291話 心配の意味
ラナとの同盟関係の話も終わり、以前の日常に近い日々に、だいぶ戻ったと思う。とりあえずは、落ち着いた生活ができているな。
まあ、インディゴ家との関係では色々あったものだが。ラナを慕う人間が、こちらに攻撃しようとしてきたり。逆に、ラナを嫌う人間が、こちらにすり寄ろうとしてきたり。
とりあえず、みんな対処したのだが。その関係上、ラナと会う機会は多かったな。面倒事ではあるものの、会えること自体は良いことだろう。
そんな時間の中で、当主としての仕事をしたり、魔法や剣の訓練をしたり、家族や仲間との関係を深めたり、様々なことをこなしていた。
いつも通りの時間を過ごしていると、ノックが響いた後にメイド達が入ってきた。いつものルーチンではないから、何か用事があるのだろうな。うさ耳メイドのウェスは、何か封筒のようなものを持っていた。
「レックス様、お手紙が届きましたよっ」
「差出人が書かれていませんが、紙の質から考えて、ただのイタズラではないでしょう」
アリアは冷静だな。長生きするエルフだけあって、経験豊富なのだろう。確かに、良い紙を使っているとなると金がかかっている証だ。単なるイタズラだとするのなら、辻褄が合わない。
おそらくは、相応に立場のある人間だろうな。あるいは、金持ちか。いずれにせよ、確認する意味はあるだろう。
「そうか。なら、渡してくれ」
ということで、読んでいく。中には名前が書いてあった。相手はミーア。王女姉妹の姉の方だ。なんでも、これを読んだら、できるだけ早く自分のところに来てほしいとのことだ。
筆跡からして、本人の可能性が高い。見たことある字だからな。それなら、転移でも何でも使ってすぐに移動した方が良いだろう。
「どうでしたか、ご主人さま?」
「ちょっと用事ができた。出かけるから、ジャン達に伝えておいてくれるか? 相手は、ミーアだ」
「かしこまりました。では、そのように。いってらっしゃいませ」
ということで、ミーアの私室の前に転移していく。流石に、部屋の中に入るのは大問題だろうからな。そしてノックをすると、入るように伝えられた。
そこには、部屋着のような格好をしたミーアが居た。金髪が目立つような、白い服だ。これは、まずいタイミングだったかな。そう考えていると、ミーアはこちらのもとに駆け寄ってきた。
「ミーア、一体どんな用事だ? 本当に急いで来たんだが」
「大変なのよ、レックス君! どこかの貴族が、レックス君の首に懸賞金をかけたみたいなの!」
身振り手振りも大きく、相当大変なのだろうと感じる。というか、実際にとんでもない報告だ。つまり、賞金をかけてまで俺を殺したい相手がいるということ。まあ、おかしな話ではないが。
単なる貴族のラナですら、暗殺者を送り込まれていたのだから。悪人だと思われているブラック家の当主なら、余計にだよな。あまつさえ、闇魔法という強い力まで持っているのだから。
とはいえ、そう簡単に俺が負けるとは思えない。闇魔法は、あまりにも強いからな。並大抵の手段では、かすり傷すらつけられないだろう。だからこそ、気をつけるべきこともあるのだが。
「それは……。俺はともかく、ブラック家の仲間や家族が心配だな」
「レックス君だって、私は心配よ! 手伝えることがあれば、何でも言ってね。必ず手伝うから!」
俺の手を握りながら、そう伝えられる。とはいえ、何を頼んだものか。まさか、戦力として来てくれという訳にも行くまい。
そうなったら、あまり思いつかないんだよな。あまり強権を振るわせようとしたら、ミーアが困るだろうし。
「無理はしないでくれよ。いくら王族だからって、やりたいことを全部押し通せる訳ではないだろう」
「大丈夫よ! 手伝ってくれる人にも、心当たりがあるもの!」
