301話 ふたつの視線
ブラック家の防衛計画で、敷地の各所に魔力を侵食させて、それを利用して攻撃を仕掛ける方針になった。
ということで、炎や水、雷が使えれば相当便利だろう。基本的には、闇の魔力で魔法を操るのは1属性の方が良い。シュテルやメアリに魔力を送って、属性を増やした時のように。
その上、単純な魔法の方が効果的とのことだからな。その意味では、単一属性の魔法の方が適していると言える。そのためには、フェリシアやラナ、カミラの協力を得たいところだ。特に優先したいのは、気軽に会えないフェリシアとラナだな。
別の領地に居る都合上、どうしても会うためには準備が必要だからな。ということで、こちらから声を送る。フェリシアとラナのアクセサリーは更新していないが、それでも魔力を使えば不可能ではない。少し負担が増えるだけで。
なら、転移で会いに行く前に声をかけるのは、当たり前だよな。急に向こうに行っても、困らせるだけだろう。
「フェリシア、今から会いに行っても良いか?」
「レックスさん? ……なるほど。声を届ける魔法ですか。面白いことをしますわね」
すぐに理解されるあたり、やはり頭の回転が早いな。というか、俺の周囲は俺より頭のいいやつが多くないか? 俺が勝っているのは、それこそ単純な戦闘力くらいに思える。
まあ、その戦闘力があるからこそ、みんなと親しくなれた部分はあるのだが。というか、俺が弱ければ助けられなかった人もいるだろうな。
だから、戦闘に関して手を抜くという考えはない。今回フェリシア達の力を借りるのも、その一環だ。
「そういうことだ。ブラック家の状況については、知っているか?」
「ああ、なんでも懸賞金をかけられているのだとか。手伝ってほしいということですか?」
あまり、心配そうには聞こえないな。まあ、そう簡単に負けるとは思わない。フェリシアが同じ状況だったら、心配くらいはするだろうが。ただ、きっと信頼の証なのだろう。
少なくとも、フェリシアが俺を軽んじているというのはあり得ない。それだけは分かるからな。
「そうだな。お前やラナ、姉さんに魔力を込めてもらって、家の防衛に使おうと思ってな」
「なら、ラナさんも呼んではどうですか? わたくしも、転移で運んでくだされば」
こちらから向こうに向かえば、二回移動する必要がある。相手を呼べば、一度で済む。そういう意味では、都合の良い提案だ。
ただ、なにか含むところを感じたような気がする。悪意ではないだろうから、気にすることでもないか。
「分かった、そうさせてもらう。……ラナ、今から呼んでも大丈夫か?」
「レックス様がお望みとあれば、あたしはいつでも構いませんよ。あなたの配下なんですから」
配下だから相手の状況を無視するのは、健全とは言えないと思うのだが。とはいえ、ラナだって自分の意志は主張するタイプだからな。本気で不満を抱え込んだりはしないだろう。
というか、こっそり裏で何かを企んでいてもおかしくはないんだよな。なにせ、以前にはそうされたのだから。
「じゃあ、今から転移させるよ。行くぞ」
そして、フェリシアとラナを呼び寄せる。フェリシアは微笑みながら周囲を見回し、ラナはこちらに笑顔で近寄ってきた。
「面白い感覚ですわね。これなら、気軽に会いに来られますわね」
「レックス様となら、いつでも会いたいですからね。あたしも、嬉しいです」
通話と転移を利用すれば、本当に気軽に会えるだろうな。そういう意味では、今回の事件にも価値があった。ミーアと出会わなければ、闇魔法で通話しようと考えることはなかっただろうからな。
とはいえ、面倒な状況ではある。誰かが傷つきでもしたら、黒幕を許すことはないだろうな。それだけは間違いない。
「早速で悪いんだが、俺の魔力に魔法を注ぎ込んでくれないか? 単純な攻撃魔法を頼む」
「まったく、風情を解さない方ですわね。まあ、構いませんわよ。……獄炎」
「では、あたしもいきますね。水の槍」
フェリシアが炎を注ぎ、俺まで燃え上がりそうなほどの熱を感じた。直後にラナが水を注ぎ、一気に冷えていく感覚があった。魔力で防御していなければ、寒暖差でやられていたかもな。
まあ、フェリシアは天にも届く火柱を立てられるし、ラナも大きく負けていないだろう。そう考えたら、とてつもない魔力を注ぎ込まれているんだよな。
これを家に侵食させておけば、侵入者を焼くことも溺れさせることも自在だろう。やはり、頼りになる仲間だ。
「ありがとう。後は、この魔力を敷地に埋め込めば、防衛計画に使えるんだ」
「でしたら、わたくしの家にも同様の処理をしていただけますか? 急ぎではありませんけれど」
「あたしも、できればお願いしたいです。それがあれば、できることの幅が広がりますから」
アクセサリーに込めた防御魔法以外にもフェリシア達を守る手段があるのなら、否やはない。多少の手間程度でみんなの安全が増すのなら、実行しない理由がないからな。
とはいえ、まずはブラック家に魔力を侵食させてからだ。確実に襲われるだろうところを優先するのは、必要なことのはず。
まあ、せっかく会えたのだから、通信機能もついでにくっつけておきたいよな。
「なら、ついでにアクセサリーの魔法を更新しておくよ。貸してくれ」
「わたくしが、先ですわよね? パートナーですもの」
「あたしは、順番なんて気にしませんよ。レックス様のしもべなんですから」
微妙に、ふたりは視線を交わし合っている。どこか含むものがあるのだろう。とはいえ、言われた通りの順番にするのが妥当だろうな。あまりどちらかを優先する姿を見せると、後が怖い。
せっかく意見が一致しているのだから、それに乗る方が安全だろう。
「じゃあ、フェリシアから頼む。……さて、ふたりとも終わったぞ」
「ずいぶんと早いものですわね。女にアクセサリーを贈るのは慣れたもの、ということでしょうか?」
「レックス様、そうなんですか?」
フェリシアは見下すように、ラナは上目遣いで。だがどちらの目もジトッとしているように見える。おそらくは、何らかの感情が隠れているのだろうな。
というか、答えは分かっているようなものではあるのだが。正直に言えば、勘弁してほしい。
「違うと言ったら、信じてくれるのか? まあ、知り合いみんなに贈ったからな」
「まあ、わたくしを後回しにしたと? パートナーではなかったんですの?」
「正直に言えば、あたしも悔しいですね……。レックス様の一番でありたいのに……」
今度はフェリシアが上目遣いで、ラナが目を伏せている。どちらからも、強い感情が見える。事実ではあるのだが、どうごまかしたものか。
一番いいのは、誰が好きだと言い切ってしまうことなのかもしれない。ただ、それはそれで、貴族としては問題があるんだよな。望む人と結婚できるとは限らないのだから。となると、正解はなんだろうな。頭を抱えてしまいそうだ。
「思いついたときにその場にいた相手を優先するのは、仕方ないだろ?」
「仕方ありませんわね。その言い訳で、納得しておきますわ。ですが、覚えておいてくださいな」
「レックス様のしもべですから、あまり強くは言えませんけど……」
内心の感情を隠したような物言いで、ふたりは微笑んでいた。この関係をごまかし続けていても、いつかは限界をむかえるだろう。それまでに、何かしらの答えを出さないとな。
とはいえ、まずはブラック家の抱える問題を乗り越えることからだ。みんなで生き延びなければ、どんな答えも意味を持たないのだから。




