309話 ルース・ベストラ・ホワイトの願い
あたくしは、レックスさんと競い合いたい。ずっと、そう思っているわ。かつて彼に突っかかって、それでも優しくされてからは、特に。
結局のところ、あたくしを本当の意味で認めてくれるのは、信じてくれるのは、レックスさんだけ。
ハンナさんやミーア様のような方とも、付き合いはあります。信頼されているとも思います。ですが、それとは違うのです。
あたくしに期待してくれているのは、レックスさんだけ。あたくしがもっと強くなると、もっと大きな人間になると、そう思ってくれているのは。
だからこそ、置いていかれたくない。失望されたくない。レックスさんだけは、失いたくないのよ。
「レックスさんは、また強くなっていたわね……。魔力の動きで、よく分かるわ」
久しぶりの再会でも、そこが目についたわ。ただでさえあたくしより強かったレックスさんは、もっと進歩している。
あたくしだって、成長している。それは事実よ。でも、レックスさんとの距離は開いてすらいる気がしたわ。
そんなザマで、どうして好敵手を名乗れるというのかしら。あたくしは、ただ負けるだけの存在でしかないのでしょうか。
嫌よ。レックスさんにだけは、置いていかれたくないわ。そんな未来を想像しただけで、手が震えるの。魔力の操作が乱れるの。背筋に冷たさが走るのよ。
「あたくしは、少しでも近づけているのかしら……? ただ停滞しているだけではなくて?」
順当に成長しているだけでは足りない。そう知っていて、ただ普通の訓練をする。怠慢だと、理解できていたはずなのに。
あたくしは、単に怠惰な道を選んでいただけだったわ。訓練をした安心感に浸って、実際の成果から目を背ける。そんな道を。
なんて、ふがいない。レックスさんは、いつだってあたくしの前を走っていた。それを知っていて、自分との戦いを続けることに、何の意味があったというのかしら。情けなくて、笑えてきそうよ。
「強さでは勝てないのだとして、他に何なら勝てるというのです?」
あたくしは、何も持っていないわ。ただ貴族に生まれただけの、ただの人間。そうとしか言えないもの。いえ、父や母を含めたホワイト家の人間すべてより、あたくしの方が強いのだけれど。
でも、そんな事実は何の慰めにもなりはしないわ。ただの弱者と自分を比べて、それで満足する。そんなものは、誇りなど存在しない、ただの愚か者でしかないもの。
だからこそ、あたくしは別の強みを見つけるべきなのよ。力で負けたとしても、せめて対等でいられるように。友人として、支え合えるように。そうでなければ、あたくしの人生に意味なんてないわ。
「レックスさんはブラック家の当主として活動しているわ。転じて、あたくしは……」
ただの学生。何も持っていないだけの、無力な女。情けなくって、涙が出そうよ。結局は、あたくしの才能なんてその程度。
確かに、ただの凡人から見れば雲の上なのでしょう。だけど、レックスさんとあたくしの間には、あたくしとただの凡人くらいの差があるのよ。少なくとも、魔法の才能では。
なら、どうにかして自分の強みを見出すべきなのよ。あたしが勝っているところなんて、家柄くらいでしょうけれど。そんなザマだから、ただ差をつけられるだけなのよ。愚かな女よね、あたくしは。
「ただの小娘のまま立ち止まっていては、レックスさんと対等になど、なれはしないわ」
そうよ。足踏みしている時間なんてないわ。悩んでいても、無駄なのよ。一刻も早く、進むべき道を見つけなくてはならないのよ。
あたくしは、レックスさんに無価値な女だと思われたくないの。いえ、友人である限りは、大切な存在であるのでしょう。だからといって、それに甘えるなんてありえないわ。
だって、そんなの対等でもなんでもないもの。友人でもなんでもない、ただ依存しているだけの女なのよ。そうであって良いはずがないでしょう?
