 仲間を目指して
面接をした結果として、気に入っていた相手を実際に使ってみることになったらしい。まあ、信頼関係というのは一朝一夕で築けるものではない。そう思うと、試してみるのは大事だよな。
今のところは、採用した相手であるスミアはルースの指示通りに仕事をしているようだ。ここから、相手の能力や人格を知っていって、少しずつ調整していくことになるのだろうな。俺にできていたかは怪しいことではあるが。
ミルラにしろジャンにしろ、俺を支えてくれる参謀たちは何も言わずともうまくこなしてくれる。だが、本来は指示の仕方から何から気をつけるべきなのだろうし。まあ、俺からアドバイスできることは何も無い。ルースの方が詳しいだろうからな。
それで、今もスミアがルースの私室に入ってきたところだ。俺はそこで寝泊まりしている。客室なんかでいいと思っていたのだが、ルースに押し切られた。
スミアは明るい印象の笑顔を浮かべて、元気いっぱいな様子だ。
「ルース様、おはようございます! あの人ですけど、あなたの想像通りのことをしていましたね」
「そう。なら、言っておいた通りに対処しまして?」
「もちろんです! ちゃーんと、敵対相手に弱みを渡しておきました!」
何かしら、ルースにとって不都合な相手がいたらしい。話がまったく分からないので、少しだけ気になってしまう。敵対相手に弱みを渡すあたり、間接的に対処したい相手だというのは分かったが。
とりあえず、聞くだけ聞いてみるか。
「どんな事を想像していたんだ、ルース?」
「それはホワイト家への内偵でして? なんてね。まあ、ただのコウモリよ」
ああ、家の内部事情を探ろうとしていると思われてもおかしくないのか。とか言いつつ、ルースは俺の目の前で報告させている。間違いなく、聞かれても問題ないと判断しているのだろう。
それで、コウモリの対処というのは難しいんだよな。単に排除しただけでは、色々と不興を買うからな。とはいえ、完全に受け入れるのも困る。そうなると、外部に排除してほしいと思うのは順当なのだろうな。
「なるほどな。自分で手を下しても面倒なら、他人に削ってもらうのか」
「そういうことよ。スミア、今後の様子も確認しておきなさい」
「もちろんです! ルース様とレックス様の未来のために、頑張っちゃいますよー!」
握りこぶしを掲げながら言っている。まさに明るい子って感じだが、普通に密偵みたいな活動をしていると思うと、印象が変わる。というか、平気で拷問するって言っていた子だからな。
そうなると、警戒は必要なのだろう。なにせ、表向きの態度など、いくらでも演技できるのだろうから。
「まあ、基本的にはルースのために頑張ってくれよ。俺には俺の仲間がいるからな」
「自分は大丈夫だから、ルースを優先してくれってことですね! 素敵な関係です!」
合ってはいるのだが、そう言葉にされると恥ずかしいものだ。なんだかんだで、俺には味方が多いからな。その状況なら、ルースを優先してもらった方がありがたい。兎にも角にも、ルースがホワイト家の当主としてうまくいくことが大事なんだから。
スミアは優秀そうに見えるし、しっかりと活躍してもらいたいところだな。ルースを裏切るようなら、覚悟してもらう。
「そう言って無理をする人間だから、よく見ておかなくちゃいけないのよ」
「お互いに支え合うふたり、とっても素敵です! もっと見守っていきたいですね!」
発言をそのまま信じるのなら、俺達の関係に興味があるのだろうか。まあ、元々は敵対派閥と言っていいからな。その関係は、傍から見ていたら面白いかもしれない。
まあ、スミアを信じるかどうかは、これからの行動で決まってくるだろう。まあ、今でも表向きには信じていく予定だが。
「それで仕事をやる気になるのなら、感情は何でも良いが。まあ、俺とルースは友達だからな」
「レックス様は、それで十分なんですか? もうちょっと狙いがあったりして!」
興味津々といった顔で聞いてくるが、狙いとはなんだろうか。ルースを利用するつもりはないんだが。スミアが仕事をやる気になってほしい理由なんて、簡単なものだ。それを伝えれば良いか。
「友達に幸せになってほしいという、ただ当たり前の願いだよ」
「私が言っているのは、男女のか、ん、け、い、ですよ! 当然、ありますよね!?」
ああ、なるほどな。まあ、ルースは魅力的だとは思う。とはいえ、色々な意味で問題があるだろう。俺とルースが恋愛関係になるには、障害が多すぎる。
まずは、お互いの家の関係。そして、ルースがまだ前世で言うところの中学生くらいだということ。いくらなんでも、女としては見れない。
それに何より、ルースは色恋に溺れるような人じゃないだろうに。
「そんな目で見たら、頑張ってるルースに失礼だろう。誇り高い人なんだから」
「えっ、なんで……? ルース様……?」
本気で困惑しているように、ルースを見ている。流石に、何も女として意識していないというのは不自然だったか? とはいえ、フェリシアやラナみたいに好意を表に出している様子はないよな。
やはり、ルースは友達だ。それで間違いないだろう。
「こういう類の愚か者なのよ。レックスさんはね」
「あっ、鈍感系ってことですね! なら、ルース様を応援しちゃいますね!」
「ただ、あたくしも急ぐ気はないわ。お互い、足場を固める必要があってよ」
「なら、私の出番ですね! 素敵な関係、作っちゃいます!」
もしかして、ルースも俺に気があったりするのだろうか。いくらなんでも、自意識過剰か。ライバルとして、友人として、お互いに堂々とした友人関係を築く。ルース本人が言っていたことだものな。
俺達は、とても大事な友達なんだ。そこに性欲なんかを紛れ込ませると、スミアに言ったように失礼だろうに。
「あまり変なことをして、ルースに迷惑をかけないでくれよ? 俺は、まあ良いとして」
「なるほどなるほど。レックス様は、女の人を優先する感じなんですね」
「そう言われると、女たらしみたいで嫌なんだが……」
「もう、レックス様! 聞いてますよ! いろんな女の人に粉をかけているって!」
まあ、フェリシアとラナの話がある以上、噂になるのは避けられないよな。だが、粉をかけたつもりはない。みんなが幸せになれるように努力をしているだけのつもりだ。
とはいえ、誤解されているのなら、態度には気をつける必要があるのだろうが。
「普通に友人として支えているだけなんだがな。いやらしい目で見るのは、悪いだろう」
「スミアも、気をつけることね。こんな事を言っているけれど……」
「分かりました! ルース様の邪魔はしませんから!」
俺がスミアを口説くとでも言うのだろうか。そんなこと、しないぞ。いくらなんでも、ルースに対する妨害がすぎる。
ルースに幸せになってほしいんだ。だから、その邪魔をするつもりはない。俺に必要なのは、ルースを誠心誠意に支えることだ。
「ああ。しっかりルースを支えてくれよ」
「まったく、レックスさんという人は……」
「よく分かりました! 私も、おふたりのために頑張っちゃいますよー!」
元気いっぱいに拳を掲げるスミアだったが、どこかその目に冷徹さが見える気がする。いつか、その本心に触れることがあるのだろうか。
スミアにとってもルースにとっても良い未来であるように。俺はそう祈っていた。




