269話 次に向けて
とりあえず、アードラ商会が襲われた件については、一区切りついた感じだな。完全に終わった訳ではないだろうが、俺にできることはほとんどない。
優先順位を考えたら、次の問題に取り掛かってもいいだろう。スマルト領の運営に関しても、それなりにうまく行っている様子だからな。他の問題も解決しなければ、結果的に今うまく行っているところにも波及しかねない。
そう考えると、大きい問題から対処したいところだ。インディゴ領やスマルト領に被害が出そうなものを、優先的に。といっても、どちらも関係してきそうだな。人さらいからの人身売買と麻薬の流行だものな。むしろ、平和なところを狙う理由が大きいものだ。
つまり、まだ休んでいられないということだな。悲しいことだ。そう考えていると、いつものメンバーで集まることになった。まあ、今後の動きについてだろうな。
ということで、まずは俺から話をすることにした。
「さて、ひとつ目の問題は解決したと言っていいだろう。次はどうする?」
「残っているのは、人身売買と麻薬の流行ですね」
どう考えても大ごとなのだが、この世界では珍しくもない気もする。前世でだって、治安の悪い国では当たり前にあったことだからな。中世くらいなら、もっと多かっただろう。そう考えると、無い方がおかしいのか。
ただ、すべてを解決できないとしても、ラナが苦しまなくていい程度には抑えたい。正確に言えば、被害を受けない程度かもな。
いずれにせよ、俺が動くのは決まりきっている。頼まれたことでもあるからな。
「うーん、どっちも面倒そうだよね。いや、解決した方が良いんだろうけどさ」
「レックス様のお望みのままに。私は、それに従うだけです」
「ご褒美が貰える機会。ちょうど良い」
気が抜けそうな会話だが、あまり重苦しく考えてもな。重大な事件だからこそ、落ち着いて挑みたい。暗い顔をしていれば、むしろ解決は遠ざかるだろう。これは経験則ではあるが、正しい感覚のはずだ。
結局のところ、いつも通りに実力を発揮するのが一番いい。そういう意味では、いい空気だと言える。深刻な顔をすればどうにかなるのなら、そうするところだが。現実は違うからな。
「俺としては、ラナが困っているのなら助けたいところだな。いや、民が苦しむのも気にはなるが」
「ありがとうございます、レックス様。それで、どちらの方が気になりますか?」
人身売買も、麻薬も、かなりの大問題だ。とはいえ、どちらを優先すべきかだよな。誘拐のやり方次第では、死人が出ていてもおかしくない。無理矢理さらう形なら、親を殺してという可能性だってある。
ただ、麻薬で人が死なないかと言えば、そうでもない。盗賊は絶対に死人が出ていたから優先していたが、今回のふたつは悩ましいな。
単純に考えれば、被害者の顔が浮かぶのは人身売買の方だ。さて、どうするべきか。
「どうだろうな。麻薬も、かなり厄介なんだよな。みんなだって気を付けてくれよ。あれは、危険なものだ」
「分かったよ! でも、わざわざ粉なんて吸いにいかないよ?」
そんな単純な話なら、もっと楽だっただろうがな。まあ、知らないのは仕方のないことだ。関わりがなければ、知ろうとすら思わないだろう。
なら、こちらが伝えるのが大事だよな。どういう危険性があって、どんな問題があるのか。
「いや、食べ物に混ぜたり、飲み物に混ぜたり、薬と偽ったり、いろいろあるんだ」
「ふむ。でしたら、他者の出したものは口にしないのが無難でしょうか」
シュテルの言葉に頷いておく。信頼できない人から出されたものは、安易に口にできない。現代日本でも、実際にあるらしい手口だからな。飲み物なんかに混ぜておいて、麻薬中毒にするやり口というのは。
まあ、警戒に値することと理解してくれれば、それでいい。わざわざ麻薬に溺れるだなんて思っていないからな。罠として成立するものなんだと認識してもらえれば十分だ。
「レックス様の魔法なら、どうにかなりそう」
「サラ、良い案だ。とりあえず、最低限の対策を施しておく。アクセサリーを出してくれ」
頭を撫でつつ、みんなのアクセサリーに魔法を込めていく。とりあえずは、毒対策の魔法と同様のものだな。身体の正常な機能を妨害する物質を弾く。そんな感じだ。
とはいえ、完璧ではないだろう。ただ、依存症になる事態は避けられるはずだ。現状は、それで十分だ。フィリスと会う機会があれば、もうちょっと進歩させたいが。
やはり、俺は一人前とは言い難いな。どうしても、誰かに頼ってしまう。必ずしも悪いことだとは思わないが。人に協力してもらえるということ自体が、俺の大きな財産だからな。
「レックス様、それでは、麻薬を優先するということですか?」
「いや、どうだろうな。人身売買については、どうなっている?」
「簡単に説明すると、女子供をさらって、娼館や盗賊に売られる形ですね」
ラナは淡々と語るが、俺は冷静さを保つのに苦労していた。平和な世界に生きていた人間としては、ありえないことだからな。
無理やり人をさらって、望まぬ仕事に従事させる。奴隷よりもたちが悪い。
「それは……。率直に言って、許しがたいな……」
「レックス様がお望みならば、根絶やしにいたします」
シュテルの言葉も、今はありがたい。少し、頭が冷えたからな。俺の怒りに、周囲を付き合わせられない。危険に巻き込んだりできない。そうだよな。
俺は、みんなの命を預かっているんだ。だからこそ、安易な判断も行動もできない。それを再確認できた。
「いや、無理はするな。こういうものは、組織立って行動するものだ。相手次第では、危険になる」
「なら、僕も頑張るよ! そっちの方が良いでしょ?」
「レックス様が一緒なら、安心。だから、心配いらない」
うん、みんな俺を信頼してくれているんだな。そんな感じの目で見てくれている。なら、冷静に判断しよう。
どっちの方を優先すべきか。それは、どちらを先にした方が犠牲を抑えられるかだ。そういう観点なら、即効性が高いのは、人身売買を潰すことだよな。これで良いはずだ。
「それで、どちらからにしますか? あたしは、どちらでも構いませんよ」
「なら、人身売買の方にするか。麻薬に関しては、魔法で症状を抑える手もあるからな」
「分かりました。では、そのように。こちらで、情報をまとめておきますね」
「それにしても、娼館か……。ひょっとしたら、僕達だって可能性はあったよね」
「レックス様がいらっしゃらなければ、あり得たでしょうね。感謝いたします、レックス様」
「同感。だから、いっぱい恩返しする」
みんな、どこか遠くを見ている。実際、飢えていた時期があったらしい。身売りしていた可能性は、あったのかもな。やはり、俺達の出会いは奇跡に支えられている。いま一緒に居られることに、感謝しないとな。
「そのために無理をしないでくれよ。お前達が幸せであることが一番なんだからな」
「もちろんだよ! これからも、レックス様と一緒に居たいからね」
「かしこまりました。すべては、レックス様のために」
「なら、ご褒美をもっと。それで十分」
「しかし、昔のお前達みたいな人が被害者となれば、気合いが入るな。よし、やるか」
人さらいと、人を売り買いする人間。そのどちらにも対処しないと、根本的な解決にはならないだろう。難しいはずだし、手間もかかるに違いない。それでも、絶対に成し遂げてみせる。




