286話 利益を狙って
ようやく、ブラック家に帰ってきた。どこか、懐かしくもあるな。みんなも、同じような感じらしい。腰を落ち着けたいところではあるが、まずは重要な仕事がある。
ラナとの同盟関係を受けることは決まったが、その内容についてはまだ決まっていない。ということで、どうするかを決めるつもりだ。
ただ、事は大きくなりそうだからな。ブラック家の中でも、意思を統一しておいた方が良いだろう。その上でまず話を通すべき相手は決まっている。ミルラとジャンだ。ふたりが、ブラック家の運営の中心と言って良いからな。
もちろん、家族にも話を通すつもりではある。だが、最初に選ぶべき相手だというだけだ。ということで、ふたりに話を通していく。
「ジャン、ミルラ、相談したいことがあるんだ。ラナからブラック領を会場に同盟関係を結ぶという話をされて受けたのだが、どう思う?」
「僕としては、反対する理由はありませんね。詳細を詰める必要はあるでしょうけど」
「ラナ様の意図は、理解できるところでございます。私としても、賛成させていただきます」
特に悩んだ様子もないし、実は事前に話が通っていたりするのだろうか。そうだとすると、ラナはかなりしたたかだ。まあ、聞いたところで、答えは帰ってこないよな。俺の言い回しからして、知ったばかりというのは伝わっているだろうし。
というか、俺の仮説が正しいとしても、大きな問題にはならないだろうからな。なにせ、相手はラナなのだから。そして、ミルラとジャンが受けると決めているのだから。
いくらなんでも、ラナとふたりが結託して俺を追い落とそうとしているとは思えない。そんな人達ではないからな。
「そんなものか? もう少し反対されるのかもしれないと思っていたが」
「実際、ブラック家の利益は大きいんですよ。そこから見たら、賛成する方が都合が良いんです」
「レックス様は慕われておりますからね。あれは、演技ではないでしょう。私には、よく分かることでございます」
判断としては、普通だろうか。ふたりとも自然体だから、困っているのを隠している感じでもない。なら、急に話を持っていって迷惑をかけた訳ではなさそうだ。とりあえず、安心だな。
あくまで、実務はふたりの領分だからな。あまり勝手な判断をするのも問題だろう。とはいえ、決定するのは俺でなくてはならないだろうが。
「そうか。なら良いんだ。相談する前に判断する必要があったからな。勝手なことをして、済まないとは思うが」
「いえ。当主の役割は、そういうものですから。僕達の都合を考えてくれるのは嬉しいですけど、おもねるのは違います」
「同感でございます。配下に配慮こそすれ、顔色をうかがうようでは当主失格でございますから」
ふたりとも、俺に堂々としろと言っているのだろう。まあ、当たり前か。やるべきと判断したことは、しっかりとやり遂げる。言い方は悪いが、無理にでも押し通すことも必要だろう。
大変だからといって遠慮して、結果的にブラック家が傾いたら全員が損をするのだから。そういう意味では、やれと命じるのも大切なのだろうな。
「まあ、顔色をうかがっていたら、どっちが当主か分かった話じゃないな」
「そういうことです。兄さんは、もっと堂々としていて良いですよ」
「私は、どのような指示にも従うだけでございますから。お気持ちは、嬉しいですが」
合っていた様子だ。なら、それで良いのだろう。ミルラの言葉は、少し心配でもあるが。どのような指示にもって、俺だって変な指示はすると思うのだが。反対意見くらいは、出してもらった方が良い。
極端な話、ラナと敵対しろと言って止められないのは困るからな。間違っているのなら、そう言ってほしい。とはいえ、今の流れで言うのは難しいか。さっきの言葉と矛盾してしまうし。
「なら、もう少し偉そうにした方が良いか? なんて、似合わないか」
「外では演じた方が良いかもしれませんね。誰にでも丁寧な態度だと、舐められますから」
「私も同感でございます。特に、明確に立場が下の相手には」
前にも、ジュリア達に言われたな。あれは、確かサラが言ったんだったか。優しくするのは、自分たちだけでいいと。
平民から見ても貴族から見ても同じ判断になるのなら、それは正しい判断なのだろう。偏った立場からの意見ではないはずだ。となると、もうちょっと意識した方が良いのだろうな。
まあ、前世でも丁寧語を使うだけで下に見る不良みたいなのは話に聞いたからな。分からない話ではない。
「そういう意味では、ブラック家も勢力を拡大すると良いかもしれませんね」
ジャンは真顔でそんな事を言う。いや、意図は分かる。ヴァイオレット家もインディゴ家も、大きくなっているからな。こちらとしても、立場を向上させておきたいのだろう。
ただ、そのためだけに他領に侵攻するというのは、主義に反する。罪のない相手に戦いを仕掛けようとはしたくない。
舐められないための立ち回りが必要だというのは、分かる。だが、暴力を積極的に振るいたくはない。そこが妥協点だな。
「チャコール家以外には、やめておこう。チャコール家にだって、あまり無体な真似はしないでくれ」
「兄さんらしいですね。とはいえ、殴りかかられたら別ですよね?」
まあ、そこは必要だよな。ジャンだって、無抵抗主義ではないだろうし。というか、攻撃されて反撃したくない人は少ない。だから、必要なことだろう。
自領の民を守るためにも、あそこは殴って良いと思われたらダメだ。その程度には、反撃しないとな。
「ああ。あまり挑発を繰り返すような真似は避けてほしいが、それが守られているのなら」
「レックス様を攻撃するような相手に、情けをかけるつもりはございませんよ」
「同感ですね。そこで配慮したら、それこそ舐められます」
ジャンは利害で考えていそうだから、そっちの方が安心だ。恨みつらみで攻撃を仕掛けると、きっとやりすぎるからな。そういう意味では、ミルラが心配だ。冷静な判断をしてくれると期待したいところではあるのだが。
まあ、俺だって大切な相手を傷つけられたら全力で殴りかかるだろう。相手が一発だけ殴ったのだとしても、十発くらいは殴りかねない。だから、あまり止めろとも言いづらい。
「まあ、そこは仕方のないところだな。領民のためにも、安易に喧嘩を売られては困る」
「やはり、兄さんは道理を分かっています。甘いだけでは、誰も守れませんから」
「インディゴ家との結びつきは、今後の役に立つでしょうね。なにせ、当主がラナ様ですから」
「そうですね。僕達にとっては、かなり良い当主ですよ」
やはり、ふたりにもラナは信頼されているのだな。それが分かっただけでも大きい。まあ、学校もどきの運営でも交流していたはずだからな。人となりは理解できているのだろう。
それなら、同盟の話もうまくいくはずだ。なにせ、お互いが望んでいるのだから。
「納得できているのなら、何よりだ。なら、話を進めていくか」
その言葉に、ふたりは頷いた。さあ、ここからが本番だ。しっかりと、成功させないとな。俺達の未来に関わる、大きなイベントなのだから。




