311話 フィリス・アクエリアスの誓い
私は、レックスの師匠として相談を受けることが多い。私から提案することもあれば、レックスの案を実現するために意見を出す時もある。
いずれにせよ、レックスの発想はとても面白い。私達とは異質な何かを感じる時もある。その異質さがどこから来ているのかは、どうでもいい。大事なのは、レックスが見せてくれる景色だけだから。
闇魔法を侵食させたアクセサリーというのは、レックスらしさが出た発想だった。その運用は、私も色々と考えさせられた。私自身、新しい魔法を生み出すきっかけにもなった。
今回も、レックスとの会話の結果、レックスは新たな力を身に着けた。それに貢献しているという事実には、興奮するものもある。
レックスを私の色で染めている。飛び抜けた才能を持つ存在を、私が塗り替えている。悦楽というものは、まさにこのことだと理解できた。
「……感心。レックスは、また成長している」
それを実感できるだけでも、会う時間が楽しみになる。無論、レックス個人を好ましいと思っている感情もあるけれど。
私に対する尊敬は、間違いなく本物。その上で、私の願いを叶えるために、私を越えようとしていた。実際に超えた。とても、素晴らしいこと。他の誰にも、できなかったこと。
戦えば、私は負ける。そう知っていて、ずっと尊敬される。その事実は、とても嬉しいもの。師であることの喜びは、レックスが教えてくれたもの。この胸の暖かさは、他の誰かの師になっていても、得られなかったもの。
「……期待。きっと、もっと素晴らしい魔法を見る機会はある。とても、楽しみ」
レックスは、これからも成長し続ける。それは間違いない。問題は、どれほど早く成長するのかだけ。私としては、できるだけ早い方が良い。ただ、無理をさせたくない気持ちもある。
かつては、単なる闇魔法の材料として見ていた。だけど、今は違う。私個人としても、大切な存在だから。
魔法だけが上達すれば良いだなんて、考えていない。レックスが人間としても立派になって、そして何よりも幸福になること。とても、大切なこと。
「……機会。レックスの成長のために、場を整える必要がある」
健やかに育ってほしいと思ったのは、レックスが初めて。他の人間もエルフも、正直に言えばどうでもいい。エリナとは、レックスの師としての共感はあるけれど。それと、連帯感も。
やはり、最高の才能を磨くのは、とても楽しい。同時に、慕われる嬉しさというものも、確かにある。ただの賢者としてでなく、大切な存在として尊敬される。そんな相手は、居なかった。居たとして、私が気にするほどの才能は持っていなかった。
だからこそ、レックスの成長のために全てをかける価値がある。私の長い生は、そのために存在したのだと思える。
ただ、気をつけるべきこともある。
「……計画。何人か、レックスを利用するつもりで動いている」
レックスの周囲で、面倒なことが起きている。それは、簡単に分かる。そして、レックスに欲望を抱いている存在も見える。
基本的には、レックスが無事に生きられるのなら、それでいい。どんな計画だろうと、構わない。
ただ、例外はある。
「……妨害。そう。レックスの成長は、絶対に邪魔させない」
レックスが見せてくれる景色を奪おうとするものは、許すつもりはない。そんな存在には、私が恐れられる理由の一端を思い知らせても良い。私は、ただの五属性とは格が違う。そう言われるのがなぜか、教えてあげても。
基本的には、レックスの親しい人は、なんだかんだでレックスを大事にしているとは思う。負担をかけているのは、私も同じこと。
とはいえ、師としては不満もあるけれど。レックスの時間を奪われたら、私との時間が減る。
「……待望。レックスが私を尊敬しているのなら、交配も狙える」
レックスと交配して、ハーフエルフを生む。その目標は、まだ変わっていない。レックスは、きっと子どもを愛そうとするのだろうけれど。私は、レックス自身にしか愛情は持っていない。きっと、子どもだという理由では愛着は湧かない。
私は、これまで他人に興味を持ってこなかった。レックスだけが、特別だった。それは、きっと変わらないことだから。
「……観察。ハーフエルフの魔法は、とても興味深い。何体でも産みたい」
闇魔法を持つエルフは生まれるのか、しっかりと実験したい。そうでなくとも、レックスの才能はどの程度遺伝するのかを知りたい。
レックスの家族は、私から見れば凡庸。だから、数を産むのは大事だろうけれど。そのためには、出産を何度も行う必要がある。
「……実験。レックスは、どんな行為に喜ぶのか。それだって、興味はある」
レックスが私に夢中になるならば、とても嬉しいだろう。何をすれば満足して、何をすれば私に溺れるのか、色々と試したい。
あくまで、レックスも男。私という女を組み伏せるのは、気持ちいいだろう。私ほどの名声と実力を持った存在を手にするのは、満たされるはず。
そのためになら、奉仕したって構わない。レックスが喜ぶことも、私にとっては大切。その結果としてハーフエルフが生まれるのだから、得ばかり。
「……成長。私とレックスの魔法で、子どもに影響を与えることもできるはず」
人体に魔力を侵食させるということは、そういうこと。レックスの魔力をアクセサリーから使えるのなら、私が実験することもできる。
その結果として、新しい生物を生み出せるかもしれない。新しい魔法を見られるかもしれない。そんな未来は、とても素晴らしいはず。
「……誘惑。レックスが私を抱きたいと思えるように、必要なこと」
私が美人だというのは、客観的事実の様子。だから、女としては魅力的なはず。どうやって誘うかも、考えるべきだろう。
それに、レックスと結ばれるのは、きっと幸せ。私が唯一認めた男だから。愛を交わすことにだって、興味はある。
だからこそ、未来を守る必要がある。
「……疑念。邪神には、絶対にレックスを奪わせない」
そうなる前に、最後の手段は用意している。レックスの肉体も人格も魔法も、全てを私に溶かす魔法。すでに検証も終わっているから、いつでも実現できる。
とはいえ、胸に浮かぶ感情は喜びではない。
「……嫌悪。レックスを取り込むのは、本当に最後の手段。できれば、避けたい」
レックスと溶け合うのは、きっと気持ちいいのだろう。想像するだけで、震える程度には。それでも、レックスの成長を見守りたいという思いは消えていない。
私は、レックスの師匠としての自分だって、大切にしているつもり。レックスの人間性だって、大事なもの。
「……継続。人格は同じでも、産み直したレックスは、きっと違う」
取り込んだ後で、私の子どもとして産む手段もある。レックスの人格を残したまま、別の体で。きっと、エルフになるのだろうけれど。
だからこそ、今のレックスと同じにはならないだろう。そんな未来は、避けたい。間違いなく、私の本心。
とはいえ、レックスを私の子宮から産むことに興味がないと言えば、嘘になるけれど。
「……勝利。レックスが、邪神に勝つ。そのために支えるのは、当然のこと」
そうすれば、私は今のレックスと未来を紡げる。それが、一番いい未来のはず。だから、そこに向けて進むだけ。
「……喜悦。離れていても、レックスの魔力を操作できる。とても、素晴らしい」
レックスの魔力を使って、新しい魔法を実験できる。それだけでなく、レックスをいつでも感じられる。胸が熱くなるのを実感できる。
「……約束。レックスが生きている限り、私はレックスの師匠」
それだけは、絶対に変わらない。取り込むとしても、産み直すとしても。
私たちは、ずっと一緒。




