262話 商人の意図
目的が決まったので、襲われている商会の主のもとへと向かう。ラナの案内に従って移動していると、多くの兵士に守られた豪華な建物が目に入った。
そこでラナが門番に手紙を渡すと、門番は中へと向かう。しばらく待つと、帰ってきた門番に連れられた兵士によって案内された。それに従っていると、大きな椅子に座っている男が、こちらを出迎えた。
堂々とした姿をしていて、大物のような風格を感じる。男はそのまま立ち上がると、一礼して挨拶を始めた。
「よく来てくれましたね、皆さん……その顔、まさか……」
こちらを見た男は、目を見開く。俺が誰なのか、気づいたのだろうな。さて、正体を知られたことがどう影響するか。まあ、まずは自己紹介だな。
「知っているのか? 俺は、レックス・ダリア・ブラックだ。こっちはラナ・ペスカ・インディゴ」
ジュリア達も来ているが、いま紹介する意味はないだろう。話の主役になるのは、俺達だからな。本格的に仕事をする段階になれば、名前を呼ぶ必要はあるだろうが。
コードネームでも良いのかもしれないが、こっちが分からなくなってしまいそうだ。今のところは、本名で話を進めることになるな。
「ああ……。私はカイトと申します。それにしても、想像していた以上の大物でしたね。匿名で会いたいと言われた時には、警戒しましたが」
やはり、カイトで合っていたか。そう思ってはいたのだが、確信までは達していなかった。
相手の顔を見る限りでは、そこまでの警戒は感じない。無論、演技の可能性もある。だが、敵意を態度に出されないだけでも、かなりやりやすいな。
「こちらとしては、あまり表立って動きたくないんですよ。その方が、とどめを刺しやすいですからね」
まあ、カイト経由で俺達の動きに気付かれる可能性はある。そういう意味では、必要な警戒だとは思う。ただ、リスキーな選択でもあるよな。カイトが話を聞く気にならなかったら、大きな修正が必要になっただろうから。
とはいえ、初対面の相手を全面的に信頼するのは、お互いに難しいだろう。それは、カイトだって理解しているはずだ。
「確かに、その通りですね。敵に警戒させても、良いことはありませんから。それで、私達に協力してくれるということですよね?」
「はい。そこの三人が、予定している戦力です。三属性程度なら、苦戦することはないかと」
相手次第ではあるが、まあ正しいだろう。シュテル一人だと、流石に厳しいだろうが。連携する前提でなら、エトランゼくらいには勝てるだろう。下手したら、ジュリアだけで十分だ。
明確に弱いシュテルだって、アストラ学園に入学できる程度の実力者だ。並大抵の魔法使いなら、簡単に倒せるんだよな。
「それは優秀ですね。やはり協力者の質も高いと。素晴らしいことですね」
「で、次に襲われそうな商隊はあるのか? そこに、適当な護衛に偽装して混ざろうと思うのだが」
「ええ、もちろん。今回の積み荷は、時計ですね」
そう言って、図面を見せてくる。その感じだと、懐中時計みたいだな。まあ、奪いやすいのは確かだ。小さいし、個人で持っていくこともたやすい。しかも高値で売れる。そうなれば、ターゲットにするのは当然だよな。
まあ、カイト個人の邪魔をするためという可能性もある。裏については、色々と考えておこう。まあ、結局は護衛をするだけなのだが。
「時計が高いって、よく分からないよ。そりゃあ、時計塔とかなら分かるけど」
「おそらくは、優れた職人によるものだろうな。そいつの技術が、そのまま値段になる」
「ふむ。レックス様も、時計は必要だと思いますか?」
「買ってくださるのなら、歓迎しますよ。これでも、職人とのツテはあるので」
商売人らしいセリフだ。壊れやすいが便利な道具があれば、俺としてはちょうど良いんだよな。闇の魔力を侵食して強化できれば、長所だけを享受できる。
「とりあえず、まずは今回の仕事を成功させる。レックス様のご褒美は譲らない」
「そうだな。問題が解決するまでは、事件に集中しようじゃないか」
「頼りになる方達でいらっしゃる。あなた達がいらっしゃるのなら、安心だ」
何度も頷いている。余裕を持った態度が良いのか、あるいはサラのように引き締められる存在がいるのが良いのか。まあ、とりあえず話は進みそうだ。ありがたいことだ。
そうなったら、方針について考えていかないとな。といっても、そう難しいことはないだろうが。襲ってくる敵を撃退して、そこからどうするか。方向性なんて、多くはないよな。
「情報を集めるためにも、誰かは生き残らせないとな。裏で糸を引いているやつが居る可能性もある」
「そうですね。ですから、気をつけていただければと。最悪、商品がダメになっても構いません」
ああ、なるほど。そこまで考えているのか。まあ、カイトは相当な損をしているだろうからな。客に商品は届かない。品物自体も奪われる。護衛や運ぶ人員も損害を受けている。失った信頼も、かなり大きいだろう。無論、金銭面ではもっと。
なら、一回程度の取引の失敗より、根本的な原因に対処するのは当然だ。長期的な利益を考えるのなら、真っ当な考えだと言えるだろう。
「今後の取引すべてと、今回だけを比べるのだものな。そういう判断にもなるか」
「やはり、話が早くていらっしゃる。評判通りですね」
「……? 俺の評判は悪いものなんじゃないのか?」
「情報こそが、商人の武器ですから。それだけに、黒幕が見抜けないのが悔しいのですが」
口の端を噛んでいる様子だ。拳を握っているのも見える。まあ、当然だよな。あらゆる意味で、商人としてのプライドが傷ついているのだろう。商売はできないし、自分の能力も届いていない様子なのだから。
なら、今回の事件を解決できれば、良い関係を築けるかもな。言葉は悪いが、チャンスだ。
「俺の力があれば、どうとでもなるだろう。大船に乗ったつもりでいると良い」
「もちろんです。闇魔法使いでも最強格と噂される力、楽しみにしていますね」
そこまで知られているのか。本当に、面白いことだ。だが、敵も厄介なのだろうな。とはいえ、俺の闇魔法は反則と言って良い。並大抵の戦略なら、ただ力押しだけで解決できるんだ。
だから、最終的にはどうにでもなると思う。もちろん、気は抜かないようにする必要があるが。
「ああ。とはいえ、戦闘はしないだろうがな。俺の力だと、被害が大きすぎる」
「僕達の方が、その辺は得意だよね!」
「安心して任せてください。レックス様の期待に、必ず応えてみせます」
「その分、いっぱいご褒美もらう」
みんな気合十分だ。ジュリアは胸の前に拳を持っていき、シュテルはこちらを見て微笑み、サラはじっと見てきている。
ラナの困りごとなんだから、確実にこなさないとな。それで、ついでにカイトに恩も売れるとありがたい。戦闘はジュリア達に任せるつもりだが、それ以外では俺の本領を発揮させてもらおう。
「ああ。面倒なことは、さっさと終わらせるに限る」
その言葉に、全員が頷いた。さあ、次は本番だな。何事もなく解決できるように、頑張っていこう。




