312話 エリナの欲望
私は、レックスの成長を見守るために、まずは自分が剣を極めるという道を選ぶと決めた。
目指すところは、大きく分けてふたつ。魔法を持たない獣人なりに、魔法と剣技の融合の道を示すこと。そして、レックスにすら通じる剣技を生み出すこと。
そのふたつが達成できたのなら、レックスはさらなる境地にたどり着くだろう。それこそが、私の生きた証になるんだ。
レックスに出会うために、私の生はあった。それだけは、間違いないのだから。
「レックスが傭兵に狙われている。その事自体は、致命的ではないだろう」
私自身が数多くの戦場で戦ってきた上での結論だ。おそらくは、間違っていない。レックスを殺したければ、並大抵の手段では不可能だ。
レックスの周囲から人質を取ろうとしても、その周囲だって強者で、何よりレックスの魔法に守られている。今の私が100人居たところで、達成できないだろうな。
だから、レックスの心配はしていない。少なくとも、道を絶たれる未来にはならないだろうな。
「徒党を組んだところで、レックスに勝てる傭兵など思い当たらない」
いい勝負をするだけでも、フィリスに並ぶ程度の力が必要だ。そして、フィリスほどの存在は、居たとしても傭兵として生きたりしない。そんな道よりもっと良い生き方は、いくらでもあるのだから。強ければ、道を選ぶのは簡単なのだから。
少なくとも、私が傭兵として生きていたのは、圧倒的な強者ではないからなのだから。確かに、並大抵の魔法使いなら容易に殺せる。だが、その程度でしかない。フィリスとは違う。
そもそも、フィリス・アクエリアスは絶対的な強者として知られている。最強の魔法使いとして。それと並ぶほどに強ければ、動くだけでも噂になるだろうさ。今でもレックスの情報が簡単に手に入るようにな。
つまり、レックスの脅威になるほどの存在は、レックスを倒すためには動いていない。
「レックスが人を殺すことで苦しむ危険性はあるが。まあ、必要なことだ」
どの道、人を殺さない未来などないだろう。レックスほど強いならば、他者と関わらずに生きるしかないだろうな。そうでなければ、何かに巻き込まれる。
そして、レックスは自分にとって親しい相手を切り捨てられない。ならば、未来など決まったようなものだ。ならば、慣れるしかない。
まあ、人を殺すのは嫌な気分になる。それは私も同じだ。だからこそ、レックスとの交流で心を落ち着けさせるのも、大事なことなのだろうが。
レックスは、人を殺すという事実に悩み続けるのだろうな。私は、いつでも人を斬れる存在だが。
「どんな道を選ぼうとも、あれほどの力ならば戦いはついて離れないはずだからな」
だから、レックスを強くするのが私の最大の役割だ。強ささえあれば、選べる道は増えるのだから。弱いやつには、選択肢すらない。それは、傭兵として生きる中で思い知った事実だ。
そもそも、あまりにも弱ければ生き延びることすらできないのだから。まずは強くなる。それが手っ取り早い。
だからこそ、私だって強くなるべきなんだ。選べる道を増やすためにも。レックスとともに生きるためにも。
「私がなすべきことは、レックスに通じる剣技を生み出すことだ」
それこそが、私の道に必要なものだ。レックスの敵を打ち破るためにも、レックスの師として、さらに成長させるためにも。
私自身が最強の剣士でないのなら、レックスの師としてはふさわしくないだろう。それは間違いのない事実だ。
だからこそ、私は最強の剣技を生み出す必要がある。最強の魔法使いであるレックスにも通じるほどの技を。そして、レックスに伝授する。それが、私の生きるべき道だ。
「レックスに教えれば、様々な意味で成長に繋がるはずだからな」
単なる剣技の可能性にも気づけるだろう。そして、私の剣技を身につけることで、さらに強くなるだろう。そして何より、レックスは新しい道を見つけ出すだろう。
