272話 選択肢の意味
盗賊たちと一緒に捕らえた領主だが、とにかく扱いに困った。殺してしまえば問題だし、顔を見られている状態で解放するのも危険だろうと思えたからだ。
ただ、捕らえておいても状況は改善しないだろうと判断した。解放してもしなくても、どうせ領主の一派は敵に回るだろう。そう判断して、解放することに決めた。
放つ時には悪態をついていたので、警戒することに決めていた。そんなある日、ラナに呼び出された。今回は、俺だけだ。ということは、大きく動く予定はないのだろう。なので、落ち着いて話を聞いていく。
「レックス様、解放した領主ですが、帰路で殺されたみたいですね」
またか。誰が下手人か知らないが、おそらくは広まった噂が関係しているのだろう。証拠を消すために殺されたか、あるいは領民に殺されたか。
いずれにせよ、近くの領に混乱が引き起こされると面倒なんだよな。できるだけ早く、解決したいところだ。
「なるほどな。前回と同じ感じか。それで、後継ぎは居るのか?」
「どうも、まだ子供は生まれていないみたいですね。それに、領主一家に対して嫌悪感が広まっているみたいです。それで、誰も代わりになりたがらないのだとか」
その感じだと、領民によって殺されたと疑っているのだろう。だから、自分も殺されるかもしれないと心配している。そんなところか。だとすると、誰が代わりになるのだろうか。少なくとも、何の教育も受けていない人間だとマズいのだが。
民衆から代理が出たところで、グダグダな政策が実行される未来が見える。この世界だと、文字を読めることですら、高度な教育の賜物なのだから。そんな状況で権力を得た平民がどうなるか。歴史が証明しているよな。
「だったら、どうするんだ?」
「あたしを領主にと望む声が多いですね。件の領主一家からもです」
もうメチャクチャだ。どんなことになれば、そこまでこじれるんだよ。まあ、なってしまったものは仕方ない。今後の動きを考えるのが、俺達にできることだよな。
「なら、後は周囲との関係が問題になりそうだな。大丈夫か?」
「最悪、力で抑えてしまえば良いので。取れる手段の幅は、案外広いですよ」
力で解決するのは、あまりいい手とは言えないことも多い。だが、その選択肢を持っているだけで、心構えが変わり、対応が変わる。そういう意味では、必要な考えだろう。
あまり争うことを恐れ過ぎたら、土下座外交みたいになるからな。それでは、この世界では舐められて終わりだろう。
「それなら良いが。他は、そうだな。娼館に関しては、どうするんだ? 取り潰しは、まずいだろう?」
「レックス様、まさか通いたいとか言いませんよね。そんな事をするくらいなら、あたし達を使ってください」
ジトッとした目で見てくる。ラナの言っていることも大概だが、まあ分からなくもない。外で問題を作るのは、周囲に迷惑をかけるだけだからな。身内同士の問題の方が、まだなんとかなるものだ。
いや、あるいは嫉妬もあるのかもしれないが。とはいえ、今の俺には誰かと恋をする余裕なんてないんだよな。兎にも角にも、原作で起こる問題を解決しないことには。
恋人を作ったところで、世界が滅んでは何の意味もないのだから。そこまでいかなくとも、俺が死ぬ可能性も、相手が死ぬ可能性もある。だから、まだまだ先の話だな。
「いや、違う。治安の心配をしているんだよ。当たり前に利用したものが無くなると、絶対に不満は暴発するだろうからな」
「とはいえ、人さらいは潰してしまいましたよ? どうやって、人を確保しましょうか」
サラッと言っているが、本音だとすると怖いよな。まあ、ラナに限ってはあり得ないことだろうが。いくらなんでも、人を道具みたいに扱ったりしないだろう。そのあたりは、強く信頼している。
「基本的には、給料目当ての人間と、そういうことが好きな人間を集めることになるんじゃないか?」
「まあ、妥当でしょうね。人さらいを再開するのは、意味がありませんからね」
「そうだな。色々な意味で問題だらけだ。俺も、止めるだろうな」
「レックス様は、お優しいですからね。あたしですら、大切に扱うくらい」
はにかんでは居るのだが、自己肯定感の低さが見えるよな。環境を考えれば、おかしくはないのだが。両親に売られるなんて経験をして、傷つかないはずがないんだ。
ただ、今この場で解決できることではない。ゆっくりと時間をかけて、ラナの心を癒やしていくしかないんだ。そう思うと、領主という立場はあまり良くないな。考えることも多くて、大変だろう。俺だって、かなり苦労しているからな。
それでも、否定の言葉はかけられない。領主なんてやらなくて良いと言えば、きっと自分の能力が足りないせいだと受け取られる。そんな気がするんだ。
「感謝してくれるのは嬉しいが、恩を気にしすぎるなよ。お前達が幸せになれない恩返しなんて、こっちが嫌だ」
「そういう優しさを娼婦に向けられたら、大変なことになりそうでしたからね。やっぱり、あたし達が行って正解でした」
どうなのだろうな。案外、何も無かった気もするが。まあ、結果的にうまく進んでいるのだから、それでいいだろう。
それに、ある程度親しい相手だからこその言葉だからな。見知らぬ他人が不幸になっているのは悲しいことではあるが、だからといって、全てを助けようとは思えない。現実的に難しいし、何より大切な相手を優先したいからな。
「まあ、誰にでも優しくするつもりはないぞ。俺にとって大切な人だけだ」
「初対面のあたしの病気を治した時点で、信用できないんですよね……」
「それを言われると弱いが。だが、もう大切な人を増やす余裕はない」
「とか言って、目の前で困ってたら助けちゃうんじゃないですか?」
今の俺なら、見過ごしてしまうかもしれない。正直に言って、進歩とは思えない。それでも、もう失いたくない。父を殺した時のような悲しみは、二度とごめんだ。
とはいえ、分からないんだよな。目の前で死にそうな人に出会うことは、最近は無いから。敵を例外にしている時点で、もうこの世界に馴染んでいるのかもな。だが、もはや戻れない。
ただ、目の前で助けを求める人を見捨てるのは、絶対に苦しいんだよな。それだけは分かる。
「否定はできないかもな……。でも、今はお前達を優先するつもりだ。どちらかしか助けられないなら、選択は決まっている」
「ジュリアさんとあたしならって聞いたら、困りますよね?」
上目遣いで聞いてくるが、選べるような選択肢ではない。どちらかを失った時点で、俺はおかしくなるだろう。というか、壊れてしまう気がする。
だからこそ、絶対に守ってみせる。どんな手を使ったとしてもだ。
「それは、流石にな……。そんな状況にならないように、全力を尽くすだけだ」
「レックス様らしいですね。なら、あたしはそんなレックス様を支えますね」
「ありがとう。だが、お前だって頼ってくれよ」
「もちろんですよ。今回だって、助けを要求したでしょう?」
いたずらっぽく微笑むラナの姿に、勇気づけられた気がした。そうだよな。これから先も仲間を助けられるように、進み続けるだけだ。
さて、後の残りは、麻薬の流行か。どうやって止めたものかな。




