284話 遠いいつも
ラナの暗殺未遂も片付き、これでいよいよ事件も終わりを迎えたと言って良い。これから先も何かがあるのなら、話は別だが。まあ、普通にないだろう。
それに、大抵の問題はブラック家から転移するという手段でどうにかできるはずだ。だから、そろそろお別れだな。また、寂しくなる。
とはいえ、再会の楽しみだってある。俺達の関係は壊れたりしていないのだから、きっと大丈夫だ。危ない時は、俺が助けるだけだし。
まあ、ラナだって強くてしたたかな部分はある。簡単には負けないだろうな。ということで、安心して帰ることができる。
今回は、最後の集まりといったところか。ジュリア達も揃っているし、学校もどきを思い出す。そんな時間も、またしばらくはお預けだ。今回で、目一杯楽しんでおかなくてはな。
「これで、完全に一段落ついたな」
「僕達の知らないところで動いているのは、水臭いんじゃない?」
ジュリアには、そんな事を言われてしまう。どこか、ジトッとした目で。まあ、蚊帳の外だったからな。しかも、戦力として連れてきておいて。まあ、呆れていても納得ではある。
とはいえ、ジュリア達が居ると戦術の幅が増えたかというと、そうでもない。全体的には、間違っていない判断だとは思う。
「あはは……。でも、あたしがひとりだと思われることに意味がありましたから」
ラナの計画だと、ジュリア達の出番はなかったからな。囮としてひとりで出歩くという戦術だったから。隠密としての能力があれば、話は別だったのだろうが。そこは、納得してもらうしかない。
まあ、もっといろんな運用を考えるのは、大事なことではある。俺ひとりで全部解決していては、俺が居ないときに困るだけだからな。
「お二方が納得しているのなら、私は構いません。ただ、どうせなら私の手で始末したかったですね」
「ご褒美を貰える機会が減った。断固抗議する」
シュテルは相変わらず過激で、サラもいつも通りだ。ご褒美とは言いつつ、撫でたり抱っこしたりと言うだけ。実質的にはタダなんだよな。いや、給料は支払っているが。
まあ、サラの不満も分かる話だ。自分の仕事を奪われたと思えば、いい気分はしないだろう。埋め合わせは、必要かもな。そんな事を考えていたら、すでに俺と触れ合うくらいの距離に近寄ってきていた。なら、俺のやることは決まっている。
「いつものくらいなら、別に構わないぞ。というか、サラもそのつもりみたいだな」
「もう、サラ! あまりレックス様にご迷惑をおかけしないの!」
「シュテルも素直になれば良いのに。自分もご褒美がほしいってさ」
「ふふっ。それもシュテルらしさですよ。つつましいものですよね」
過激な発言をする割には、遠慮がちだよな。まあ、俺が偉大だと思っている証拠でもあるから、頭が痛い部分もある。尊敬されるのは嬉しいが、限度もある。
とはいえ、シュテルが過激なのは、発言くらいのもの。それくらいなら、可愛いだけだ。
「からかわないでください! 私はあくまでレックス様のためを思って……!」
そんな事を言いながら、こちらをチラチラ見てくる。あまり良くないかもしれないが、いたずらごころが浮かんできた。
「なら、サラだけにご褒美をあげれば良いのか?」
「レックス様、そんなご無体な……。分かっていて、言っていますよね?」
上目遣いで、言われてしまう。まあ、意地悪だったよな。ちょっと恨めしそうだ。とはいえ、本気でシュテルをのけ者にするつもりはない。求められるのなら、答えるだけだ。今は時間があるのだから、当たり前だよな。
「素直にならないから……。僕も、人のことは言えないんだけどね」
「なら、あたしがその分をもらっちゃいましょうか。レックス様、お手をお借りします」
サラを撫でている手とは逆の手を、頭に乗せてくる。当然、撫でていく。こうしていると、子供なんだなと感じるよな。みんな、中学生くらいだものな。甘えたい気分も、あるのだろう。
ここに居る子達は、特にだろう。みんな、親に愛されていない。その代わりの愛情を求めるのは、当然のことだ。まあ、誰かの代わりとして見られているとは思わないが。
「ラナ様まで……! ……お願いしても、良いですか?」
「僕もお願い。ちょっと、羨ましくなっちゃった」
本格的に、お願いされてしまう。こうなったら、受けるしかない。まあ、もともとそのつもりではあったが。
「とはいえ、俺の手は二本しかないからな。しばらくは、順番待ちをしてもらうことになる」
「素直さの勝利。これが、私の技」
サラはシュテルの方を見て、ニヤリと笑う。本当に、仲が良いものだ。微笑ましくなってくる。こうしてからかい合うこともできるのだから。
「笑うんじゃないわよ! も、もう……! 待ち遠しいです、レックス様……」
「実際、素直になれない僕達のせいだからね。この屈辱は、その証だよ」
うつむいて、拳を握っている。いやいや、極端だな。まあ、ご飯でも同じか。目の前で美味しそうに食べていて、自分だけ食べられなかったら腹が立つ。いや、それでも待てば出てくると分かっている状況だよな。
「いくらなんでも、屈辱は大げさじゃないか……?」
「そうですか? あたしが逆の立場なら、同じことを考えていますよ」
「ご褒美を奪うことは、誰にも許されない」
みんな真顔でジュリアを肯定している。案外、普通のことなんだろうか。女子の気持ちは分からないから、何とも言えない。
というか、俺と同じような状況を経験するやつは居ないか少ないかだろう。それは、常識で判断できなくて当然ではあるのだが。前例がない状況は、知識ではどうにもならないのだし。参考にはできても、正しいと断言できる答えは出ない。
「俺がおかしいのか……? いや、嬉しいと思ってもらえるのは、ありがたいのだが」
「一般的には、おかしいのはあたし達ですよ。でも、レックス様のせいですからね」
「そうですよ! レックス様の魅力のせいなんです!」
そんな事を、強く語られる。俺のせいにされても困るのだが。好かれているのは嬉しいが、それとこれとは話が別だ。
まあ、我慢させていたのは俺ではあるからな。多少の無茶ぶりくらいなら、受け入れるべきか。
「開き直っちゃったよ。シュテルってば、極端だなあ」
「分かりきっていたこと。シュテルが一番過激」
「人聞きの悪いことを言うんじゃないわよ! レックス様、違いますからね!」
慌てた様子で言ってくるが、俺はもうとっくに過激だと思っている。まあ、理性だって信じているのだが。少なくとも、俺の意思を無視して誰かを傷つけることはないはずだ。
とはいえ、俺がどう思っているかは、少しくらいは伝えた方が良いよな。実際、行き過ぎな部分はある。
「それを言うには、あまりにも遅すぎたな。可愛いものではあるが」
「レックス様まで……! もう、ひどいですよ……!」
頬を膨らませながら言っている。なんだかんだで、甘えられているのだろう。感情を表に出しても大丈夫だと、信じられている。それは間違いない。だからこそ、今後もシュテルを大事にしないとな。いや、みんなか。
「今回ばかりは、シュテルのせいかな。かばう気にはならないよ」
「ふふっ、分が悪いみたいですね。あたしが、味方してあげましょうか?」
「提案した時点で、あなたは私の敵です! もう知りません!」
そんな事を言いながらそっぽを向くシュテル。こんなやり取りも、もうすぐ見られなくなる。その事実が、少しだけ寂しかった。




