306話 本当と嘘
ミーアが用意してくれた、親しい人とのお茶会。その準備を終えたとのことで、今はその会場に転移するところだ。
久しぶりに会うので、少し緊張する。みんなは、前と変わっていたりするのだろうか。悪い方向でなければ、変化も楽しみたいところではあるが。ちょっとやそっと変わったくらいでは、友達でなくなったりはしないだろうからな。
ということで会場にたどり着くと、そこには3人が待っていた。黒髪のミュスカは、穏やかな笑顔を向けてくる。緑髪をまとめたハンナは、真面目な顔で手を振ってくる。白い髪のルースは、どこか不敵な顔だ。
それぞれの態度を見て、懐かしさが湧き上がってきた。ミュスカは表向き穏やかだが、腹黒い一面もある。ハンナは印象通りの真面目な人だ。ルースは強気なお嬢様といった風情だったな。今でも、昔の会話を思い出せそうだ。
「久しぶりだな、みんな。顔を見られて、嬉しいよ」
「呑気なことですわね。まあ、レックスさんらしくてよ。あたくしも、まあ悪くない状況よ」
ルースは相変わらず挑発的だ。まあ、そういうところもらしいと思う。誰よりも真剣に努力していて、それが表にも出ているというのが正確なところだな。これからも、お互いに高め合っていけたら良いよな。
「わたくしめは、近衛騎士に任じられました。それは、良い報告と言えるでしょうね」
ハンナはまっすぐにこちらを見ている。ただ、ほんの少し影があるような気がする。もしかしたら、気をつけた方が良いのかもしれないな。こちらはこちらで余裕がないから、様子を見ながらになるだろうが。
「私は元気だよ。レックス君、贈ったチョーカーをつけてくれているんだね。嬉しいな」
ミュスカは、いつも通りの優しげな表情をしている。本当に再会を喜んでくれているんだと信じよう。いくら裏に感情を隠していたって、それで悪人になるわけじゃないんだから。言葉を素直に受け取るのが、大事なことだよな。
「ハンナ、目標を達成したんだな。ふたりも元気みたいで、良かったよ」
「ありがとうございます、レックス殿。貴殿に褒めていただくことだけは、嬉しいですね」
だけはというと、他のことは嬉しくないかのような。何かあるのだろうか。今ここで、聞き出した方が良いだろうか。いや、せっかくのお茶会だ。あまり楽しくない話は、通話で聞くという手もある。
いずれにせよ、ハンナが言いたいかどうかも大事なところだからな。なにか悩みがあるのなら、聞きたいところではあるが。解決する手段もあるかもしれないし。
まあ、今すぐは難しいよな。きっと、弱みを見せるにしても、そういう雰囲気が必要な人だ。
「……? 喜んでもらえたのなら、何よりだ。俺は、まあ知っての通りだな」
「有象無象に好かれることを捨てるからですわよ。あなたは、親しい人を優先しすぎるのよ」
「そこが、レックス君の素敵なところでもあるんだけどね。私は、だからレックス君が好きなんだし」
実際、親しい人以外からの評判は悪いからな。アストラ学園でも、割と避けられていたし。とはいえ、向こうから嫌ってくるのだから、どうしようもない。
悪いことを一切していないなんて言うつもりはないが、それ以前の問題に思えるからな。努力どうこうで済む話なのだろうか。
とはいえ、人に好かれることを意識するのは必要なことだろう。悪しざまに言えば、人気取りに走るような。
「まあ、貴族としては、評判は大事なんだろうな。ただの個人だった時の感覚は、なかなか抜けないな」
「レックスさんは、どうにも小市民らしさがありますもの。優雅ではなくってよ」
「優雅なレックス殿は、似合わなそうでありますね……」
まあ、貴族貴族した俺はあまりイメージできない。小市民らしさというのは、まあ正解だよな。前世では、いわば平民だったわけで。貴族も何も無い国の生まれだとはいえ。
「俺だって想像できないな。それに、ルースは今の俺の友達で居てくれるだろ?」
「仕方ないから、そうしてあげましてよ。レックスさんは、あたくしが大好きですわよね」
「私のことも、大好きだと思うよ。ずっと好きで居てくれる人は、素敵だと思うな」
そう言葉にされると、気恥ずかしいものがある。ルースはからかうような物言いだからまだしも、ミュスカは真剣に言っているように見えるからな。まあ、大好きなのは否定するつもりはないが。大切な友達だというのは、間違いないことだ。
わざわざ好きという感情を否定しても、お互いに良いことは何も無いよな。とはいえ、素直に肯定するのもむずがゆくはあるが。
まあ、普通に返答すればそれで十分だよな。その方向性でいこう。
「だからこそ、もっと気軽に会いたいものだが。ブラック家と周囲の関係の改善は、そういう意味でも大事だろうな」
「堂々とレックス殿の味方ができれば、わたくしめも嬉しいですね」
「あたくしも、コソコソとした友人関係は望むところではないわ」
「そうだね。大好きな人と会う幸せを、邪魔されたくないよね」
本当に、3人の言う通りだよな。誰にはばかることなく仲良くできるのなら、それが一番に決まっている。まあ、アストラ学園ではそうできていたのだが。
今となっては、お互いの家の存在が足を引っ張る部分はある。みんなにも、みんなの事情があるだろう。それを妨害しないように気を付けないといけない。どうにも、面倒なものだ。
黒幕が誰なのか次第で、俺達の関係には大きな影響が出るだろうからな。できれば、何もない事を祈るばかりだ。
「まずは、誰が黒幕なのかを探り当てたいところだな。そうすれば、不安を抱えずに会えるはずだからな」
「あたくしも、できる範囲で力を貸しますわよ。あたくしが超える前に死なれては、張り合いがなくってよ」
「わたくしめも、ミーア様やリーナ様の手伝いをする所存でございます」
「私は、そのチョーカーがレックス君を守ってくれるように祈るよ。きっと、そこに込めた力が役に立つ瞬間もあるからね」
みんな、俺を心配してくれている。大切に想ってくれている。それを返すためにも、まずは勝たないとな。その後で、もしみんなが困っているのなら、それを解決する手伝いをするだけだ。
お互いに迷惑をかけながらも、大事なところでは助けあう。それが友達というものだろうからな。そんな決意を込めて、言葉にしていく。
「ありがとう。みんなの気持ちがあるだけでも、頑張る力が湧いてくるよ。今日会えて良かった」
「わたくしめも、貴殿に想われているという事実が力をくれますから。お互い様です」
「そうだね。大好きで居てくれる人の存在は、とっても大切だよ」
「ええ。あたくしも、否定しませんわ。だからこそ、負けるんじゃなくってよ」
みんなは笑顔のはずなのに、どこか何かを隠しているように見えた。




