323話 未来への一歩
ベージュ家の当主を討ち取った祝いの式典がおこなわれることになっている。そのために、俺達は王宮へと来ていた。
今はカミラやメアリは着替えていて、その間にミーアとふたりで話すことになった。こうして落ち着いて話せるのは、なかなかに珍しい。お互いに忙しいからな。
まあ、通話ができるだけでも、以前より距離が縮まったとは思うが。それでも、対面して話すと気分が違うよな。表情を見られるだけでも、大きなものだ。
そんなミーアは、こちらに太陽のような明るい笑顔を見せている。相変わらずだな。
「ねえ、レックス君。あなたは、選べるのなら、どんな褒美を求めるのかしら?」
褒美をもらえるとは聞いているが、まあ単なる雑談だろうな。今この場で言ったものがもらえるとは思わない。
とはいえ、俺が欲しいものか。何があるだろうな。平穏が一番ではあるのだが、それは褒美としてもらえるものではない。そうなると、あまり欲しいものはないんだよな。
いや、金銭を貰えれば、ジャンやミルラは喜ぶとは思うのだが。金はあれば色々な方向に使える便利なものだからな。あって損することは、そこまで多くない。もともと貴族だから、余計にだ。
まあ、俺の欲しいものは単純なんだよな。友達と平和に過ごす時間。それだけなんだ。
「どうだろうな。ミーアやリーナと気軽に話せるようにしてくれ、とかどうだ?」
「もしかして、私達をお嫁さんにしたいの? それも、悪くないとは思うけれどね」
ミーアはからかうような声色で言っていた。だが、注意でもあるのだろうと思う。王族の異性との時間を求めるなんて、何か意図を読まれて当然だろう。
そうなると、軽率に言えることではないな。少なくとも、覚悟ができるまでは。
「ああ、そういう意味になるのか。なら、お前達の意思は無視できないな」
「リーナちゃんは、きっとツンツンしながら喜ぶと思うわよ」
リーナが皮肉っぽいことを言っている姿は、簡単に思い浮かぶな。まあ、そこもリーナの魅力ではあるが。人を信じることが難しいのに、それでも寄り添おうとしてくれる。俺には分かるからな。
なんだかんだで、リーナは優しい人なんだ。悪意をぶつけられたから、周囲に悪意をぶつけ返していただけ。好意には、好意で返す人だよな。ちょっと素直ではないのは、事実ではあるが。
「お前はどうなんだ? って、こんな事を聞いたら良くないな」
「別に良いのよ。私達は友達でしょ? 恋の話をしたって良いと思うの。レックス君には、好きな人は居る?」
同じ年の相手は、あまり恋愛対象としては見れない。未来になったら、分からないが。とはいえ、それを言ったら危険な状況になるのは、いくらなんでも分かる。
ミーア本人が誰かに伝えたら、いろんな人に広まりそうなんだよな。その結果として、フェリシアとかラナみたいに明らかに好意を持たれている相手にも伝わる。そうなってしまえば、絶対にまずい。
とはいえ、年上に好きな人が居るかと聞かれたら、別にいないんだよな。どんな人が、俺の好みなのだろうな。
「今は、そんな事を考えている余裕はないな。まずはみんなで生き延びる。それで精一杯だ」
「レックス君らしいわね。それなら、今は恋に興味なんてないの?」
まあ、恋愛関係を結びたいとは思わない。そういう意味では、興味なんてないな。ただ、みんながどんな恋愛をするかには、少しはあるかもな。
変な男に引っかかって不幸になるようなら、止めたい。幸せなら、それでいい。今のところは、そんな感じか。
「どうだろうな。みんなが幸せかどうかになら、興味はある。それに恋が関係しているのなら、というところか?」
「なら、レックス君と一緒なら、私達はきっと幸せよ。大切な友達なんだもの」
優しげな顔で、そう言っている。やはり、ミーアが太陽みたいな存在だという印象は変わらないな。こうして友達として仲良くしていても、ずっと大事にしてくれているのを感じるからな。
