277話 希望の先は
王家に告発した麻薬問題だが、沙汰が出たらしい。思っていた以上に早い対処で、かなり驚いた。最低でも一月くらいはかかると考えていたが、そうでもなかったようだ。
まあ、麻薬はかなり大きな問題だからな。早く対処しないと、大ごとになるのは確かだ。そういう意味では、王家は適切な判断をしてくれた。
ただ、気になる部分もあるんだよな。急ぎすぎて、周囲との関係に問題が出たりしていないだろうか。ミーアやリーナが心配だな。負担になっていなければ良いものだが。
それもこれも、全部詳しい話を聞いてからだ。ということで、ラナと話をしていく。
「結局、例の当主は打ち首になったそうですよ。それで、あたしがそこを運営しろと」
ラナはいつもの調子で言っているが、とんでもないことだぞ。完全に相手の家を切り捨ててしまった。麻薬は許さないという宣言なのか、あるいは他の意図があるのか。なんにせよ、びっくりする。
まあ、ありがたいのは確かだ。麻薬が広がってしまえば、俺もラナも困っただろうからな。それが避けられただけでも、とても大きい。
とはいえ、これから大変だぞ。他の領地と違って、まだラナを受け入れる体制になってないだろう。そこを納得させるところから始まるわけだ。俺も協力した方が良いのだろうな。無論、望むところだ。
「ずいぶんこっちに都合の良い形で帰ってきたな」
「あたしは領地を広げているんだから、問題ないだろうとのことです」
「なるほどな。王家には現状を理解されていると。良いことなのか、悪いことなのか」
まあ、把握していなかったとしたら、王家を頼りなく感じていただろうが。実質的には、俺達の行動を黙認したようなものだよな。さて、どう出るだろうか。
反乱の意思はないので、あまり疑われるようなら困ってしまうが。ミーアやリーナなら、信じてくれるとは思うが。だからといって、個人の信頼だけで動けないのも王家だろうからな。関係性にどう影響が出るのか、注意深く見極めたいところだ。
「レックス様の連名が効きましたね。やはり、敵に回したくないみたいです」
「まあ、万が一俺が反抗してしまえば、王家くらいは潰せるだろうが」
「もともと、闇魔法使いには触れないというのが一般的な貴族ですから」
いたずらっぽく、そんな事を言う。そんな言い方からして、俺を信じてくれているという意図を込めているのだろう。嬉しい限りだ。
まあ、闇魔法使いは、原作では全員悪役だったからな。ミュスカもレックスも。そうなると、悪人だと考えるのは普通のことだ。
にもかかわらず、闇魔法使いは圧倒的に強い。少なくとも、並大抵の魔法使いでは勝てない程度には。それは、扱いに困るよな。疫病神のような扱いも、むべなるかなといったところだ。
「ああ、聞いたことがある気がする。暴れられるよりも、多少のわがままを許した方がマシだとか」
「呪物みたいな扱いですよね。もちろん、レックス様は違うと信じていますよ」
自分の胸に手を当てながら、穏やかな声で伝えられる。間違いなく、信頼関係は築けているはずだ。そうでなくては、今回のように頼られたりしないだろう。それに、俺に対して真摯に接してくれているからな。おもねるような物言いではないはずだ。
俺の気持ちは、ラナに伝わっているはずだ。信じているし、大事な仲間だと感じている。失いたくない相手だとも。だからこそ、その関係を壊さないようにしないとな。
「ああ。ただ、実際に闇魔法使いには悪人が多いらしいからな」
「知り合いだと、後はアイク先生とミュスカさんですか。アイク先生は、確かに悪人でしたね」
クスクスと笑みを浮かべながら言っている。まあ、過ぎ去ったことだからな。それに、笑い話として扱えるくらいの方が良いか。あまり深刻に捉えるのも、疲れるだけだからな。
アイクと手を取り合えなかったのは残念だが、ミュスカとは仲良くできている。それで十分なはずだ。裏切られないことを、信じ続けるだけ。それでいいよな。
「ミュスカは違うと信じたいものだな。というか、良いやつだとは思っているが」
「ふふっ、レックス様なら、きっと仲良くできますよ。なんて、あまり面白くはないですけど」
どこか湿度の感じる目で、こちらを見ている。まあ、不満は本心なのだろうな。とはいえ、だからといってミュスカとの関係を切ろうとは思わない。せっかく、希望が見えてきたんだ。ここで断ち切りたくはない。
原作では悪役だった相手とでも、仲良くできる。そんな事実があるのなら、より良い未来をつかめる可能性は高いよな。だから、こればかりは譲れない。
「勘弁してくれよ。友達と仲良くするくらい、許してほしいものだな」
「もちろんですよ。あたしは、レックス様を縛るつもりはありませんから。自由なあなたこそが、輝いているんですから」
明るい顔に変わって助かるが、完全に納得はしていないのだろうな。今後のためにも、気にしておかないとな。不満を抱えさせても、あまり良いことはない。
とはいえ、無理やり踏み込むのは明らかに違う。今は、素直に話に合わせるのが正解だろう。
「そこまで褒められても、何も出ないぞ」
「もう十分ですよ。あたしの病気を癒やしてもらって、今回も助けてもらっているんですから」
優しい顔で、こちらに微笑みかけてくる。まあ、恩といえば恩なのか。というか、今回の事件もそろそろ解決しそうだ。つまり、またしばらくはお別れだ。
「そうか。もう終わりだと思うと、寂しくなるな。ただ、事件が終わったのは喜ばしいが」
「とはいえ、もう少し手伝ってくれると嬉しいです。新しい領地を、安定させたいですからね」
「そうだな。ラナが苦しまなくて済むように、最大限に協力するよ」
「ありがとうございます。レックス様のお優しさが伝わらないのは、もどかしくもありますね」
悔しそうに見えるが、あまり気にしなくても良いのにな。ブラック家の評判が悪いのは事実だし。それに、俺には多くの味方がいる。信じられる仲間は、とても多い。だから、何も問題はない。
まあ、アストラ学園で嫌われていた時は、確かに傷ついていたが。だが、みんなのおかげで元気が出たのも事実だ。今となっては、そこまで迷わないだろう。
「お前達さえ理解してくれているのなら、それで良いんだよ」
「ブラック家の当主としては、甘い発言ですね。そういうところも、大好きではありますが」
ラナに好かれているのは嬉しいが、やはり改善したいところだよな。俺は家族や仲間の生活を背負っている。だからこそ、愚かなままではいられない。もっと成長するべきなんだろう。
とはいえ、俺ひとりで完璧を目指す必要はない。足りない部分は、みんなに補ってもらう。それも大切なことだよな。
「お前は、敵に回したら手強そうだな。今は、頼りになる味方だが」
「ふふっ、あなたのために、頑張りますよ。あたしは、レックス様に救われたんですから」
「だからといって、無理はするなよ。何度も言っているが、お前達の幸せが一番大事なんだ」
「もちろんですよ。あたしは、あたしの幸せのためにレックス様のそばに居るだけです」
俺とラナの幸せは、とても近いところにあるのだろう。素晴らしいことだ。だからこそ、手を取り合えるはずだ。これから先も、きっとずっと。
「なら、これからもよろしくな。ブラック家とインディゴ家も、仲良くできるように」
その言葉に、弾けるような笑顔で返してくれた。俺達の未来は、きっと希望であふれているはずだ。今日ばかりは、そう信じることができた。




