281話 大きな意図
とりあえず、ラナを襲撃した犯人から情報を引き出すことに成功した。とはいえ、本当のことだと確認まではできていない。冤罪で敵対してしまえば、色々な意味で良くない。
単純にいらない敵を増やすというのもそうだし、周囲からの信頼もなくなるだろう。どうせ潰すのなら、相応の口実を用意して大義のもとに叩き潰すべきだ。それに、冤罪で犠牲になるのは可哀想だからな。
ということで、ラナと話を進めていた。今後どうするのか、しっかりと相談するために。
「さて、アズール家が犯人だという前提で行動して良いものか。死なせてしまったのが悔やまれるな」
「すみません。闇魔法があれば、追跡調査もできましたからね。あたしの失敗です」
ラナは頭を下げる。まあ、同意するところではある。追跡して関係者を当たれば、もっと情報を引き出せたような気もする。とはいえ、終わったことを責めても仕方がない。
というか、責めたくて言ったことではないからな。言い回しに失敗している気もする。まあ、ここはフォローしておけばいいか。
「お前が無事なら、それが勝ちなんだ。反省は必要かもしれないが、後悔する意味はない」
「ありがとうございます。なら、もう一度囮になりますね。それが早いでしょう」
次も暗殺者が来るのなら、その時に追跡調査をすれば済むからな。とはいえ、襲われるラナには危険がある。まあ、暗殺者に狙われている時点で、どうあがいても危険をゼロにすることはできない。なら、有効そうな手段を選ぶのは普通のことだ。
というか、ある程度は妥協が必要なんだよな。そうしないことには、何も進まない。まあ、もっといい案があるのなら、それを採用したいところではある。今は、何も思いつかないが。ラナだって、思いついていなさそうだよな。
「さて、どうだろうか。まあ、俺には代案がないから、あまり反対もできないが」
「もちろん、油断はしませんよ。そんなくだらないことで、レックス様との時間を奪われたくありませんから」
ある意味、とんでもない物言いだ。だが、心強い。やはり、自分の日常を守るために戦う人は強いと感じる。いい意味で安定していると思えるんだよな。
それに、俺との時間をとても大切にしてくれている証だ。俺にだって、気合いが入るな。
「なら、安心だな。それにしても、暗殺未遂をくだらないことと言えるのは、強いな」
「これも、愛ですよ。レックス様には、伝わっていますか?」
さて、どんな愛だろうな。恋愛感情だとしても、少なくとも今は応えられない。俺には、そんな余裕はない。恋愛で浮かれていたら、大切なものを失ってしまう気がするから。
これから先も、大変な事件がいくつも待ち受けている。それは分かりきっているんだ。だからこそ、あまりに強い幸福は怖い。恋愛は、下手したら他のことを考えられなくなってしまうからな。
自分で自分を制御できないなんて、危険すぎる。俺は、できる限り冷静に判断しなければならない。そうでなければ、闇魔法の強みを最大限に活かせないのだから。そして、結果的に大切なものを取りこぼしてしまうだろう。
だが、期待を持たせるのも違う気がする。ハッキリ断ってしまうことも、また。相手の感情を軽んじる選択は、どれも間違いに思えてしまう。さて、どうしたものか。
「俺が居るから気合いが入るというのなら、俺も頑張らないとな」
「今は、それで良いです。下手なごまかし方、きっとみんな気づいていますよ」
穏やかな目で、こちらを見ている。ラナの言うことだから、正しいのだろうな。周囲の様子を、よく見ている人だから。
とはいえ、告白を受けることは難しい。どうするのが正解なのだろうな。全く分からない。優柔不断なのだろうな、俺は。
「やはり、そうか。だが、どう答えて良いものか分からなくてな」
「お互い、立場がありますからね。それに、レックス様だって、自分の感情が分からないんでしょう」
落ち着いた声で、そう言われる。まあ、実際に分からない。俺は誰が好きなのか。そんなことも。いや、みんなが大好きではあるのだが。そういう意味ではない部分の本心は、まだ見えてこない。
俺が自分の感情に鈍いだけなのか、あるいは誰にも恋愛感情なんて持っていないのか。前世を考えたら年齢差があるのは事実だから、そういう目で見にくいのはあるが。
まあ、焦って答えを出すことは、当人が望んでいないように思える。だから、今は急ぎすぎなくて良い。原作の事件が落ち着く頃には、答えを出したいものだが。
「そうだな。みんなが大切だというところまでは、分かっているのだが」
「ただ、その本当の意味までは分からないと。なら、なおのこと力が入りますね」
胸の前で、拳を握っている。本気で力が入っているのだろう。ラナの幸福は、心の底から祈っている。というか、みんなの幸福を。だが、状況が状況だからな。どう言うのが正解か、いまいち分からない。
なら、素直な気持ちを伝えておくか。とはいえ、言い回しが難しいが。
「俺が言っていいのか分からないが、頑張ってくれよ」
「もちろん。あたしは、あたしの幸福のために全力を尽くすだけですよ」
その姿勢は、とても大事なことだ。他者を踏みにじることに全力を尽くすのなら、話は別だが。自分の幸福を追い求める権利は、誰にでもある。そのために努力するのは、普通のことだ。
だから、ラナの気持ちは分かる気がする。俺だって、みんなが幸せでないと喜べないから、努力しているんだからな。
「そうだな。俺だって、そうするだけだ」
「だから、行ってきますね。あたし達の、幸せな未来のために」
「ああ。絶対に負けるなよ」
ということで、またラナはひとりでうろついていた。しばらく経過した頃、また襲撃を受ける。それを確認して、転移してラナの様子をうかがっていく。最悪、こちらで相手を殺せるように。情報が抜けないとしても、ラナが傷つくよりはマシだからな。
ただ、ラナは簡単に勝っていた。その隙をうかがい、俺は敵に魔力を侵食させていく。
「その程度の実力では、あたしの足元にも及びません。よく伝えることですね」
敵は、這々の体で逃げていく。それを確認して、動きを追跡しておく。どこに逃げても、簡単に追いつけるように。
「ラナ、闇の魔力の侵食は済ませておいた。後は、追いかけるだけだ」
「今回は、場所だけ確認できれば十分です。後は、別の形でとどめを刺すだけですから」
アジトというか、アズール家が黒幕だと分かってしまえば、後はどう殴るかを考えるだけだからな。暗殺者を殺すことよりも、そちらの方が大事だよな。
「ああ、そうだな。単純に殴るだけでは、片手落ちだからな」
「そういうことです。相応の大義名分を用意しましょう。レックス様も、その功労者になるんですよ」
「良いのか? 公然の秘密かもしれないが、俺達の関係を公にして?」
「今さらですよ。フェリシアさんの話に乗った時点で、この未来は決まっていました」
まるで暗殺者が出てくることも決まっていたかのような物言いだな。まあ、そんな訳はないのだが。普通に考えれば、ラナと俺の関係が広まることは決まっていたという意味しかないよな。
「まあ、そうか。立会人なんて、両者と親しくないと難しいものな」
「そういうことです。ですから、あたし達はもう一蓮托生なんですよ?」
はにかみながら、そんな事を言われる。まあ、今さらだな。ラナが危険な目にあって、見捨てるなんて事はあり得ないのだから。誰が敵であれ、変わらないことだ。
「そのふたりの敵は、アズール家で決まったみたいだな。さて今後について考えないと」
「はい。あたし達の未来のために、ね」
柔らかく微笑むラナは、どこか蠱惑的に見えた。