みんなが本当に幸せになれるように、頑張っていきたいところだ。そうすれば、俺だって幸せになれるのだろうからな。
「そうだと、良いな。俺の存在がみんなの幸せに繋がるのなら、こんなに嬉しいことはない」
「私達、みんなで幸せになりましょうね。そのための一歩が、今回の式典よ」
「なら、ちゃんと成功させないとな。と言っても、俺は王の言葉を聞くだけだが」
「そうね! じゃあ、また会いましょう! 今度は式典で、ね」
ミーアは去っていき、しばらくして、俺は国王の手の者に式典の会場へと連れて行かれた。そこでは、王が玉座に、ミーアとリーナがその両隣に座っていた。
そして、式典の場に誘われた貴族たちが、俺達の周囲を囲んでいる。まあ、それぞれの席についているだけなのだが。
俺達は、王の前でひざまずいていく。そして、王は俺に言葉を放つ。
「レックス・ダリア・ブラックよ、よくぞベージュ家の反乱を抑えてくれた。協力したカミラ・アステラ・ブラックや、メアリ・エリミナ・ブラックにも感謝したい」
王家に反乱しようとしていたのを止めた。それなら、まあ表向きは感謝されるよな。国王は、それなりに俺に好意的だとは思うが。それでも、この国では王族は絶対の存在じゃない。だから、周囲との関係次第では、俺を切る可能性だってあるのだから。
まあ、今のところは心配しなくてもいいのだろうが。というか、俺に敵対するメリットが多くない。俺の力を知っているのなら、恨まれるリスクはみんな分かるだろうからな。
だからこそ、国王は俺を軽んじることができない。その気になれば、奥を弑逆できるだけの戦力がある。それは事実なのだから。
「ありがたき幸せでございます、陛下」
「そこで、我が娘であるミーアから、そなた達に褒美を与えよう。さあ、前に来い」
そうして、俺達はミーアの前にひざまずく。いつもと違い、天真爛漫な明るさを感じない、穏やかな顔をしていたな。
「よくぞ、私達の期待に答えてくれました。この腕輪は、その証です」
そう言いながら、俺達の手に腕輪を渡してくる。それなりに魔力を感じたので、なかなかに高いものなんじゃないだろうか。魔力を込められる物質は、大体高いからな。俺の闇の魔力が例外なだけで。
「ありがとうございます。必ずや、家宝にいたします」
「時々は、身に着けてくださいね? せっかく、私が作ったんですから」
その言葉には、少し力がこもっているように思えた。まあ、手作りのアクセサリーとなると、家宝にされても困るよな。少なくとも、友達が相手なら。
だったら、身につけている姿を見せる機会も作らないとな。よし、大事にしよう。
「そのお心に今後も応えられるよう、精進いたします」
「期待しています。これからも、私達を支えてください」
その言葉を受けて、俺達は下がっていく。そして、国王は言葉を続ける。
「さて、続いてはルース・ベストラ・ホワイトだな。今回の活躍を認め、お前をホワイト家の当主に任じよう。しっかりと励めよ」
「もちろんでございますわ。必ずや、レプラコーン王国の発展に尽くします」
ルースはひざまずきながら、気合いを感じる声で宣言した。前に俺を超えると言ったのは、きっと本気なのだろう。だから、全力で突き進むのだろうな。
「その意気だ。話が娘が王になった未来でも、よく支えてもらうぞ。期待している」
「はい、必ずや。我が誇りにかけて、どんな障害も乗り越えてみせます」
ルースの努力は、これまでにずっと見てきた。自分を追い込みすぎて、潰れそうになったこともある。だから、きっと立ち止まったりしないのだろう。それを、俺も支えていきたい。
「私達の未来のために、あなたは必要な存在です。今後とも、協力してまいりましょう」
ミーアの言葉を受けて、ルースは頭を下げる。その姿を見て、俺はなにか大きな流れのうちにいると感じた。
ホワイト家は当主が変わり、ミーアは王になると宣言された。だからだと思う。だが、心のどこかに、もっと大きな何かを感じるような気がしていた。




