285話 突然の提案
ラナとのお別れの時間は、もう目の前だ。ということで、出ていく直前に顔合わせという感じだな。少し挨拶をして、ブラック家に帰ることになる。
家族に会えるんだという心と、ラナが遠くに行ってしまうという気持ちがどちらもある。これからも、同じような感情を味わい続けるんだろうな。みんなで集まれる機会なんて、おそらくは無いか少ない。
ということで、できるだけ心に刻んでおこうと思う。しばらくは会えないのは、間違いないのだから。
「そういえば、レックス様。あなたが帰る前に、話をしておきたいことがあります」
そんな事を、日常の会話かのように告げられた。とはいえ、少しは顔が緩んでいるように見える。わざわざ前置きをするあたり、単なる世間話ではないだろう。
いったいどんな話なんだろうか。気になるところではある。まあ、すぐに答えは明らかになるだろうが。
「顔からして、深刻なものではなさそうだな。どちらかと言うと、良い話か?」
「それは、レックス様次第です。ヴァイオレット家のように、インディゴ家とも同盟関係を結んでくれませんか?」
結構大きな話が来た。もう少し、念入りに準備をするものではないのだろうか。まあ、嬉しいことではあるが。ラナと大手を振って仲良くできるのは、ありがたい。
とはいえ、本当に急にだな。いま判断できるのは、俺しか居ない。まあ、受けたいものではある。それなら、良いか。
「お前が望むのなら、構わないが。家から反発が出たりしないか?」
「そんな事があるのなら、前の段階で起こっていますよ。何も問題などありませんし、起こさせません」
平然とした顔で、きっぱりと言いきった。自信が見える態度だな。まあ、実際にラナは慕われている様子だからな。あまり変なことをすれば、反発も大きいだろう。
それに、単純に強い。この世界では、とても大きな事実だ。強い魔法使いというのは、平気で数百人単位の戦力を打ち破れるからな。俺やフィリスであれば、万だっていけるだろう。というか、フィリスは原作で実現していた。やはり、優秀な先生だよな。
ラナだって、フィリスの教えが合ったからこそ伸びたのだろう。そういう意味では、フィリスと出会えたことが最大の成果だよな。いろんな意味で、影響が大きい。
こうしてラナが当主としてうまくやっている様子なのは、良いことだよな。俺にとっても、ラナにとっても。
「なら、受けさせてもらおう。それで、ヴァイオレット領で実行するのか?」
「いえ。ブラック領で実行させていただければと思います」
「ヴァイオレット家との時は、お互いに上下関係を発生させないためにラナが手を回したんじゃなかったか?」
「そうなんですけどね。でも、あたし達の関係を、できるだけ早く示したいんです」
そんな感じで良いのだろうか。結局、ブラック家が上という感じにならないか? いや、未だに借金があるのは事実なのだが。ラナが当主になったからといって、消えたりはしない。
まあ、今のブラック家は金に困っていない。ゆっくりと返してくれれば、それで十分だとは思う。何なら、今後の関係次第では帳消しにしても良いかもしれない。
ただ、ラナ自身が納得するかどうかは怪しいが。俺に恩義を感じている様子だし、これ以上借りが増えることは望まない気がする。
「お前が納得しているのなら、構わないが。結局、インディゴ家の問題だからな」
「レックス様は、本当に身内に甘いですよね。あたしとしては、ありがたいですけど」
まあ、もう少し疑うのが普通なのかもな。いくら友達とはいえ、利害関係だってあるのだから。ただ、それでも俺は信じたいと思う。少なくとも、友達と家族だけは。
これまでにだって、何度も助けてもらったんだ。それを忘れるつもりはない。何より、裏切られてもいい関係だと思っている。それこそが、友達というものだろう。
「何か企んでいるとしても、俺の不利益を狙ってではないと信じているからな」
「それだけは、約束します。あたしは、絶対にレックス様を裏切ったりしません」
まっすぐに、俺の目を見ている。もちろん、疑う気はない。言い回しからして、何かを企んでいる可能性もある。とはいえ、それは俺のためでもあるのだろう。
実際、俺は隠し事が得意ではないからな。知らせない方が良いと判断しても、何もおかしくはない。
「ああ、信じる。それを捨てたなら、俺はもはや俺では居られないからな」
「いつか足をすくわれても知りませんよ? なんて、その時はあたしが助けますけど。きっと、そういう人は多いです。ジュリア達だって、同じでしょう」
からかうように言いながらも、なんだかんだで強い目をしている。相応に強い意志があるのだろう。まあ、俺が頼りないと言われたら、納得するしかないのだが。
俺は暴力という意味では間違いなく上澄みだが、それ以外は凡庸だからな。支えてくれるつもりがあるのは、ありがたいことだ。
「やはり、俺は周囲に恵まれているよな。信じられる相手が多いのだから」
「それもこれも、レックス様のお優しさがあってのことです。少なくとも、あたしは」
「いや、お前達が良いやつだからだよ。信じる価値がある相手は、そう多くない」
「なんて言って、初対面のあたしを信じていたんですからね。今だから言いますけど、甘いです。甘すぎます」
きっぱりと言い切られる。まあ、否定はできない。ミュスカを信じている時点でな。原作では裏切ると知っていて、それでも信じることを選んだ。甘いと言われても、妥当なところだ。
とはいえ、俺は信じる人間でいたい。少なくとも、大切な人だけは。そうじゃなきゃ、納得できないからな。
「だが、お前達が信じてくれているのは、その甘さがあるからだろ?」
「否定はできないんですけど……。でも、心配です」
どこか不安そうではある。まあ、実際に何度も裏切られてきているからな。兄であるオリバー、生徒であるクロノ、教師であるアイク、父にも、親戚にも裏切られた。
それでも信じることを選んだ俺は、きっと愚かなのだろうな。でも、変えることなどできはしない。
「まあ、ジャンやミルラが疑ってくれる部分があるからな。だから、信じられる。負担をかけている面はあるのだろうが」
「あたしの言うことなら全部信じるんじゃないかって、実は疑っているんです」
ジトッとした目で言われる。大抵のことは信じると思うが、全部ではないだろうな。明日空が落ちてくると言われたって、信じないだろう。
まあ、そこが心配なのだと言われたら、分かるのだが。実際、親しい人が相手なら、まずは信じるだろうからな。よほどの矛盾がない限りは。
「そこまでではないぞ。ジュリアが俺を裏切っているとか言われたって、信じないと思う」
「言い回しが不安なんですよね。あたしが敵だって言えば、誰でも敵にできそうで」
ラナを傷つけようとするのなら、俺の敵ではある。ただ、そういう意味ではないのだろうな。冤罪をふっかけても、信じそうみたいな。無いとは言い切れない。悲しいことではあるが。
「そんな俺を、支えてくれるつもりなんだろ? だから、同盟を結ぶ。俺はお前を信じるだけだ」
「分かりました。最初からそのつもりですから。でも、少し大変そうですね……」
ため息を吐きながらも、ラナは晴れやかな顔をしていた。その信頼を裏切らないように、これからも努力を続けよう。そして、ラナを信じ続けよう。それだけが、俺にできることなのだから。




