266話 論説の戦い
ラナとスマルト家の当主が、舌戦をすることになった。おそらくは、敵は何かを仕掛けてくると思うのだが。
なので、俺はラナの様子を見守ることにした。相手が何をしても、対処できるように。というか、本当に舌戦を受けるとはな。どういう勝算を持っているのだろう。まあ、ラナはかなり強くなった。だから、正面から戦うのは厳しいと判断したのかもしれない。
そんな考えもさておいて、ラナと相手は人々の前に立つ。
「さて、正々堂々と論説を交わそうじゃありませんか。どちらが正しいのか、ね」
「貴様ごときに、私の正しさを理解できると良いが。見苦しい真似はしないでほしいものだな」
それはどういう態度だ? 民衆を味方につける気など、最初からないのか? 裁判とかでも、裁判官の心証を良くするために立ち回るのは基本だと思うのだが。あるいは、何も分からない愚か者なだけだろうか。
いずれにせよ、暴力という手には気を付けておかないとな。ラナだって、大抵の相手には勝てる。だが、話している最中に攻撃される可能性もあるのだから。せめて俺だけは、敵から目を離さないようにしておこう。
「スマルト家の悪事を許さないでください!」
「そうだそうだ! おとなしく罪を認めろ!」
そんな声も上がっていて、下手したら暴徒が発生しそうな気すらする。そっちにも気をつける必要があるか。ラナが巻き込まれそうなら、どうにかしないとな。転移さえあれば、大抵の状況はどうにでもできると思うが。
ラナは落ち着いた様子で周囲を見回し、盗賊のアジトで見つけた書類を提示する。
「では、まずはこれを見てもらいましょうか。あなたの署名が入っていますよね。それも、同じ筆跡で。盗賊の拠点で、見つかったんですよ」
「そんなもの、ある訳が無いだろう! どうして、書面などという証拠を残す必要がある!」
本当に、その通りなんだよな。普通なら、盗賊との交渉に書類なんて使わないだろう。だが、実際に出てきたものは仕方ない。それに、貴族の普通が民衆に伝わるはずもない。
「なら、直接指示を出していたんですよね? そういうことでしょう?」
「愚かなことだ。なら、その書面は何だというのだ。自分が何を言っているかも、分からないらしい」
「それは……」
ラナは言葉に詰まっている。だが、他の証拠だってあるんだよな。それを出すのが思いつかないのだろうか。いや、まさかな。前の演説でも、あることないことを混ぜて民衆を誘導していたんだ。今回も、機をうかがっているだけだろう。
そんなラナを前に、敵はふんぞり返っている。
「いい機会だ、教えてやろう。そもそも、貴様のような小娘に、正しい証拠などつかめるはずがあるまい」
「バカにして! 何を言うんですか!」
「ラナ様! そんなやつに負けないで!」
「もしかして、証拠じゃなかったのか?」
ラナが苦境に追いやられているような空気になっている。さて、ここからどうするのだろうか。ラナは叫んでいるが、だからこそ安心できる。そこまで感情を暴走させないのが、ラナだからな。つまり、演技かなにかなのだろう。
「ほら、どうだ? お前の頼りにする民衆も、当てにならない様子だな?」
「あたしが、負ける訳ないでしょう……」
そんなことを言いながら、ラナはうつむく。敵は笑顔を浮かべて、言葉を続けていく。
「いい加減、負けを認めたらどうだ? 愚かにも罪を着せようとしたとな」
「ところで、これを見てくれませんか?」
「無くなっていたと思ったら、そんなところに! お前が奪ったのか!?」
スマルト家の城で俺が回収した書類が提示されると、相手はボロを出した。それを見て、ラナは笑う。つまりは、劣勢だと見せかけることで、相手の油断を誘うテクニックだった訳だ。流石だな。
相手は、いかにも調子に乗るタイプだったからな。良い気になって、勝ったと思い込んでいたのだろう。そこに付け込んだ形になる。
「皆さん、聞きましたか? これは、スマルト家が持っていた書類です。読み上げていきましょう。アードラ商会を襲うように。その積み荷を渡せば、お前達は見逃してやろう。盗賊相手に、これを送ったようですね?」
「やっぱり、スマルト家は悪だ! 許しておく訳にはいかない!」
民衆からも、大きな声が上がる。これは、形勢が決まったな。さて、ここから相手はどう出るか。妙な暴走をされると、面倒なんだよな。
「おのれ、姑息な手を……。追い詰められたフリをしていたのか!」
それは自分の劣勢を認めるセリフなんだよな。そして、自分が悪事を働いたと認識されてしまう流れになる。議論として考えたら、完全に悪手だ。それどころか、単なる口喧嘩でも負けのようなものだ。
まさか、ここまで流れに乗れるとはな。楽に進めば良いとは思っていたが、拍子抜けでもある。まあ、素直に喜んでおこう。
「認めましたね。自分が何を言っているか、理解しているんですか?」
「なら、ここでお前を消し去ってしまえば、それで終わりだ!」
そうして、敵はラナへと魔法を放つ。だが、ラナは顔色ひとつ変えずに敵の魔法を消し去ってしまう。力ずくという手段ですら、白黒がついてしまったな。もはや、逆転の手筋などないだろう。
まあ、本気でヤケになられたら、民衆に攻撃を仕掛けられかねない。あるいは、兵力を集めてインディゴ家に攻撃をされる可能性もある。
いずれにせよ、俺の出番になるだろう。そうならないことを、祈るばかりだな。
「その程度の力で、あたしを殺せるとでも? 弱いんですよ、何もかも」
その言葉に、敵は顔を歪める。思っていた以上に単純なことだ。本当に、妙な暴走が怖いな。
「おのれ、ラナ! この屈辱、忘れぬからな!」
「見苦しいことです。せいぜい、死なないように気をつけてくださいね」
「お前が、な!」
捨てゼリフを残して、敵は去っていった。民衆は、ラナの勝利を祝っている。さあ、次に備えておかないとな。敵がどんな動きをするにしろ、対処できるように。
ラナは手を振って舞台から去っていき、こちらへ向かってくる。そして、俺に向けて微笑みかけてきた。
「終わりました、レックス様。なかなか、上手だったのではありませんか?」
「迫真の演技だったな。流石だよ」
特に、追い詰められた姿は。あれが今回の勝敗を大きく分けたよな。女はみな女優と言うが、納得させられる。俺だって、普通に騙されてしまいそうだ。
まあ、ラナが俺を悪意で騙そうとすることはないだろうが。そこだけは、信じられる。なら、騙されたところで問題はない。
「これで、大きく進展しました。レックス様のおかげですね」
「だが、まだ気は抜けない。スマルト家の今後の動きもあるし、他にも事件はあるのだから」
「そうですね。ですが、レックス様となら、乗り越えられるでしょう」
胸を張って語るラナに、勇気をもらえた気がする。そうだよな。俺達なら、きっと乗り越えられる。そう信じて、これからも進み続けよう。




