313話 優しさの影で
フィリスやエリナの意見をもらって、みんなにも俺の魔法を使って罠を設置してもらうための準備を進めている。使いたい人だけが使えば良いとは思うが、それでも分かりやすい仕組みと運用を構築するのは必要だよな。
みんなの手助けをするための手段として用意しているのだから、邪魔になっては意味がない。ということで、今すぐに使ってくれとは言わないと思う。少なくとも、ちゃんと使える仕組みを用意してからだ。
設置した罠を運用するだけなら、ミルラとジャンの意見を聞けば済むだろう。ただ、今回はみんなの考えで罠を設置してもらうことになる訳だからな。みんなが俺の魔力をどうやって操作するのかを、しっかりと構成しないといけない。
そのために、とりあえず基本となる型を用意しておけば良いのではないかと思う。それを使ってから、他の運用に回すような。
例えば、トゲや刃物を出す型、爆発させる型といった感じで作っておいて、そこから創意工夫する形がいいだろう。また、安全装置も大事だ。少なくとも、想定外の攻撃をしなくて済むように。
考えることが多くて大変だが、みんなのためだ。そう思うと、気合いが入っているのを実感できた。
そんな風に時間を過ごしていると、通話の反応があった。すぐに、聞く体勢に入る。
「レックス君、今は空いているかい? 少し、君と話がしたくて」
久しぶりに聞く声だった。アストラ学園の先輩である、セルフィの声だ。ハキハキしているのに、どこか優しさがある。気持ちが落ち着くような声だな。
それにしても、懐かしい。俺のことを支えようとしてくれていて、相談に乗ってくれようともしていた。頼りになる先輩なんだ。
「セルフィ? どうした、急に。いや、別に構わないが」
「レックス君の顔が見たくなって。最近、色々あったみたいじゃないか」
なんとなく、声が沈んでいるように思えた。まあ、心配をかけたのだろうな。実際、逆の立場だったら不安になるだろうし。
それなら、お互いのために会っておいた方が良いだろうな。俺としても、セルフィの顔を見られると嬉しいのだから。
「ああ、分かった。なら、会いに行く。今は、どこにいる?」
「自分の部屋だよ。だから、すぐに来てくれて良いからね」
ミュスカやらミーアやらにも自分の部屋に誘われた身で言うのも何だが、無防備すぎじゃないか? 信頼されていると言えば聞こえが良いが、正直に言えば心配だ。
俺にだって、魔が差す瞬間があるのかもしれない。そう思えば、もう少し警戒してくれて良いのだが。
「まったく。俺も男だということを忘れていないか? その気になれば、お前は……」
「心配してくれて嬉しいよ。でも、それでレックス君が満たされるのなら、別に良いよ」
穏やかな声で、そう告げられる。気持ちは嬉しい。それは本当ではあるのだが。ただ、不安だ。俺のために我慢を重ねたりしていないだろうな。
セルフィは間違いなく俺を大事にしてくれている。だからといって、それでセルフィが傷つけば、何の意味もないんだから。
「もっと自分を大事にしろ。本当に、仕方のないやつだ」
「レックス君こそ。私だって、誰でも良いという訳ではないんだからね」
「本当に分かっているのか……? まあ良い、会いに行くから、待っていろ」
ということで、すぐに転移をする。この技、密会に便利すぎる。その気になれば、どこの誰とでも話せるのだから。
そして、俺と知り合いくらいにしか使えない技だからな。とてもではないが、対策を打てないだろう。逆の立場なら、普通に無理だ。
セルフィは俺の顔を見て、穏やかに微笑んだ。やはり、落ち着ける人だよな。
「よく来てくれたね、レックス君。思っていたより元気そうで良かった」
まあ、俺は命を狙われている訳だからな。眠れない夜を過ごしても、おかしくはない。とはいえ、大抵の手段では俺を傷つけられないだろうからな。