いくつかの顔が、思い浮かぶ。もしかしたら、俺の思い描いている相手とは違うのかもしれないが。とはいえ、ミーアが使えそうな相手は、騎士として仕えようとしているハンナと、公爵令嬢のルースくらいだろう。そのふたりは、ミーアに紹介された関係だからな。
まあ、ミーアの何もかもを知っている訳ではない。だから、別の誰かの可能性もある。それに、俺が知っておいて良いことでもないだろう。裏で動くのなら、知っている相手は少ないに越したことはない。
俺は誰かに伝えるつもりはないが、だからといって知らなくてもいいことはある。そうだよな。
「なら、良いが。俺のためにミーアが苦しむのは、望むところではないからな」
「そういうところが、心配なのよ! レックス君は、命を狙われているのよ!」
かなり声を張り上げている。まあ、そうするだけの事件ではあるんだよな。俺は、何度も狙われていたから慣れている部分もあるだけで。
正確には、俺を殺そうとする相手は何人も居たといったところか。いずれにせよ、今更という部分はある。
「とはいえ、俺だけなら大丈夫だろう。他の人が狙われるのは避けたいが」
「レックス君は強いけど、相手は手段を選ばないと思うわ。本当に、気を付けてね」
そこが心配ではあるんだよな。誰かを人質に取ろうとされたら、大変だ。俺がみんなに贈ったアクセサリーには、防御魔法を込めている。だから、大抵の状況では大丈夫だとは思うが。
まあ、気を抜くのは論外なのは確かだ。だから、しっかりと対処できるようにしないよな。
「ああ、分かっている。俺が傷つけば、みんなが傷つく。それは理解しているつもりだ」
「お願いよ。それで、レックス君。こっちは、黒幕を調査しようと思うの。その間は、きっと攻められると思うわ」
心配そうな顔をしている。実際、もう賞金がかけられているのなら、動き出すやつが居てもおかしくはない。単なる個人なら、ただの警備兵に負けそうではあるが。
とはいえ、油断は禁物だ。俺が失敗した時に傷つくのは、俺じゃない可能性が高いのだから。
「まあ、仕方のないことだろうな。早期に伝えてくれたおかげで、こっちも対応できそうだ」
「必ず、みんな無事でまた会いましょうね。それだけが、私の願いよ」
「もちろんだ。俺だって、こんなところで倒れるつもりはない」
「なら良いのだけれど。レックス君。こんな事を言うのはどうかと思うけれど、殺すことをためらわないで」
真剣な目で、告げられる。まさか、ミーアの口からそんな言葉が出てくるとはな。だが、理解できることだ。人を殺してでも、大切な人には無事で居てほしい。その気持ちは、同じだということなのだろう。
俺としても、ためらうつもりはない。情けをかけたら、俺以外に被害が出そうなのだから。そんな事になったら、後悔してもしきれない。なら、殺すまでだよな。
「ああ、そのつもりだ。放置していたら、仲間や家族まで狙われそうだからな。ちゃんとやるよ」
「自分だけなら良いなんて、思わないでね。どうしても嫌なら、私が代わりにやるわ」
決意を秘めた目で告げられる。だからこそ、迷う訳にはいかない。俺だって、本当は殺したくない。だが、その代わりを誰かに押し付けることだけは、絶対に違うのだから。
どれほどこの手が汚れようとも、間違えるものか。それが、俺の誓いなのだから。
「そうさせるくらいなら、俺がやる。安心しろ。そろそろ、殺すことにも慣れてきたくらいだ」
「あまり、抱え込みすぎないでね。きっとみんな、あなたに力を貸してくれるわ」
「そうだな。頼れとは、何度も言われているからな」
「ええ。私だって、できる範囲で協力するわ。きっと、リーナちゃんも。それを忘れないでね」
最後に優しく微笑むミーア。だからこそ、力が入った。ミーアに心配をかけないためにも、うまく勝っておかないとな。




