287話 隠れた狙い
インディゴ家との同盟の話も、かなり進んでいる様子だ。大部分はジャンとミルラに任せておいて、後はラナと最終確認をする段階に入っている。
ラナが相手なら、妙な言質を取られて困るという心配もないし、今のうちに言い回しについて練習するのも良いかもしれないな。とはいえ、どうやって確認するのかは思いつかないが。
フェリシアやラナのような相手と話しているうちに、失敗しておきたいところではあるんだよな。他の相手なら致命的になるようなことをしても、ちょっと困るだけで済みそうだし。
なんだかんだで、俺が一番貴族としての立ち回りが下手だからな。胸を借りる、良い機会かもしれない。
ということで、ラナがやってきた。思ったより早い再会で、嬉しい限りだ。ラナはこちらを見て、顔を華やがせていく。
「レックス様、お久しぶりです。なんて、そんなに前でもないですね」
「ラナ、来たのか。条件の方は、もう伝わっていると思うが」
「はい。ジャンさんとミルラさんは、面白い提案をしてきましたね」
ニコニコとしている。さぞ良い話だったのだろう。さて、どんな内容なんだろうな。細かい話は任せているから、俺が知らない可能性もある。というか、明確に隠していると言われている部分もあるくらいだ。
察するに、俺なら提案しない内容なのだろうな。だが、確実に利益はある。そんなところだろう。いくらなんでも、俺をハメようとしているとは思わない。
というか、ラナとミルラとジャンに結託して裏切られるようなら、俺は終わりだ。そこまで敵意を持たれているのなら。
だから、あまり心配していない。まあ、気になるところではあるのだが。
「実は、知らない方が良いと言われているんだよな。納得できる話か?」
「ふふっ、そうですね。今日は、カミラさんとメアリさんに話をしたくて」
まあ、そこの納得は大事だよな。今後の関係を考えるなら、絶対に無視をしてはいけない相手だ。やはり、ラナは俺より立ち回りがうまい。
「なら、呼んでくる。久しぶりの顔合わせになるな」
ということで、4人で集まることになった。母さんも呼んでも良かったのかもしれないが、ほぼ初対面だろうからな。急に呼んでも、お互いに困るだけだろうと判断した。
それに、母さんはかなり怪しい状況だからな。あんまり、外の人に会わせたいものではない。
「お久しぶりです、カミラさん、メアリさん」
「あんたね。話は聞いているわよ。フェリシアみたいに、余計なことをしないことね」
さっそく、カミラがラナをにらんでいる。ラナはニコニコしているが、これは大丈夫な流れか? まあ、本気で仲が悪いとは思わないが。カミラが嫌っているのなら、言葉より先に手が出るだろうし。
「余計なことの内容次第ですね。でも、カミラさんにも得のある話だと思いますよ?」
「メアリは騙されないもん! お兄様は、奪わせないんだから!」
メアリまで。完全にヒートアップしているように見える。とはいえ、これはこれで仲が良いのかもしれない。メアリは、あまり人との会話を好むタイプではないからな。少なくとも、他人とは。わざわざ話そうとする時点で、線の内側にいるはずだ。
実際、魔力はあんまり暴走していない。あまり怒ると、制御が乱れたりするからな。そこまで本気の怒りではないはずだ。
というか、同盟で俺を奪えはしないだろう。流石に、無理としか思えない。
「おいおい、いくら何でも違う話じゃないか?」
「どうでしょうね? あたしが、レックス様を騙していたりして」
ラナは悪い顔をして、ニヤリと笑う。本気で騙そうとする相手が、警戒させる意味はあまりない。そういう心理を狙った策だってあるだろうが、そこまでする理由もない。
例外としては、ラナが俺を本気で破滅させようとしている場合だが。まあ、あり得ないよな。
「ジャンとミルラが納得しているのなら、少なくとも悪意ではないはずだ。それに何より、お前を信じるよ」
「お兄様、そんなんじゃダメ! フェリシアちゃんにキスされたの、忘れたの!?」
まあ、あれは不意打ちだったが。とはいえ、それくらいなんだよな。悪意ではないのは、間違いない。しかも、頬にキスされただけだからな。驚いたし、カミラやメアリが怒って困ったが。逆に言えば、それくらいだ。
言ってしまえば、いつものいたずらの範囲だと思うんだよな。フェリシアは、よく俺を困らせようとするし。
「ほっぺたにじゃないか……。あれくらいなら、可愛いものだろう」
「あんたってば、ほんと馬鹿よね。裏の意味、全く読めていないじゃない」
「そうだよ! お兄様は狙われてるの!」
裏の意味があったとしても、間違いなく悪意ではない。それだけは信じられる。だから、別に騙されても良いんだよな。ちょっと驚くかもしれないが。
まあ、善意で殺そうとされたら困るというか拒絶するが。そこまで歪んだ友人には、心当たりはない。
「あたしとしても、不安になりますね。まあ、フェリシアさんだって、レックス様を裏切るつもりはないんでしょうけれど。むしろ、だからこその行動でしょうね」
「いけしゃあしゃあと……! あんたの狙いは、何?」
カミラは、冷たい目でラナを見ている。それに対して、ラナは微笑んでいる。ずいぶんと余裕な態度だ。よほど、自信があるのだろう。流石に、挑発しているとは思いたくないな。
というか、俺との関係が大事なら、カミラやメアリとの関係も大事だ。そんなことくらい、分かっているはずだ。俺にだけ気に入られていれば良いと考えるような愚か者ではないだろう。それくらいは、信頼している。
「フェリシアさんとは違いますよ。あたしは、レックス様の妻になろうだなんて考えていませんから。なる意味もありませんし」
「当たり前だよ! お兄様は、メアリのなんだから!」
「あんた、兄妹で結婚するつもりなの? いくらなんでも、無理じゃない?」
「ずっと一緒に居られれば、それでいいの!」
なんというか、メアリは素直な子だよな。良くも悪くも、感情の通りに動いているというか。まあ、我慢ができない子ではないので、そこは安心できるが。
やはり、メアリもラナが嫌いな訳ではないのだろう。感情を出しても良いと考える程度には、心を許しているんだろうな。
というか、俺の結婚を勝手に決めないでほしい。いや、貴族の結婚はそういうものではあるが。
「あたしも、同じです。だから、みんなで一緒に居られる未来のためなんですよ」
「ま、良いわ。どうせ、今更止まったりしないのでしょう」
カミラはため息をついて、ラナの提案を受け入れている。内心では、少しくらいは不満があるのだろう。おそらくは、ラナが何かを企んでいると考えている。
とはいえ、ラナが本気で2人に配慮しないはずがない。将を射んと欲すればまず馬を射よを、正しく理解できているだろうから。
「お姉様!? ラナちゃんにお兄様を奪われてもいいの!?」
「できっこないのよ、そんなこと。だから、あんたも納得しなさい」
「お兄様が奪われないのなら、別に良いけど……」
メアリも、今回の話を受け入れたようだ。完全に俺が基準なのは、少し困るが。まあ、まだ幼いからな。これからの成長に期待だ。
「ふたりとも賛成してくれるということですね。良かったです」
「そうだな。今から反対されると、困っていたよ」
「このバカ弟は……。ま、いいわ。あたしも、別の手段を考えるだけよ」
「メアリも負けないもん! お兄様と、もっと仲良くなるんだもん!」
「お願いだから、喧嘩だけはやめてくれよ……?」
そんな事を言うと、ラナが笑っているのが聞こえた。こんな日常が続くのなら、最高なんだがな。さて、今回の同盟が、どう影響するだろうか。少しだけ、ラナの心を見たくなった。




