265話 貴族の技
スマルト家の調査のために、侵食させておいた魔力を目印に、近くに転移する。それから、目的の城全体に魔力を侵食させていく。魔力を通して、人の動きを探るために。
そうして家の中の動きを見ていると、当主らしき人にはあたりが付いた。明らかに人に指示を出しているやつが居たからな。大きめの椅子に座っているあたりも怪しい。
ということで、そいつに注視していく。すると、ひとりになって何かを確認している様子だった。他の人を入れないのは、気になるところだ。ということで、確認していたものの位置を確認しておく。
そして、目的の相手が去った後に、目をつけていたものを調べていく。すると、スマルト家の当主の署名が入った書類があった。しかも、商会の襲撃依頼と解釈できる文言が入っている。
「見つけた。これは、同じ筆跡か? 一応、確認してもらうか」
ということで、書類を回収してラナのもとへと向かう。
「ラナ、これはどうだ? 証拠になると思うか?」
「ありがとうございます、レックス様。これなら、良い材料になると思います」
何度も頷いているので、策は浮かんでいるのだろう。まあ、俺が成功した時のことくらい考えているよな。おそらくは、失敗した時のことも。
いずれにせよ、手を貸せる部分では貸していきたい。俺が役に立てるのなら、嬉しい限りだ。それに何より、ラナの抱える問題はさっさと解決してしまいたいからな。
「それで、どうするんだ?」
「ええ。ケンカを売ってみようかと。大勢の前で、スマルト家の悪事を白日の元にさらします」
本気でケンカを売っている。まあ、かなりの大問題だからな。民衆の支持を奪うことは、やり方次第では可能だろう。とはいえ、支持基盤を失っただけではダメだろうな。結局、魔法を使えない平民は貴族に従って生きていくしかない。
二の矢三の矢を撃たなければ、相手を追い詰めることはできないはずだ。まあ、それくらいのことはラナだって分かっているだろうが。
そうでなければ、明確に敵意を示す意味がない。もう少し遠回しに追い詰めていくのが鉄則だろうからな。わざわざ破るのだから、何か理由があるはずだ。
「あまり危険なことはしてほしくないが、手をこまねいているのも問題だからな」
「レックス様にいただいたチョーカーがあれば、大丈夫ですよ」
少なくとも、演説の最中にラナが殺されることはないか。場合によっては、インディゴ家に軍を派遣されかねないと思うのだが。まあ、俺がいれば最低限の対策にはなる。力で押し通そうとされたのなら、より強い力を叩きつけるだけでいい。そういう意味では、単純だよな。
「まあ、直接的な攻撃には対応できるか。インディゴ家は、大丈夫なのか?」
「そちらにも、手段は考えています。レックス様は、安心していてください」
「なら、任せる。俺は表に出ない方がいいよな?」
「そうですね。いざという時の切り札として、よろしくお願いします」
ということで、数日後。スマルト領の大きな街で、ラナが人を集めていた。おそらくは、サクラなんかも居るはずだ。そういう手段は、貴族の常套手段だろうからな。逆に、用意していないのならマズいだろう。
人々がラナを興味深そうに見ている中、ラナは大きく息を吸って話し出す。
「皆さん、聞いて下さい! スマルト家当主、アベル・ミスト・スマルトの悪事を告発します!」
うん、良い感じだ。人の興味を引けそうなところから話し始めるのは、基本だよな。悪事を告発すると言われたら、気になる人間は居るだろう。そこから流れを作っていきたいよな。
「なんだなんだ? どういう話だ?」
「彼は、アードラ商会を含め、数多くの商人を襲い、その財産で私腹を肥やしているのです!」
しっかり罪を上乗せしている。うまい手ではあるが、ちょっと恐ろしいな。民衆を誘導するのなら、真実よりも過激さの方が重要だというのは分かるが。俺には打てない手だ。どうしても、ウソをつきたくない。ただ、貴族としてはラナの方が正しいのだろうな。
「それなら、あの時野菜が足りなくなったのも!?」
いい流れだ。仕込みでないのならば、凄まじい偶然だ。自分の生活に悪影響が及ぶと思えば、スマルト家に敵意を抱くよな。関係のない商人の問題では終わらない。これは、狙っているのならば相当良い手だ。
民衆に、自分達に被害が出ている原因がスマルト家だと思わせる。そうすることで、スマルト家が悪だと思うようになるだろう。
「これがその証拠! 盗賊団に依頼をした証です!」
「書類まで残しているのなら、事実じゃないか!」
「やっぱりね。ずっと怪しいと思っていたんだよ」
盗賊団に書面で依頼をするかと言えば、普通は怪しい。だけど、伝えたい真実を補強する道具としてはちょうど良いだろう。
実際、明らかに流れが変わった。民衆たちはざわついていて、誰もがスマルト家の愚痴を言っている様子だ。
「あまつさえ、彼は増税して民衆から搾り取ろうとしているのです! 皆さんが必死で築いた財産を!」
「そんなこと、許せない! やっぱりスマルト家は悪だ!」
単純に悪で敵だと思ってもらえるのなら、理想的だよな。そういう意味では、かなり的確だ。民衆の生活を邪魔する存在として、スマルト家を扱っている。やはりラナは、貴族としては俺より優秀だな。
「聞いていただき、ありがとうございます! 私達は、皆さんの幸福のために尽力する覚悟です!」
誰かから拍手が上がり、そしてラナ様という掛け声も上がりだした。そのまま会場は熱狂に包まれていく。今回の件だけなら、大成功だな。しかし、どこまでがサクラだったのだろうか。ちょっと気になる。
そしてしばらくして、ラナのもとにスマルト家からの使者がやってきた。隠れて様子をうかがっていると、盗賊と一緒に居た魔法使いだった。そいつは、ラナに威圧的に話していく。
「ラナ殿。困りますな。我々に対する侮辱など。あなたに覚悟があるというのなら、我々と戦いますか?」
「別に構いませんよ。その証に、あなたの首を送りましょうか?」
「できるものなら……うっ!」
ラナは相手の顔を水で包み、溺れさせていく。もはや、流れるように魔法を発動できているな。敵が相手とはいえ、少し残酷ではあるが。
まあ、盗賊と一緒に商人を襲っていたやつだ。しかも、護衛を含めて皆殺しにしていた。そう考えると、多少の苦しみなんて単なる罰だと考えても良いのかもな。まあ、私刑は避けた方が良いだろうが。
「さて、あなたが何回耐えられるのか、しっかり確認させてもらいましょうか」
「お、お助けを……」
「そうですね。アベルに伝えてください。大勢の前で討論して、どちらが正しいのか示そうと」
「わ、分かりました。必ず伝えてまいります!」
怯えを隠せない顔で、使者は逃げていく。それを確認して、俺はラナのところへ向かう。
「レックス様、聞いていただけましたか?」
「ああ。どうするんだ? ラナ個人なら殺せると判断されるかもしれないぞ?」
「その時には、レックス様が助けてくださいますよね。あたしは、やれることをやるだけです」
まあ、ラナのためにできることは、全部やるつもりだ。だから、同じ気持ちではあるのだろう。それなら、お互いに全力を尽くせば良いよな。
「なら、応援している。最悪の場合は、盤面をひっくり返してやるさ」
「お願いしますね。レックス様のために、頑張りますから」
その信頼に応えるためにも、結果を残さないとな。相手がどう出て来ようが、必ず対処してみせる。




