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物語の途中で殺される悪役貴族に転生したけど、善行に走ったら裏切り者として処刑されそう  作者: maricaみかん
9章 価値ある戦い

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304話 求める愛は

 ブラック家が襲われたとはいえ、実害らしい実害は出ていない。まあ、民に不安が出ている様子はあるとはいえ。


 結局のところ、雑兵がいくら集まったところで大した意味を持たないのが、この世界のパワーバランスなんだよな。いや、正確には違うか。一部の超越者にとっては、それ以外の存在はチリ同然。普通の人たちにとって、確かに数は脅威なんだ。


 とはいえ、俺の周囲の人々は、ほとんどが超越者側だ。数少ない例外であるところの母さんは、なにか忙しそうにしている様子だな。俺には内容は分からないが、せわしなさそうにしているのを感じる。


 だが、俺が襲われたというのは、それを投げ捨てるくらいの一大事だったようだ。俺の部屋に飛び込んできて、じっと顔を見られている。心配してくれるのは嬉しいが、ちょっと重く捉え過ぎな気もする。


 いや、普通に考えれば大ごとだ。俺達が強いから簡単に解決できるだけでしかない。傭兵が集団になって個人を襲うなど、そこらの母なら卒倒してもおかしくはない。俺の感覚がズレているだけかもな。


「レックスちゃん、大丈夫でしたの? わたくしは、もう心配で……」

「俺は大丈夫だ。あの程度の敵に、傷なんて負わないよ」


 実際、無傷だったからな。母は悲痛そうな顔をしているが、大して気にしていない。少しくらいは、思うところもあったが。


 結局、誰かを殺せば恨みを買う。そんな当たり前の事実を実感させられた。だが、殺さないのも難しいだろうな。俺や仲間の命を狙う相手は、殺すしかないだろう。頑張れば逃がすこともできるだろうが、また狙われるとしか思えない。


 ただ、大丈夫か大丈夫じゃないかで言えば、間違いなく大丈夫の方だ。そこまで深刻には捉えていない。俺にとって大切なのは、もはや親しい人だけなんだ。正義も倫理観も、大事な人より優先することじゃない。そうじゃなきゃ、みんなで生き残れはしないのだから。


 とはいえ、母に心配をかけているのは気にかけるべきことだよな。俺だって、大切な人が傷つく可能性を感じたら、不安にもなるだろう。


「なら、ちゃんと見せてくださいまし。ほら、早く!」


 母は、勢い激しく俺の服に手をかける。傷がついていないかを確かめようとしているのだろうが、少し怖い。いや、気持ちは嬉しいけどな。


 少し抵抗すると、すぐに母は諦めた様子だ。やはり、問題のある行動だとは認識していたのだろう。


「脱がそうとしないでくれよ! ……まったく。俺としては、姉さんやメアリの方が心配だったくらいだな」

「わたくしのことは、心配してくれませんの? 寂しいですわよ……」


 そんな事を、うつむきながら、か細い声で言っている。言葉を間違えただろうか。実際に戦場に出たから気になっていただけで、他意はないのだが。母だって大切なのは、疑う理由もない。


 ただ、俺の中で固まった感情だからといって、伝えるべきことは伝えないとな。今、しっかり言っておこう。


「もちろん、母さんにだって傷ついてほしくないよ。大事な家族なんだから」

「家族として、だけですの? わたくしは……」


 瞳をうるませながら、こちらを見ている。おそらくは、女として愛することを求められているのだろうな。受け入れてしまえば、楽になるのかもしれないが。ただ、みんなに顔向けできないと思うんだよな。


 みんなだって、それぞれに俺に感情をぶつけている。それをごまかしておいて、母だけ特別扱いというのは違うだろう。それに、単なる同情で受け入れようとすることも。


 なら、慎重に言葉を選ぶべきだよな。また、ごまかしているだけなのかもしれないが。


「絶対に欠けてはならない大切な人だと思っているよ。それだけは、間違いない」

「愛する人とは、言ってくれませんのね……」


 目を伏せている。やはり、傷ついているのだろうな。だからといって、母を女として愛するのは難しい。いや、前世での記憶の方が大きいから、そこまで親としての意識は強くないのだが。これは、単なる常識というか、考え方の問題なのだろうな。


