314話 セルフィ・クリシュナ・レッドの欲求
私は、レックス君の先輩として、色々と支えるつもりだよ。ううん、正確には違うかな。先輩じゃなくても、後輩だったとしても、気持ちは変わらなかったと思う。
レックス君は、いつも誰かのために頑張っている。そして、いつも私のことを大切にしてくれている。その事実こそが、私の気持ちの全部だから。
表で笑って、裏で泣いて。そんな子だからこそ、放っておけないんだ。私に弱いところを見せようとしないから。きっと、私に心配をかけたくないから。
だからこそ、私はレックス君が大好きなんだ。本当の笑顔が見たいんだ。そのために、頑張れるんだ。
「レックス君は、本当に優しいよ。私のことを、いつも気遣って」
私が代わりに戦おうとすると、余計に決意を固めちゃう。私に血なんて見せたくないんだろうね。アストラ学園の生徒なんだから、殺しくらいは経験するものだけれど。
貴族というか、魔法使いは戦いの中に生きるものだから。兵器としての役割が、本当に必要なものなんだから。
そんなことは、レックス君だって知っているんだろうけれどね。それでも、私に少しでも平和を楽しんでほしいんだろうね。
カミラさんには勝てないとはいえ、私だって強いんだけどね。普通の魔法使いなら、簡単に殺せるくらいには。
それでも、レックス君は私を心配し続けるんだろうね。顔を見なくても、分かっちゃうよ。
「だからこそ、懸賞金をかけた相手は許せない。あんないい子を、傷つけようとするんだから」
怒りが湧き出してくるのを感じるよ。拳をどこかに叩きつけたい程度には。レックス君に見られちゃったら困るから、できないんだけどね。
私は、レックス君に尊敬される先輩でいたい。その想いは、嘘じゃないから。汚したくないから。
それに、レックス君はもっと我慢しているんだろうからね。私がすぐに怒ってたら、格好がつかないよ。
とはいえ、本音ではレックス君の敵なんて殺してしまいたいんだけど。
「でも、私が動けば、きっとレックス君を困らせちゃうんだろうね。私を傷つけたくないから」
私が傷つこうとすれば、もっと頑張ろうとしちゃう。それは、私の望むところではないからね。私は、レックス君を支えたいんだから。負担をかけるのなら、本末転倒だよ。
とはいえ、遠くから見ているだけなのは、やっぱり歯がゆいよ。唇を噛みそうになっちゃうくらいには。
レックス君が私の参戦を素直に喜ぶような子なら、今ほど好きになっていない。それが分かるからこそ、悲しいよ。
私はレックス君を支えたい。なのに、その感情がレックス君を困らせちゃうんだから。ままならないものだよ。
「ほんと、もどかしいな……。レックス君のためなら、別に殺したって良いのに」
これまで人の期待に答えてきたのは、単なる惰性だったからね。そんな人達は、別に切り捨てたって良いんだ。だから、私の評判だって気にしなくていいんだけどね。
ただ、レックス君が気に病むのは簡単に分かってしまうよ。別に、私はそれほど傷つかないだろうけれど。レックス君の優しさの証ではあるけれど、ちょっと見ていられない部分もあるよ。
レックス君なら、どうでもいい他人に評価されることの価値だって分かるんじゃないかな? なんて、有象無象に嫌われても気にしていたのがレックス君か。そんな繊細さこそが、優しさの源泉なんだろうけれどね。
とはいえ、心配になるよ。レックス君は、抱え込みすぎている。それは単なる事実だから。自分の方が大変なのに、こっちの心配ばかりしちゃう。私が傷つかないかを、ずっと考えている。
「私は、レックス君が思っているほど優しくはないんだよ。最近、気づいたんだけどね」
正直に言えば、レックス君以外の人はどうでもいいかな。いや、カミラさんに憧れがあったりするし、完全にみんなに興味がないことはないけれど。
それでも、有象無象がどうなっても知ったことではないのは事実だから。そんなものなんだよ、私はね。
レックス君は、目の前で誰かが苦しむ姿を見ていられない人。親しい人以外を切り捨てようとしても、心のどこかに残り続ける人。
私は、たぶん次の日には忘れていると思うよ。それくらい、他人に興味がないんだ。というか、嫌いだよ。
勝手な期待を私に向けて、私に負担ばかりかけてきた人たち。そんな存在に、情なんて持つはずがないじゃないか。
「まあでも、レックス君には良いところを見せたいかな。やっぱり、尊敬されたいからね」
そういう意味では、これまでの先輩を演じるのも悪くないかもね。とはいえ、やっぱりレックス君を一番大事にしたいよ。もう、私の優先順位は決まりきっちゃったんだ。
レックス君が私を好きでいてくれる。それだけで、私は強くなれるんだ。幸せになれるんだ。
私は、レックス君に必要とされたい。頼られたい。甘えられたい。そして、もっとずっと好きになってほしいんだ。
「私にも、こんな普通の欲求があったんだね。ずっと人を助けてきただけなら、分からなかったかも」
ただ周囲の願いを叶えるためだけに動き続けてきた、かつての私。その頃には少しも感じなかった幸せを、確かに感じているんだ。
やっぱり、大好きな人ができることは、とっても素敵なことだよ。レックス君に出会えた運命に、強く感謝したいくらい。
私が本当に欲しかったものは、私を信じてくれる人。好きでいてくれる人。そんな人だからこそ、心から支えたいと思っちゃうんだ。頑張りたいと思っちゃうんだ。
「レックス君のせいだけど、感謝しているんだよ。今は幸せだからね。レックス君のために頑張るのは」
他の人達のために頑張っていた時は、苦しいだけだった。いま思えば、無駄な時間だったよ。だけど、そのおかげでレックス君に優しくすることができている。それだけは、感謝してもいいかな。
私は、レックス君だけが生きる理由なんだ。努力する理由なんだ。優しくしたい人なんだ。そんな人と出会えるのは、最高の幸運だよね。
「だからこそ、レックス君の敵を殺せたら嬉しいんだけどな。まあ、仕方ないか」
レックス君を困らせてまで、私の欲求を叩きつけるのもね。私がいっぱい殺したら、レックス君は自分を責めちゃうだろうから。
別に、私はいちいち傷ついたりしないんだけどね。レックス君みたいには。でも、我慢しないとね。
「私の目的は、レックス君を幸せにすることなんだから。そこを見失っちゃいけないよね」
レックス君を不幸にするのなら、私の行動は害悪でしか無いよ。だから、ちゃんとわきまえないとね。相手のためを思うってことは、自分の都合を押し付けないってことなんだから。レックス君が、教えてくれたことなんだよ。
「とはいえ、レックス君に求められたら、いつでも戦うんだけどね」
その時には、私の全力を尽くすよ。どんな敵が相手だったとしても、容赦なんてしないからね。私は、レックス君のために生きるんだから。
「あるいは、レックス君が本気で傷ついていたら、かな」
そうなったなら、手段を選ぶ気なんて無いよ。子どもを人質にとってでも、必ず殺す。私には、絶対に譲れないものがあるんだから。
「とにかく、私はもう覚悟できているよ。何を敵に回したって、構うものか」
レックス君だけ信じてくれるのなら、それで良いんだよ。私にとって必要なのは、それだけだから。他の何も、いらないんだ。
私は、きっと歪んでいるんだろうね。でも、知ったことじゃないよ。まっすぐでいても、何も手に入れられなかったんだから。
「ずっと頼ってね、レックス君。私は、何でもするからね」
だから、私と一緒にいてね。それだけで、私は幸せなんだから。
約束だよ、レックス君。