正直、頭上に隕石が落ちてくる確率くらいの危険性だと思う。個人的には、あまり不安ではない。油断は禁物ではあるが、過剰な心配も不要だろう。
「まあ、俺はほとんど何もしていないからな。戦っていたのは、カミラとメアリだし」
「それだって、レックス君は心配だよね? そういう人だって、よく知っているつもりだよ」
「確かに、知り合いが傷ついたら苦しいのは事実だ。でも、仕方のないことだ」
「……ねえ、レックス君。君の代わりに、私が戦おうか? 分かっているんだ。そんな事を言えば、君は頑張ってしまうって。でも……!」
うつむきながら、そんな事を言う。実際、父を殺すと決意したのも、セルフィが代わりに父を殺そうかと言っていたからだ。そんな事をさせるくらいならと、俺が殺そうと決めたんだ。
そして、セルフィは俺がどう考えていたのかを理解していたのだろうな。それでも、今の言葉を抑えきれなかった。それだけで、どれほどの気持ちを抱えているかは分かるつもりだ。
逆の立場なら、同じようなことを考えるのだろうな。だから、本当に戦っても良いと思っているのは理解できる。
それでも、俺は親しい人の幸福が一番大事なんだ。あまり、無理をしてほしくない。セルフィは、心優しい人なんだから。きっと、人殺しなんて似合わない。
「ありがとう、セルフィ。お前の気持ちは嬉しいよ。でも、俺はお前に穏やかな生活を送ってほしい」
「やっぱり、そう言うよね……。ねえ、レックス君。私は、愚痴ならいつでも聞くよ。つらいなら、抱きしめてあげるよ」
「それは、恥ずかしくはあるな……。だが、ありがとう」
「嬉しいのなら、こっちに来て。いい子いい子ってしてあげるから」
そんな事を言いながら、両手を開く。柔らかい笑顔を、こちらに向けたまま。きっと、断ったら傷つけるのだろうな。そう考えたら、俺の行動は決まっていた。
「あ、ああ。……そうだな、頼む」
セルフィの胸に、ゆっくりと近づいていく。すると、頭を抱えられて、ゆっくりと撫でられた。優しい気持ちが伝わってきて、穏やかな気分になれる。
しばらくそうしていると、強く抱きしめられた。
「レックス君は、こうやって生きているんだね……。体温を感じると、よく分かるよ」
「人の体温というものは、心地良いものだからな。俺も、安心しているよ」
「なら、良かった。レックス君の力になれるのなら、こんなに嬉しいことはない」
穏やかな声で、そう言っていた。本当に、優しい人だ。俺なんかには、もったいないくらい。でも、そんな卑下をしたら、きっとセルフィの方が傷つくんだろうな。
どこまでも人のことを考えている、素晴らしい人だ。だからこそ、大切にしたいよな。
「お前が俺を大事に思ってくれるという事実だけで、勇気づけられているよ」
「本当に、優しい子だ……。なのに、それを理解しない人たちが……」
か細く低い声で、そう言っていた。おそらくは、俺の立場を考えているのだろう。親しい人以外には、あまり好かれていないからな。
だが、俺のことでセルフィが苦しむのは、ハッキリ言って嫌だ。それだけは、伝えておきたい。
「あまり、気に病まないでくれ。お前が笑顔で居てくれる方が、俺は嬉しい」
「そういう人だとは知っているけど、やっぱり……」
まあ、言葉だけで心が変わるはずもない。それは仕方のないことだ。だが、セルフィが幸せで居てくれるのなら、それが一番嬉しいんだ。俺にとって、一番大事なことだ。
「俺は、お前に傷ついてほしくない。それだけなんだ。無茶なことは、しないでくれ」
「ありがとう、レックス君。こっちの方が、元気づけられちゃったかな」
「そうでもない。お前との時間は、確かに癒やしをくれたんだ」
そう言うと、また強く抱きしめられた。セルフィと、当たり前に笑顔で居られる時間を作る。そのためにも、さっさと敵を倒してしまいたい。そう感じた。




