256話 贈られたもの
ラナがやって来て、インディゴ領に向かうことになった。とはいえ、準備期間が必要だ。他の貴族も巻き込んだ陰謀となると、何も考えずに行動なんてできないからな。
フェリシアの件の時は、まだ楽だった。とりあえず戦っていれば良かったからな。それでも、ミルラやジャンには負担をかけたのだろうが。ただ、今回はちゃんとした計略を用意しないといけないだろう。
どう考えても、俺には足りない能力なんだよな。ただ、だからといって、完全に任せきりにはできない。結局、動くのは俺だからな。内容を理解してアドリブで行動するくらいのことは、必要になってくるはずだ。
だからといって、戦略面で大きく口出しするのもな。俺は素人で、ブラック家の主だ。である以上、変なことを言えば全体を混乱させかねない。発言には、慎重になるべきだよな。
そんなこんなで、ブラック家で待機しながら、様子をうかがっていた。そんなある日、いつもと違う様子のメイド達がやって来た。
「ご主人さま、贈り物が届いていますよっ。差出人の名前はありませんが、確認されますか?」
「確認した限りでは、危険物とは認められませんでした。ですので、レックス様にお任せします」
一応、妙な魔法が込められていないか確認する。目に魔力を通してしっかりと見た感じ、知っている気配を感じた。なんというか、身近さを。
それに安心感を覚えたので、警戒する気は無くなってしまった。念の為、包みを闇の魔力で囲って、そのまま受け取ることに決めた。俺はともかく、メイド達に被害が及んだら大変だからな。
「分かった。とりあえず、開けてみるか。……これは、チョーカーか? それに、手紙だ」
猫みたいな模様が、前の方についている。ちょっと可愛らしい感じだな。そのまま手紙を読んでいくと、軽い筆致の文章が綴られていた。
『レックス君、会えなくて寂しいです。ですが、少しでも私を思い出してほしくて、この手紙を送りました。一緒に贈ったチョーカーには、私の魔力を込めています。私の想いを込めて、作りました。きっと、レックス君を守ってくれるはずだよ。ミュスカ・ステラ・アッシュより』
そんな内容で、少し懐かしくなった。そういえば、アストラ学園の友達には、全然会えていないよな。俺も寂しい気持ちでいっぱいだから、手紙を送り返すのも良いかもしれない。
せっかくだから、俺の魔力を込めたアクセサリーも贈ってみるか。それがみんなを守ってくれるかもしれない。うん。ミュスカには、感謝しないとな。いいきっかけをくれた。
「誰からか、分かりますかっ?」
「ミュスカからみたいだな。どうにも、闇の魔力が込められているらしい」
「ご友人からでしたか。なら、問題はなさそうですね」
アリアは軽く息を吐いた。少しくらいは、緊張していたのだろうな。誰からか分からない贈り物など、怖いだろうし。普通は捨ててもおかしくないよな。だが、今回は俺に届けてもらえて良かった。ミュスカからだと思うと、嬉しいだけだからな。
まあ、少しは警戒する気持ちもある。だが、俺の周りを巻き込むようなことはしないだろう。そこだけは間違いない。それに、信じるって決めたからな。今回は、疑う場面じゃない。言葉通りに、俺を心配してくれた部分は、きっとある。そうだよな。
「ああ。贈り物をされるというのも、嬉しいものだな。お前達も、そうだったのか?」
「もちろん、嬉しかったですよっ。ご主人さまからですからっ」
「そうですね。私のことを考えて作られたものでしたから」
そう思ってくれるのなら、贈った甲斐があるよな。それに、フェリシアに贈ったネックレスは、実際に彼女の身を守ってくれた。いろんな意味で、大事な贈り物だ。
やっぱり、知り合いには贈りたいよな。なんとかできないか、考えてみよう。
「これも、手作りらしいんだよな。その割に、よくできている」
「それでチョーカーですかっ。少し、意図を感じてしまいますねっ」
「まあ、悪いものではないでしょう。心配なら、レックス様が魔法を確認すればよいかと」
そこまでしなくて良いと思う。なんだかんだで、アクセサリーに込められる魔力は限界があるからな。俺の防御を抜けるほどの魔法を込めるのは、難しいどころじゃない。それに何より、せっかく贈ってくれた気持ちを大事にしたい。
「ミュスカのことなら、信じるよ。魔力を見る限り、本人なのは間違いないだろうからな」
「かしこまりました。では、そのように。こちらで、他の衣装と同様に管理させていただきます」
「とはいえ、風呂の時に外すくらいだろうけどな」
「ご主人さま、わたしがチョーカーを贈ったら、どっちを着けてくれますかっ?」
無邪気さを感じる瞳で、こちらを見てくる。正直、同じ場所に着けるものを贈られたら困ってしまう。どちらを優先するのも問題だろうし。
だが、今ここでごまかしたところでな。ウェスが贈ってきたら、嘘がバレるだけだ。それなら、素直に答えるのが良いか。
「それは、交互に着けることになるんじゃないか?」
「流石に、他の人より優先はされませんか。でも、嬉しいですっ」
明るく笑うウェスを見て、また喜んでもらえるようにと思えた。アリアも含めて、なにか感謝の心を形にするのも良いかもな。その時は、ミルラとかメアリとか、他の人達にもできると、より良いだろう。
ということで、贈られたチョーカーを着けることにした。そのまま過ごしていると、ラナに声をかけられる。
「レックス様、どうされたんですか? そんなもの、以前は着けていませんでしたよね?」
「ミュスカから贈られてな。せっかくだから、身につけているんだ」
「それ、ミュスカさんの魔力が込められていますね。どんな魔法なんですか?」
興味深そうに、こちらを見ている。まあ、珍しいことをしていたら、気になるものな。俺だって、ラナがいつもと違う装いをしてたら、違和感くらいは持つだろう。触れるかどうかは、怪しいところだが。
「調べた感じだと、ミュスカの使っている香水の匂いを感じるくらいか?」
「なるほど。いつでもどこでも、ミュスカさんが思い出せるようにですか……」
どこか、うつむいているようにも見える。だが、普通に目が合うからな。気のせいなのだろう。うつむいているのなら、目線が下がるはずだし。
「まあ、滅多に会えない状況はこれからも続くだろうからな」
「そうですね。ミュスカさんも、考えたものです。あたしのチョーカーを見て、思いついたのでしょうか」
「なんか、意図を感じるとか言われたな。ラナも以前、そんなことを言っていなかったか?」
「あたしをレックス様のものにしたいのか、でしたね。やはり……」
あごに手を当てて、考え込んでいる様子だ。もしかして、ラナもミュスカを疑っていたりするのだろうか。そうだとするのなら、止めたいが。いや、どうだろうな。本人なりの判断は、大事にさせた方が良いのかもしれない。
人に対する印象というのは、誰かに押し付けられるものではない。それなら、触れないのが正解か。
「まあ、そこまで極端ではないだろう。おしゃれの範疇じゃないか?」
「そうですね。そう思いたいです」
ラナの方から、ギリギリとした音が聞こえた気がした。だが、目の前には微笑んでいるラナが居るだけだ。
「……? ラナ、今なにか聞こえなかったか?」
「何のことでしょうか。あたしには、分かりませんね」
ラナは明るい調子で話しているはずなのに、どこか怖さを感じた。