レックスさんは、その圧倒的な才能に溺れていないわ。好敵手を目指すあたくしが、自分の立場に甘えて良いはずがないのよ。
そう。力でも立場でも、何だって良い。その何かで、輝きを見せないといけないのよ。
「あたくしは、ただのホワイト家の娘。貴族としてすら、差をつけられている」
レックスさんは、ブラック家を運営して、更に立場を大きくしているわ。あたくしは、何もしていない。ただ、学生として日々を過ごしているだけ。
そんなザマで、彼の友人として自分を誇れるの? 答えなんて、問いかけるまでもないでしょう。そうでしょう、ルース・ベストラ・ホワイト。ただの無力な小娘よ。
あたくしは、何者でもない。その事実を認めるべきなのよ。レックスさんを追いかけるだけの存在なのよ。周回遅れだというのにね。
「魔法で勝つことなど、更に遠くてよ。あたくしには、何もないわ」
だからこそ、全力で駆け抜ける必要があるのよ。全身全霊を振り絞って、知恵の限りを尽くして、最善の道を最速で走る。
ただがむしゃらで居て良い立場は、とっくの昔に終わっているのよ。あたくしは、自分の状況を理解している。そうよね。
「今までの努力では、足りないわ。そんなの、何もしていないのと同じよ」
停滞なんて、もはや後退よ。そう思うべきなのよ。ただ普通に成長するだけで良いはずがない。あたくしの持てる全てを尽くして、命を燃やしてでも進むべきなのよ。
そうじゃなきゃ、あたくしは自分を認められないわ。レックスさんの好敵手でも友人でもなんでもない、ただのあたくしなんて。
「あたくしは、レックスさんの友人でいる。そのためにも、力が必要なのよ」
ただ負け続けるだけの存在は、友人でもなんでもないわ。分かりきった事実よ。少なくとも、一矢報いることは前提条件なのよ。
それでも、魔法を鍛えるだけでは勝てないわ。そこは、レックスさんの最大の強み。だからこそ、あたくしは別の道を選ぶ必要があるわ。負けると分かっていて無策で挑むのは、努力ではないわ。ただの怠慢よ。
「もう、手段を選んでいるような段階ではないわ。すでに手遅れかもしれないのよ」
今からレックスさんに追いつけるのか、あたくしには分からないわ。見えないくらい、遠くを進んでいるのだから。
それでも、諦めたらそこで終わりよ。あたくしは、単なるゴミになり果ててしまうわ。そんなの、他の誰でもない、あたくしこそが許せないのよ。
「当主になって、それが第一歩なのよ。目標というには、軽すぎるわ」
達成して当然のこと。単なる通過地点。喜ぶことすら愚かでしかない。そんなものなのだから。だから、足踏みなんてしていられない。何を犠牲にしてでも、絶対に手に入れるべきなのよ。
あたくしは、レックスさんに追いつく。そのために、何でもするわ。
「レックスさんは、もっとずっと先に進んでいるんだもの」
あたくしが今こうしている間にも、進み続けているのでしょう。そうと知っていて、立ち止まって良いはずがない。そんな甘えは、許されはしないわ。
分かっているのよ。あたくしの才能は、レックスさんには遠く及ばない。なら。
「あたくしだけが立ち止まっていて、良いはずがないわ……」
拳を握りながら、誓ったわ。あたくしは、必ず追いつくと。そこからが、始まりなのよ。あたくしとレックスさんの関係のね。
まだ、物語に入ってすらいないわ。そんなあたくしに、甘えなど許されない。
「それなら、何としても当主になる。そこからよ」
単なる前提条件を満たす程度のことに、時間なんてかけられないわ。今すぐにでも、当主になるべきなのよ。
「たとえ、父を殺すことになったとしても構わないわ。そうよね?」
あたくしより弱いのに、あたくしを見下す愚か者。父殺しは、レックスさんは悲しむのでしょうけど。あたくしには、情なんてないわ。だから、切り捨てるだけよ。あたくしの未来には、必要ないのだから。
待っていてね、レックスさん。あたくしは、必ずあなたと対等になってみせるわ。その先の未来でも、ずっと一緒よ。ね?




