317話 事前の備え
ミーアと策を練って、偽情報を敵に渡すことになった。それを知っている相手がどんな動きをしているかで、本当の敵を探るという形になる。
いくつかの情報に分類して何人かに流し、その中のどれを知っているかを判断する。知っているものが渡した情報に一致する人間は、とにかく怪しいよな。そんな流れで、疑わしい相手を絞る。
俺なら、そこまでうまく実行できないとは思う。ただ、ミーアは自信がある様子だ。それに、ジャンとミルラまで手伝っている。なら、ある程度の成果は期待できるだろう。完全に特定とまではいかなくても、数人に絞ることくらいはできるんじゃないだろうか。
そんな感じで、次に向けて動いている。そして、ミーアから連絡が来たようだ。
「レックス君、次の敵が分かったわ! それなりに大きな傭兵団みたい!」
おそらくは、金で傭兵を雇っているのだろう。その中で、俺達の対策も伝えるのが普通だよな。じゃなきゃ、成果は出せないだろうし。
いくらなんでも、ただ無策で傭兵に攻撃させるはずもない。俺の強さは、というかブラック家の強さは、もう伝わっているはずなのだから。
これまでは、あくまで噂だと軽んじていたとしてもおかしくはなかった。ただ、実際に傭兵が何度も全滅しているのに対策を練らないのなら、もはや脅威ではないだろう。
「それで、俺達は敵の動きを確認すれば良いんだよな。それで、怪しい相手に当たりをつけると」
「ええ。ジャン君とミルラさんに情報は伝えてあるから、そっちに任せてね!」
早速、アクセサリーの通話機能を有効活用しているみたいだな。俺を経由しなくても話せるというのは、かなり便利だろう。
ある程度は、アクセサリーの魔法が使われた形跡があれば俺にも伝わる。戦闘行動なんかをすれば、すぐに分かるだろうな。とはいえ、プライバシーの全部を知ろうとも思わない。相手が何に使っているのかは、正確には知るつもりはない。
誰かが通話しているのも分かるのだが、会話を聞こうとは思わないからな。必要なら、俺も話に混ぜてくれるだろうし。
「ああ、分かった。それで、生かしておいた方が良い敵はいるのか?」
「その判断も、レックス君達に任せるわ! 実際に戦うのは、あなた達なんだもの!」
その言葉は、俺も気をつけるべきことだよな。戦場で余計なことを気にしすぎると、その場での危険が増えるだけだ。あまり、意味のない口出しはするべきではないんだ。
やはり、ミーアはよく配慮してくれている。こっちとしても、とても動きやすい。ありがたいことだ。
「了解だ。なら、ジャン達と相談しておくよ」
「自分の安全を優先してちょうだいね! もちろん、情報が多い方が嬉しいけれど」
「分かっている。俺はともかく、みんなに怪我させる訳にはいかないからな」
「レックス君だって、危ないことはダメよ! 強いことは無敵を意味しないんだからね!」
そうだよな。俺だって心配されている。つい自分を雑に扱ってしまいがちだが、そういう態度を出していたら良くない。
みんなが自分を大事にしていなければ、俺は悲しむんだから。同じ気持ちを、みんなに味わわせるべきではない。
「ああ、分かっているさ。お前達を悲しませるようなことはしない」
「ええ、それでいいのよ。どうしても情報が足りないのなら、こっちでも手を打つもの!」
ありがたいことだ。何度も何度も敵が攻めてくるのは、心穏やかではないからな。同じ手段を繰り返さずにすむのなら、その方が良い。
とはいえ、俺は戦うくらいしかできないのだが。みんなに頼りきりで、少し情けなくもある。まあ、素人が余計な口出しをするよりはマシだと思うか。張り切った結果として邪魔をするのが、一番悪いからな。
「頼りにさせてもらうよ。まずは、今回の戦いに勝たないとな」
「そうね。もう一つ伝えておくわ。敵は傭兵団の中に自軍の兵を紛れ込ませている可能性があるわ」
ふむ。まあそうなるよな。大掛かりに兵を動かせば、誰でも気づく。なら、小さな動きにするしかない。傭兵に紛れ込ませて、何らかの任務を課す。そのあたりが限度だろう。ただの魔法使いに俺を暗殺させるなんて手段をとってもな。何もかも足りない。
だから、戦力の担保として傭兵を使うのだろう。だが、それでも戦力としては足りないのだが。本気で高位の魔法使いの理不尽さは、接していないと分からないのだろうな。
「ああ、ちゃんと軍団規模で動けば、兆候をつかまれるからか」
「そういうことよ! できれば、よく観察してみてちょうだい。何か手がかりになるかもしれないわ」
まあ、指揮官をやってそうな相手くらいしか観察できないだろうが。そこを意識するだけでも、だいぶ違うだろう。
とりあえずは、注視してみる程度だな。無理をして不利な戦局になるのは、避けたいところだ。
「無理のない範囲で、捕らえられるように狙ってみるよ」
「ええ、頑張ってね! それじゃあ、またね! 終わったら、また話をしましょうね!」
ということで、その情報をもとにジャンやミルラに相談に向かった。
「ミルラ、ジャン、ミーアから、情報は伝わっているのか?」
「もちろんでございます。我々は、連携を取って敵の動きを調査しております」
「とはいえ、あまりこっちでやることはないんですよね。兄さんの仕掛けた罠があれば、十分です」
というか、事前になって大慌てしているようなら危険だよな。普通は負ける戦場だと思う。そういう意味でも、ジャンの態度はありがたいところだ。
俺としては、戦術の話はあまり分からない。それでも、確実なことはある。それは、勝てる場を整えてから戦うのが理想だということだ。どうにかこうにか奇策で勝つより、よほど好ましい。
「まあ、事前準備の段階で勝ちを決めているのなら、そっちの方が良いだろう」
「ええ、そうですね。手間がないですし、妙に被害が増えることも避けられます」
そうなんだよな。予想していないような被害が出たら、いろいろと困る。想定している範囲の被害なら、事前に準備しておけるのだから。
やはり、ジャンの姿勢は頼りにできる。素直に効率を考えて行動する人の存在は、本当に助かるな。
「俺の力があれば、ある程度は復興に利用できるだろうが。人的損害は、どうしようもないからな」
「そうでございますね。単に数を用意するだけならば、たやすいのですが」
それはつまり、質を問わなければ人を集められるということなのだろう。やりすぎれば治安の悪化の心配もあるが、まあブラック家だからな。極端に悪くなるのは、あまり想像できない。もとが酷かったからな。
「数を用意できるだけでも、なかなかに凄まじいな。流石はミルラだ」
「レックス様にお仕えする者として、当然のことでございます」
「兄さんは、良い人を捕まえましたよ。僕も、かなり頼りにしていますからね」
本当にな。ミルラが居てくれなければ、俺は今より苦境に陥っていたのは間違いない。そう考えると、出会えたのは幸運だった。
ミルラほどの人材を軽んじる他の貴族には、いっそ感謝したいくらいだよな。それまでミルラが苦しんだと思えば、あまり言葉にはできないが。
「もとはと言えば、ラナがアカデミーを紹介してくれなければ、考えもしなかったよ」
「では、その幸運に感謝いたします。これから先も、レックス様のために尽くす所存です」
そう言って、ミルラは深く頭を下げた。その想いに報いるためにも、まずはしっかりと勝たないとな。




