290話 ラナの愉悦
あたしは、レックス様に全てを捧げると決めました。そのために、同盟関係を結ぶことを計画したんです。まずは、相手にふさわしい家になるところから、ですね。勢力を拡大して、多くをもたらす。それこそが、最も大切なことなんです。
だって、レックス様の利益になることが、あたしの未来に繋がるんですから。ただの役に立てない存在なら、レックス様にはふさわしくありません。彼の周囲だって許さないでしょうし、何よりあたしが許せません。
あたしは、レックス様に何度も救われた。その恩を返すことだって、とても大切なことなんですから。
「さて、まずは周囲の領をどう利用するか、ですね」
もちろん、取り潰してインディゴ家に吸収するのが基本です。とはいえ、領地を滅ぼしてはいけません。民草だって、あまり犠牲にはできませんね。そうしてしまえば、捧げられるものが少なくなってしまいますから。
とにかく、レックス様のために多くを生産してもらいたいんです。ですから、民衆を踏みにじる意味は薄いですね。少なくとも、自分からは。
ただし、貴族は別です。無論、実務に必要な存在は確保する必要があるでしょう。ただし、それ以外は必要ないんです。なら、処分するだけですよね。
「実際のところ、民衆に被害が出ている事件は多いです。なら、レックス様の説得材料になりますね」
そうすることで、レックス様に力を借りる口実が生まれます。本来なら、あたし一人でも解決はできるんでしょうけれど。でも、それじゃダメですから。
あたしは、レックス様に全てを捧げる。その未来のために、インディゴ家を大きくする。レックス様との関係も広める。そのふたつは、欠けてはいけませんから。
民衆の問題を解決する中で、ふたりは絆を深めた。そういう話、民は大好きですよね?
「そして、周囲の貴族も関わっている様子。それを利用してあげましょう」
前の領主は良くなかった。そんな評判は、とても大切です。あたしが支配したことで、良くなる。そう信じてもらいやすいですから。実際、過ごしやすくなると思いますよ。レックス様はお優しいですし、その右腕のジャン様は効率的ですからね。
ですから、まずはレックス様と共闘したという実績を作っていきましょう。そんな噂話も、流していきましょう。
「まずは、盗賊の襲撃ですね。とりあえずは、書類を捏造してみましょうか。それで落ちるのなら、楽ですが」
盗賊によって、商会が襲われている。事実ではあるのですが、他の被害も押し付けてしまいましょう。とある貴族の手によって、全てが主導されていると。
スマルト家は、アードラ商会を邪魔に思っているようですね。人心を獲得していることが、きっかけだと思いますが。それが、身を滅ぼすんですよ。
あたしとレックス様で協力して、証拠を集めました。そして、白日の元で罪を暴きます。反論も、物証によって封じる。正確には、相手の失言によって。
「ふふっ、自分の屋敷から書類が盗まれたのは、想定できませんでしたか。容易いものです」
なぜそれがあたしの手元にあるのか。そんな事を言えば、真実だと告げるようなものでしょうに。実際、アードラ商会を襲ったのは事実だったのですが。それ以外の罪も、背負ってもらいました。
そして、民衆に仕込んだ噂話で、暴動を引き起こします。それだけでは、おそらくは当主は破滅しなかったでしょうね。ですから、その流れで暗殺者を送り込んであげました。そうしたら、うまく死んでくれましたね。
民衆も、自分たちの手で悪しき当主を討ち滅ぼせたのだと上機嫌でした。ですから、褒めて差し上げましたよ。気分が良くなるように、ね。
結果として、あたしは新たな領を支配できました。まずは一歩。ですが、確かな達成感がありましたね。
「さて、次は人身売買ですか。確か、あの当主は娼館を利用していましたね……」
ということで、娼館を内偵していきます。レックス様が調査すると言い出した時は、焦りましたね。まさか、レックス様に救われた女を増やす訳には行きませんから。あまつさえ、売女を近づけるだなんて。許せるはずがありません。
結果としては、強く反対したシュテルに救われましたね。ですから、しっかりと娼館には裏があるということを示しました。人さらいから売られた女がいると。
そのまま、事件の解決に向かいます。あたしは、とある民草に噂を流しました。好奇心旺盛な、吟遊詩人に。結果として、狙った通りに進みましたね。領主の評判は、地に落ちました。
「娼婦に呼び出されただけで、簡単に引っかかるとは。脇が甘いのが、いけないんですよ」
そこが人身売買の現場であるとも知らずに、やってくるんですから。そして、口が軽い吟遊詩人に、歌を流されるのですから。
後は、同じ流れを繰り返すだけでした。本当に、容易いものでしたよ。簡単に、死んでくれましたね。民衆の暴動と、本命の暗殺者に振り回されて死んだ。さぞ、悔しかったでしょうに。
「最後は、麻薬ですね。実際に麻薬を栽培しているのなら……」
麻薬は、禁制品ではあります。実質的には、黙認されているようなものですが。全てを潰すなど、不可能ですからね。
ですから、麻薬を栽培しているだなんて、公然の秘密になりがちなんですよ。それで、簡単に見つけられる。あくまで、レックス様と協力して見つけましたけどね。
その情報をもとに、王家に告発しました。どう動かれても良かったんですが、都合の良い方に転んでくれました。
「王家も、レックス様には甘いですね。本来は、死罪になんてならないでしょうに」
あるいは、見せしめでしょうか。どちらでも構いませんが。あたしとレックス様が、民の問題を解決した。その事実さえあれば。民草が、そう信じてさえいれば。
ただ、もう一手打っておきたかったんですよ。事件を解決したレックス様が去るのを、引き伸ばしたくもありましたけど。
「さて、まだ仕掛けが足りません。あたしが救われたという事実を、誰の目にも分かるように」
ということで、あたしは暗殺者に襲われました。そして、レックス様に救われました。なんて、あたし一人でも対処できたんですけどね。
ただ、かなり良い流れでしたね。暗殺者を差し向けられた姿を、噂にする相手も居ましたから。あたしが、情報を流したんですけどね。
結果的には、今までの流れと同じです。民衆の暴動と、あたしの差し向けた暗殺者。それらの前に沈みました。
「簡単な挑発に乗ってくれるものです。暗殺者を差し向けて、反撃されない理由がないんですよね」
ただ、言葉と軍隊の訓練と商売相手を奪う流れを実行しただけなのですが。安易な手段に出れば、簡単に破滅する。当然のことなんですよね。
あたしは、レックス様に救われたという事実も、大々的に広めました。卑怯な手に出た愚かな貴族の間の手から、優しい領主を守った英雄として。
「さあ、後はレックス様に全てを捧げるだけ。ジャン様やミルラさんを、説得しないと」
そのために、あたしが知っていることは全て伝えました。本当は隠しておくべき情報も、全て。領地の運営をする中で知り得た、あらゆるものを。
だから、あたしの本気は伝わったみたいです。レックス様に、全てを捧げるという意思は。
そして、本番が訪れました。レックス様は、単なる同盟関係を広める場だと思っていましたね。ですがあたしは、レックス様の配下になると誓ったんです。
「これで、あたしの計画は全て成功しました。レックス様、騙してごめんなさい」
なんてひとりこぼす声は、弾んでいましたけれど。だって、全部うまく行ったんですから。あたしが狙った通りに。これで、あたしはレックス様に全てを捧げられるんですから。
「でも、あたしは幸せなんですよ。レックス様のものになれて、最高の気分です」
あたしが生き続ける限り、ずっとあなたのものです。ですから、大切にしてくださいね?