 とはいえ、そう軽率に愛せるものではない。母は確かに美人だと思う。でも、それは愛の根拠になんてならない。過ごしてきた時間もあるとはいえ、また別の感情のはずだ。


 なら、結局は愛の言葉をささやけなんてしない。嘘になるだけだ。


「家族としてなら、愛している。別の母が欲しいなんて、きっと一生考えたりしない」

「嬉しいわ……。それは、本当なのよ……。でも、わたくしは……」


 うつむいたその瞳から、涙がこぼれている。正直に言えば、痛ましいと思う。息子を男として見てしまったのだから、苦しいのは当然だ。悩みもするだろう。


 だからといって、結ばれることが正しいかと言われたら困る。できることならば、悲しんでほしくはないが。それでも。


「泣かないでくれ、母さん。そんな顔は、見たくないな。なんて、泣かせているのは俺か……」

「レックスちゃんは悪くないの。間違ってもいないの。ただ、わたくしが納得できないだけで……」


 本人も、理解しているのだろう。息子に向ける感情としてはおかしいのだと。だが、父が母に真っ当な愛情を注いだとは思えない。だから、愛に飢えているのだろう。悲しいものだ。


 それを癒せるのなら、大抵のことはしたいと思う。だが、例外もあるというだけで。お互い、どこかで妥協が必要なのだろうな。


 俺は、母として愛してくれとは言わない。母は、結ばれるより手前で我慢する。そのような妥協が。どこが適切かは、これから話し合っていくべきことのはずだ。さて、まずはこちらから、歩み寄る姿勢を見せるべきだよな。


「弱ったな……。母さん、どうしたら泣き止んでくれる?」

「抱きしめてくださいな。壊れるほど、強く……」

「分かった。これでいいか?」


 願い通りに、母を抱きしめていく。力を込めたと分かるように。それでも、母が傷つかないように。俺が本気の力を込めたなら、絶対に苦しいからな。


 そうしたら、母はどこか恍惚とした顔をしていた。少しだけ、恐ろしい。息子と抱き合ってする表情ではないのは確かだから。


 でも、俺が母を壊したんだろうからな。追い詰めすぎたのだろうからな。その責任は、取るべきだろう。


「レックスちゃんの体温が、伝わってきますわ……。なんて、暖かい……」


 そんな事を言いながら、胸に頬を擦り寄せてくる。これが幸せなんだという顔をしながら。嬉しい気持ちはある。それは間違いない。でも、母の感情が正しいとも思えない。そんな矛盾が、俺の心をむしばんでいくような気がした。


 抱きしめた手で背中と頭を撫でながら、できるだけ優しい声をかける。母が、少しでも落ち着けるように。


「これくらいなら、いつだって。母さんが望むのなら、どれだけでも叶えるよ」

「本当に、優しい子ね……。わたくしには、もったいないくらい……」


 母だって、どこかで自分を追い詰めているのだろうな。それが、今の言葉に出ていたと思う。だからこそ、拒絶はできない。これ以上、傷つけられない。


 悲しいものだな。母として出会わなければ、今ほど親しくはならなかっただろうに。だからこそ、母は苦しんでいるのだから。


「そんな事を言わないでくれよ。母さんは、俺の誇りだよ」

「ありがとう、レックスちゃん。あなたも、わたくしの誇りよ」

「嬉しいな。母さんが大事に思ってくれているのが、伝わるよ」

「そうよ。わたくしにとって、あなたは何よりも大切なの。ずっと、離れないで……」


 強く、こちらを抱きしめてくる。何より大切だと思われることは、もちろん嬉しい。それでも、今のこの感情は危険だとも思う。


 なんて、どの口が言っているのだろうな。俺のせいで、母を苦しめていたのだから。父を殺したのは、俺なのだから。それが、母に恐怖を与えたのだろうから。


 俺のやるべきことは、母の心を少しでも回復させることだ。前を向けるように、支えることだ。そうだよな。


「戦いやら何やらがあるから、四六時中とはいかない。それでも、ここが帰る家だよ」

「ありがとう、レックスちゃん。あなたがそう言ってくれるだけで、生きる活力になるわ」

「母さんには、できるだけ長生きしてもらわないとな。親孝行だってしたいんだし」

「もう、十分な孝行息子よ。不満だってあるけれど、それは仕方のないことだもの」


 俺が、女として母を愛さないこと。他にもあるだろうが、一番大きい感情だけは疑いようがない。実際、俺を見つめる瞳には熱がこもっている。


 ただ、受け入れるのは難しい。それでも、できる限り母の気持ちに寄り添うこと。難しいものだな。


「……まあ、母さんの願いを全部叶えるのは、難しいかもな」

「今は、こうして抱き合えるだけで十分よ。だから、また元気な顔を見せてちょうだい」

「もちろんだ。俺は、母さんと生きていきたいんだからな。簡単には死んでいられないよ」

「時間があれば、きっとわたくしの望みだって……。わたくしだって、長生きしないといけませんわね」


 俺の頬を撫でる母の頬は紅潮していて、わずかに見とれそうになった。

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