魔法と剣技の融合は、私にはできない。その道を、レックスなら極められるはずだ。だからこそ、私は進み続けるだけなんだ。
「魔力を持たぬまま、レックスの防御を貫く剣。レックスの魔力を感じていれば、道は見えるだろう」
魔力のこもったアクセサリーを贈られたのは、ちょうど良かったな。そこから、魔力の性質を探り出す。魔力を持たない私が魔力を知るための、唯一の手段だ。
これまでは、未知だったからこそ停滞していた。今の私なら、そう遠くない未来に完成させられるだろう。
「おそらくは、魔力にも流れがある。それを探ることができれば……」
魔力の流れに合わせて、防御に剣をくぐりこませる。おそらくは、針の糸を通すよりよほど繊細な動きが必要になるだろう。そして同時に、流れの変化に勝る速さも必要だろう。
だが、私にはできる。レックスにも。だから、誰が相手でも通用する剣術は、もう見えているんだ。
「その剣技をレックスが極めれば、誰も勝てない存在ができあがるだろう。楽しみなものだ」
単純に剣技だけでも、あるいはフィリスにすら通用するかもしれない。魔法と重ね合わせたならば、影を踏める存在すら居ないだろうな。
だからこそ、その未来を確実なものにしなければならない。私の全身に力がたぎるのが実感できた。
「レックスが驚く姿も、見てみたいものだな。私の限界は、まだ先にある。そう教えてやろう」
自慢の防御を貫かれた顔は、可愛らしいのだろうな。想像するだけで、胸が弾むようだ。レックスの様々な一面を見られるのは、嬉しい限りだな。
単なる剣の師として生きていたのなら、今のような感情は抱かなかっただろう。これまでは知らなかったが、慕われるというのは心地良い。レックスが教えてくれたことだ。
ただ、その道にはまだ壁がある。
「カミラにも勝てないことには、レックスの剣を本当の意味で染め上げることはできない」
カミラは、レックスの目指す剣と魔法の融合を実現している存在だからな。以前は私が勝った。だが、カミラとて成長しているに決まっているのだから。
私には、停滞して良い時間などない。レックスの師でいるためには、並大抵の強さでは足りない。まったく、贅沢なことだ。
だが、だからこそ、レックスを私の剣技で染め上げるのは心地良い。あれほどの才能に、私を刻めるのだから。どんな剣士だって味わえない悦楽が、そこにはある。
「私に染め上げたレックスは、もっと強くなるのだろうな……」
想像するだけで、興奮してくる。どれほど優れた技を見せてくれるのか考えただけで、鼓動が早くなるものだ。
レックスは、まだまだ強くなる。私を遥かに超えて、どこまでも。
「そして、さらなる強さでレックスが私を組み伏せる。本当に、楽しみだ」
レックスに負けて、その強さを私に刻まれる。その上で、私のすべてを奪われる。想像しただけで、息が荒くなるのを感じる。
体が熱を持って、今すぐにでも暴れまわりたいくらいだ。
「レックスに押さえつけられるのは、さぞ興奮するのだろうな……」
いま感じているものよりも、ずっと強く。レックスの強さとたくましさを実感しながら、オスとしての力強さも叩き込まれる。どれほど素晴らしい瞬間になるのだろうな。
レックスに出会わなければ、私は知らなかっただろう。誰かに押さえつけられたいという感情なんて。だから、責任を取ってほしいものだ。
「さあ、私を屈服させてくれよ。お前ならば、絶対にできる」
身も心も、お前のものにしてもらおう。レックスの欲望を、私に叩きつけてもらおう。そうすることで、これまでの人生で感じたことのない快楽に浸れるのだろうから。
「そのためにも、まずは剣技を完成させなくてはな」
未来を夢見て、私は剣を振り続ける。その一筋一筋に、あらゆるものを焼き焦がせそうな熱がこもっていた。
なあ、レックス。お前の男らしさを、私に思い知らせてくれよ?




