279話 昏い決意
とりあえずは、大きな問題は一段落ついた。とはいえ、まだ事後処理は残っている。それを終わらせるために、インディゴ家に滞在していた。
あと何日ここに居られるのだろうな。そんな事も考えてしまう。俺の居場所は、あくまでブラック家なのだが。帰れば、家族達と再会できる。それは、間違いなく楽しみな瞬間だ。
カミラは、きっとツンケンしながらも受け入れてくれる。メアリは、目一杯甘えてくるだろう。ジャンは、いつも通りに接してきそうだな。母さんは、俺の心配をしてくれそうだ。ミルラは、仕事の話をしつつも穏やかな時間をくれるだろう。
そう考えると、待ち遠しくもあるような。ただ、ラナとはしばらくお別れだ。それは名残惜しい。これからは、全員でそろう機会など無いのだろうな。そう思うと、寂しくはある。
とはいえ、俺にできることは、一緒に過ごせる時間を大事にすることだけだ。結局、大した事はできない。まあ、それで良いのだろうが。
そういう訳で、日常と感じるような時間を過ごしている。ずいぶんと、長く居ることになったものだ。もう、3つも事件を解決しているのだからな。
「ご主人さま、ご飯ができましたよっ」
ウェスが食事を持ってきてくれる。やはり、メイド達の食事が一番だよな。大げさかもしれないが、心の故郷みたいに思える。
まあ、この世界に転生してからずっと、メイド達が作った料理を食べてきたんだ。愛着が湧くのは当然ではある。もう、別のメイドなんて考えられないくらいだ。これから先も、ずっと一緒に居たいものだ。
「ありがとう、ウェス、アリア。今日も美味しそうだな」
「レックス様にご満足いただけるように、愛を込めていますから」
「そうですよっ。ご主人さまに喜んでいただけるのが、一番なんですっ」
肉と野菜、穀物をバランス良く取り入れている。おそらくは、栄養も考えてくれているのだろうな。前世ほど栄養学は進んでいないにしろ、バランスの良い食事が大事だというのは知られているのだし。少なくとも、貴族の間では。
平民だと、とりあえず取れるものを食べるしかない人も居るだろうから、そこまで考えてはいられないのだろうが。やはり、俺は幸運だよな。この世界では、明らかに恵まれている。
「なら、味わって食べないとな。せっかくの料理なんだから」
「好きに食べてくだされば、それで十分ですよ。ウェスさんも言った通り、レックス様が喜んでこそですから」
「分かった。いただきます」
そんな風に食事を進めていると、闇魔法の検知に引っかかったものがあった。どうにも、ラナが攻撃を受けている様子だ。それが分かったからには、ゆっくりと食事なんてしていられない。慌てて立ち上がって、そのまま走っていく。驚いている様子のメイド達に、最低限の声だけかけて。
「すまん、ふたりとも。ちょっと、席を外す! いつ戻るか分からないから、料理は残さなくて良い!」
「分かりましたっ。がんばってくださいねっ」
「かしこまりました。では、待機させていただきますね」
数歩走って、すぐに転移の存在を思い出した。そこで、ラナのもとへと飛んでいく。すると、ラナのそばに、何者かが倒れていた。状況から察するに、襲撃犯だろう。
とりあえず、ラナの無事を確かめるために声をかける。
「ラナ、大丈夫か! 何があった!?」
「来てくれたんですね。見ての通りですよ。何者かに、襲われてしまいました」
下手人に近寄って脈を測ると、すでに止まっていた。顔が濡れているので、おそらくは溺れて死んだのだろう。ラナの魔法だろうな。そう考えてラナの方を見ると、落ち着いた様子だった。それに、怪我をしている感じもしない。まずは、軽く息をついた。少しだけ、安心できたからな。
「死んでいるのか。困ったな。これでは、情報を引き出せない」
「きっと、今回だけでは終わらないと思うんです。あたしが囮になりますから、調べてくれませんか?」
平然とした顔で、そんな事を言う。俺としては、受け入れがたい。今回だって、ラナに攻撃を仕掛けられたのが感知できた。それに、現場には刃物が落ちている。どう考えても、殺しに来ているからな。
「だが、それは危険だ! 相手だって、命を狙ってくるんだぞ!」
「レックス様なら、守ってくださいますよね? 信じていますよ、あたしは」
穏やかな声で、そう伝えられる。まっすぐに、俺の目を見ながら。強く信じてくれているのは、確かに伝わる。実際、襲われること自体は現段階では防げない。それなら、何らかの対処は必要だ。少なくとも、無策よりはマシだろう。
唇を噛みたくなるが、こちらから仕掛けることは難しい。なにせ、誰が命じたのかも分からないのだから。先手を取って殺すのは、まず不可能だ。どうしても、後手に回るのは避けられない。
「……決意は、固いようだな。確かに、代案はない。なら、仕方ないか」
「そもそも、今回だって無傷で勝てましたからね。そこまで心配はしなくてもいいですよ」
落ち着いた笑顔で語られる。おそらくは、俺を安心させようとしているのだろう。実際、闇魔法の防御を抜ける手段は多くない。そして、現状では俺の闇魔法がラナに仕込まれていることについては知られていないはずだ。そこまで対策を取られるとは考えづらい。
そうなると、ある程度は安心できる。とはいえ、警戒を抜くのは論外だ。できる限りの対策をするのは、前提条件だよな。
「寝ているところを襲われたりとか、毒を仕込まれたりとか、色々あるんだ。気を付けてくれよ」
「もちろん。ですが、レックス様に貰ったチョーカーもありますから。対処はできます」
まあ、毒にも対策できるようにしている。だから、そう簡単には被害は出ないだろう。そういえば、ジュリア達やメイド達の安全も考えないとな。まあ、事件を伝えることと魔力を送ることくらいしかできないが。
「なら、良いが。お前が死んでしまえば、何の意味もないんだ。それだけは、理解してくれよ」
「あたしだって、レックス様と離れ離れになりたくありませんから。ちゃんと、警戒しますよ」
「本当に、頼むぞ。今回も、肝が冷えたからな」
「大丈夫ですよ。約束したじゃないですか。あたしは、死んだりしません。レックス様と同じ未来を、必ず生きてみせます」
自分の胸に手を当てながら、そう語る。実際、怖がっていても何も解決しない。それだけは確かだ。なら、できることをするしかない。当たり前だが、大事なことだ。
「そうだな。後ろ向きになるだけじゃなくて、前を見ないとな。さて、どんな対策ができるだろうか」
「あたしは、故意にスキを作ります。ですから、レックス様には見守っていただきたいんです」
「闇魔法を使って、だな。つまり、ひとりになる時間を増やすのか?」
「はい。それが、一番狙いやすいと思うんですよね」
まあ、暗殺を狙うというのなら、邪魔が入らないようにするのは普通のことだ。いつでも転移できるようにしながら警戒しておけば、対策はできるか。
ラナの周囲を常に探っておけば、先手を打って敵を捉えられるかもしれないし。まあ、不眠不休とはいかないが。ただ、完全に待つだけじゃないのは気が楽だ。何か手を動かせるだけでも、だいぶ違うよな。
「なら、俺の魔力を送っておく。使えそうなら、魔法を使ってくれ」
「分かりました。頼りにしていますからね、レックス様」
さあ、絶対に黒幕を見つけ出さないとな。そうして、報いを受けさせてやる。今回ばかりは、甘い対処をするつもりはない。俺の仲間に手を出すことがどういうことなのか、絶対に思い知らせてやる。




