322話 波及する流れ
ベージュ家の当主を討ったので、今回の問題はおおよそ終わったと言って良い。とはいえ、後始末は必要なのだろう。
当主が死んだベージュ家がどうなるか、そして王家はどう対応するのか。それによって、俺の今後も変わってくるだろう。まあ、今より悪くなるとは思えないが。
とりあえず、傭兵が襲ってこなくなるだけでも十分だ。ベージュ家の当主が死んだことは、こちらにも噂として届いているようだ。それに合わせて、ベージュ家がブラック家に懸賞金を出していたという噂を流している。
それが広まれば、金目当てに俺達を襲うようなやつは居なくなるだろうな。もともと、目端の利く傭兵なら、俺に攻撃を仕掛けるなんて発想は無かっただろうが。
闇魔法使いという情報があるだけで、真っ当な手段では勝てないというのは分かるからな。仮にエリナが噂を聞いていたとして、絶対に俺を狙ったりしなかっただろう。それは師匠だからではなく、仮に俺と関係がなかったとしてもだ。
優秀な傭兵というのは、自分が死ぬような任務に挑まない。あるいは、死ぬことを前提として報酬を多く支払いさせる形もあるだろう。まあ、戦いである以上、死ぬ可能性を完全に切り離すのは不可能ではあるが。
それでも、どう見ても負け戦だと分かる戦場に突っ込まないのは、傭兵として必要な技能だからな。結局は、未熟な愚か者ばかりだったのだろう。なりふり構わない復讐者もいたにしろ。
ということで、終わった後の状況を整理していた。すると、また通話が届く。
「レックス君、終わったみたいね。こっちでも、確認できたわ」
「そうだな。ミーアが手伝ってくれたおかげだ。ありがとう」
「気にしないで! レックス君は友達だもの! 協力するのは、当たり前よ!」
弾むような声が届く。やはり、友達同士なら、損得関係なく手伝いたいものだよな。お互い立場があるから、あくまで理想ではあるが。
俺としても、ミーアの命が危険だというのなら、迷わず手を貸すだろう。きっとミーアも、同じ気持ちでいてくれるはずだ。映像が届かないと知っていても、つい笑顔になってしまう。
「なら、お前が困った時には俺が手伝わないとな。なにせ、友達なんだから」
「もう、十分に助けてもらっているわ! 何よりも、リーナちゃんとの仲を繋いでくれたんだもの!」
普通のことをしただけだとは思うが、まあミーアの気持ちを否定してもな。結果的には、俺が達成した。仮に誰にでもできることだとしても、その意味は大きいはずだ。
助けられた側からすれば、実際に助けられた事実が大きいのだろうからな。まあ、原作知識がなければ、俺も実行できなかった。そういう意味では、難題だったのかもな。
まあ、俺としては、ミーアとリーナがちゃんと幸せでいてくれれば、それで十分なんだ。
「それなら良いが。まあ、困ったことがあったら言ってくれよ」
「レックス君こそね! それで、今回の功労者に、褒美を与えることになっているわ。カミラさんと、メアリちゃんもね!」
さて、どんな褒美だろうな。まあ、称号とか金銭とかだろう。領地をもらっても、持て余すだけだ。ベージュ家の領を渡されても、飛び地になるだけだし。
まあ、ミーアだって分かっていることだろう。素直に待っていれば良いか。
「それで、王宮に行けば良いのか?」
「ええ、そういうことね! 豪華な食事も用意しておくから、楽しみにしておいてね!」
正直、一番嬉しいかもしれない。ミーアやリーナとお茶会をするのは、もっと上かもしれないが。ただ、特別感は薄い。王族とのお茶会だというのにな。仲良くしすぎて、贅沢慣れしすぎてしまったかな。
ということで、カミラとメアリを誘って王宮へと転移する。そして、ミーアの部屋へと向かった。すると、別の人も居るのを見つけた。
「ミーア、来たぞ。そこにいるのは、ルースか?」
「ええ。あたくしも、今回の事件には少し関わっていてよ」
堂々とした態度で、そんな事を言う。協力してくれたのなら、感謝しないとな。表立って俺の味方をするのは、難しいだろうに。
ルースは大切な友達ではあるが、立場上どうしても距離ができてしまう部分はある。仕方のないことではあるのだが。
「へえ。大掛かりなことをするじゃない。流石は王族ってことかしら?」
「みんなで幸せになるためだもの! 膿は取り除かないといけないわ!」
カミラは試すような目を向けて、ミーアは華やぐような笑顔を見せた。まあ、大事なことだよな。ちゃんと周囲を巻き込むのは、王族の資質と言えるだろう。
なんというか、みんな俺より優秀だよな。魔法以外のことは、大体。
「お兄様は、奪わせないんだから! ミーアちゃん、分かってる?」
「大丈夫よ。みんなで幸せって言ったでしょ? メアリちゃんも、その中に入っているのよ」
メアリはキッとミーアをにらみ、ミーアは優しい笑顔で返す。それを受けて、メアリは毒気の抜けたような顔をしていた。
「お兄様と一緒にいられるのなら、それで良いけど……」
「さて、何を企んでいるのかしらね。聞かせてもらおうかしら」
「ふふっ、みんなのためになること、よ! 私達の未来のために、ね!」
「あたくしも、ミーア様には手伝っていただきましたわ。どうにも、身内がレックスさんに迷惑をかけたみたいよ。ごめんなさいね」
カミラの言葉に対する反応からして、何か計画しているのは事実なのだろう。だが、まあ悪いようにはならないだろうな。必要なことだと思えば、ちゃんと説明してくれるだろうし。
ルースの謝罪に関しては、あまり責めることもできない。本来なら、何かの口実にするのが貴族なのだろうが。便宜を図らせるとか。
「まあ、気にするな。お前が俺に悪意を持つなんて思っていない」
「全く、甘いことでしてよ。ただ、禍根は絶ちましたわ。コソコソした関係も、そろそろ終わりよ」
まっすぐな目で、そう宣言される。良いな。ルースと気軽に会えるようになるのなら、嬉しいばかりだ。とはいえ、そこまで変わるというのなら、何か大きな事はあったのだろう。まあ、言いたくなったら言ってくれれば良いか。
「それは良いな。ルースと表立って会えるのなら、ありがたい限りだ」
「あたくしも、ホワイト家の当主になるわ。先達として、よろしくお願いしてよ」
それは、とてつもない大ごとじゃないか? まあ、それなら家の方針が変わってもおかしくはないのか。
とはいえ、家の中の意思を統一するというか、内部を制御するのにも相応の手間がかかる。今すぐ仲良くするのは、難しいだろうな。
「むしろ、こっちの方が教わるくらいかもな。俺は、仲間に任せっきりだ」
「それは、レックス君が慕われているからよ! 良いことだわ!」
「バカ弟は、貴族には向いていないものね。悪くない判断よ」
「お兄様なら、きっと最高の家にしてくれるの!」
「まったく、感慨にふける暇もなくてよ。でも、そうね。あたくしは、あなたに並んでみせる。いえ、超えてみせるわ」
ルースの目には、強い決意が見える。実際、超えられたとしても、嬉しいと思うのだろうな。ルースの努力が叶ったのだから。無論、悔しさもあるだろうが。
それでも、俺だってルースを超え返すために努力するだろう。それが、切磋琢磨というものだよな。
「そうだな、楽しみにしているよ。お互い、頑張ろうな」
「ええ。このルース・ベストラ・ホワイトの生き様を、よく刻みつけることね」
堂々と宣言するその姿は、とても輝いて見えた。




